1999年
地球惑星科学関連学会合同大会

クレメンタイン探査機の多バンドスペクトル画像を用いた月の溶岩チューブ検出法

徳原康隆・並木則行

クレメンタイン探査機の多バンドスペクトル画像を用いて月の溶岩チューブの検出法について考察した。月の 溶岩チューブは月面基地建設候補地して有力であるが,その存在はまだ十分に確認されていない。本研究では比 演算手法とF e存在度推定法により溶岩チューブの検出を試みた。比演算画像において,溶岩チューブは周りの海 と有為の違いを示した。しかし,溶岩チューブの幅と長さが数ピクセル程度しかなく,画像処理の際のマッチン グのずれを考慮すると,この相違が鉱物組成によるのか地形効果に由来するのか判断できない。F e存在度推定法 では,Fe量においては有為の差は見られなかったが,maturityにおいては明確な差が現れた。 近年,アメリカのみならず,日本やヨーロッパ諸国において,月探査が盛んに計画されている。国際宇宙ス テーション計画が始動した今,月に恒久的な居住空間を建設する事は,我々にとって現実的な課題といえる。溶 岩が流れたあとにその外殻だけが残った溶岩チューブは,外壁として耐微小隕石,耐放射線,保温等の役割を果 たし,その内部は月面基地建設候補地として大変有力と言われている。しかし溶岩チューブについて詳しいこと はほとんどわかっておらず,基地建設のためには,存在地点,天井の安定性,大きさなど,詳細な調査が必要で ある。そこで本研究では,Coombs and Hawke [1988]によって基地建設地として高い評価を得ているRill Cを取り 上げ,その検証を試みるとともに,新たな溶岩チューブの検出法について予備的考察を行う。Rill Cは嵐の大洋東 部に位置し,全長60 km,十数個の溶岩チューブ部分を含むと推測されている。もし,溶岩チューブと周りの海の 鉱物組成が異なるならば,スペクトルをもちいて二者を区別できる可能性がある。そこで本研究では,アメリカ の月探査機クレメンタインにより撮影された多バンドスペクトル画像を用いて,比演算手法とF e存在度推定法に より溶岩チューブの検出を試みた。研究過程で必要となる画像のモザイク処理ならびに比演算処理には宇宙開発 事業団が新たに開発した月画像解析用汎用プログラムを用いている[三箇ほか,1998]。比演算とは,各バンドで 取得された画像間の輝度比をとることであり,地形効果を少なくしスペクトルの微細な変化を強調するといった 利点をもつ。その結果,鉄量を表すとされる750 nm/950 nm比,m a t u r i t y(物質の古さの指数)を表すとされる 750 nm/415 nm比では,溶岩チューブと周りの海の間に有為の差が見られた。しかしクレーター等の地形も同様の 色を示すことから,比画像の相違は地形効果を表している可能性もある。また溶岩チューブがRill Cと同様の溶岩 流で形成されているとすれば,地形学的層序関係からチューブは周り海よりも新しい物質と推測される。しかし, 比演算の750 nm/415 nm比はそれとは逆の結果を示している。定性的には,今回作成した比演算画像では溶岩チュ ーブと周りの海では有為な色の差が認められた。ただし色の違いが溶岩チューブの天井部分と周りの海の鉱物組 成の違いを表しているのか,単に地形効果の影響を受けているのかは,比演算画像のみからは判断できない。F e 存在度推定法とは,アポロ・ルナによって地球に持ち帰られた試料を鉄イオンの反射スペクトルの吸収帯の縁と 底部に位置する750 nmと950 nmに着目し分析して得られた経験則である。横軸に750 nmの絶対反射率を,縦軸に 950 nm/750 nmという絶対反射率の比をとると,重量比で分けたグループごとに,グラフ上のある原点を中心とし た動経上に並ぶことが知られている。動経の傾きがF eの存在度,原点からの距離がm a t u r i t yを示すといわれ,傾き からFeの重量%を算出することが可能である[Lucey et al.,1998]。本研究では,チューブとおぼしき地点を横切る ような測線を数本とり,測線に沿ったピクセル毎にF e存在度推定法を試みた。その結果,チューブと周囲の海は, グラフ中で同一の直線上に分布した。即ちF e量からはチューブと周囲の海を区別することはできなかった。しか しながら,この直線上において,チューブ付近のピクセルがグラフの右下に,周りの海では左上に分布する傾向 が現れた。これはm a t u r i t yの違いを示していると考えられ,地形学的層序関係から推測されるチューブと海の相対 年代と調和的である。今後の課題として,(1)T i存在度推定法について同様の研究を行うこと,(2)F e量の変化 量と比演算画像の色の差を比べること,(3)Fe,Ti存在度推定式の誤差をうむ様々な要因の定量化を行うこと,(4) 他の溶岩チューブへ本研究手法を適用することがあげられる。 参考文献 Coombs,C.R.,Hawke,B.R.,A search for intact lava tubes on the moon:Possible lunar base habitats,in Lunar Bases and Space Activities of the 21st Century,II,219-229,Lunar and Planetary Institute,Houston,1988.Lucey,P.G.,Blewett,D.T.,Hawke,B.R.,Mapping the FeO and TiO2 content of the lunar surface with multispectral imagery,J.Geophys.Res.,103,3679-3699,1998. 三箇智二,春山純一,大竹真紀子,大嶽久志,広域モザイク画像作成のための幾何補正手法と輝度補正法の開 発 −クレメンタイン探査機による月面画像への応用−,情報地質,第9巻,135-145,1998.