ケニア

2002/09/17 (4ヶ月前の記憶をたどりつつ), 2004/04/07

私の訪問記録

訪問日訪問地主訪問目的ひとこと
1 2002/05/04-14 Nairobi, Masai Mara Game Reserve, Lake Nakuru National Park, Amboseli National Park holiday はじめての発展途上国で、かなり印象的な体験だった。
2 2004/03/27-04/04 Nairobi, Sweetwaters Game Reserve, Lake Baringo, Lake Bogoria holiday

観光

当然のことながら、サファリがほとんど唯一の観光資源で、世界に誇れるもの。 国立公園などの公園の中を自動車で回ると、ライオン、キリン、サイなど 動物園でおなじみの動物を自然な形で見ることができる。

インパラなどのウシ科の草食獣が、最も良く見かける大型獣。 最初のうちはインパラを見て喜んでいても、だんだん 「またインパラかあ」などと贅沢なことを言い出すようになる。

ライオンなどの肉食獣は、たいていゴロゴロして半分寝ている。 テレビで良く見る狩りの場面はよほど忍耐強く待っていないと見ることができない。 しかし、こののどかな様子を見ることで、なるほど食物連鎖はこのようにして 維持されているのだということがよくわかる。草食獣も大部分の時間は 安心して食物を食べていられるのである。

気候

沿岸地方以外は高地で、赤道直下にも関わらず、1年中大変過ごしやすい。 ナイロビは年平均気温が 18 度くらいで1年中たいして変わらない。 3 月から 5 月くらいが雨期で、私が行ったのは2回ともこの時期。 梅雨とは違って、夜にドバッと雨が降って、昼は曇っている感じのことが多い。 ただ、雨期だと、川が増水して道が通れなくなっていたり、舗装されていない道が ドロドロで、車のタイヤがはまったりすることが多いので、慣れた人がいないと 大変な目に遭うだろう。私が行ったときは、地元のガイドが一緒だったので 切り抜けることができた。

言語と民族

ケニアには40余りの民族がいる。ということは、だいたいそれだけの言語がある。 公用語は英語とスワヒリ語である。だから、ケニアである程度の教育が ある人は、自分の民族語とスワヒリ語と英語の三ヵ国語が話せる。 もっとも人口の多い民族はキクユ族で、したがって、キクユ語が最大の民族語。 なお、陸上の中長距離でよく活躍する民族は、西の方のカレンジン族。 その他、ルオ(西部)、ルヒア(西部)、マサイ(南部)などの民族がいる。

スワヒリ語は、アフリカ東部でアラビア商人との交易のために発明された言語で、 民族語ではない。ケニア人にとっては外国語である。アフリカ東部の 共通語として使われており、タンザニアのザンジバルあたりが本場。 ケニアのスワヒリ語はだいぶんブロークンらしい。だいたい最も有名な 挨拶である Jambo! も本当は正しいスワヒリ語ではなく、Hujambo? と問い Sijambo. と答えるのが正しい。でも、ケニアでは Jambo! だけでかまわない。 スワヒリ語は活用がやっかいなのだが、ケニアではだいぶん簡略化されている。 たとえば、「トイレはどこですか?」の Choo kiko wapi? もケニアでは通常 Choo iko wapi? になってしまう。スワヒリ語では、動詞の語頭が主語の名詞の 種類に応じて変化する。上の例では、kiko や iko がそれである。これが ちゃんと正しい活用をせず、何でも iko になってしまったというわけである。

スワヒリ語は民族語ではないとは言うものの、共通語としては英語よりも 良く使われている。ナイロビのように全国から人が集まってくるところでは、 若い世代においてはむしろスワヒリ語が第一言語になってきている。

治安

現在治安はよくない。2002 年の外務省安全情報では、全土が危険度1、 ナイロビ中心部では危険度2となっている。ただし、この危険度2は、 大使館員が手当を受給するために1にしないのだという噂もあった。 2004 年の外務省安全情報では、北部から東部沿岸地域が「渡航の是非を 検討してください」、それ以外が「十分注意してください」となっている。

しかし、一昔前まではこのような治安の悪さはなかったらしい。 一昔前であれば、日本人の女の子が一人で街を歩いても問題なく、 それでケニアに住み着いてしまった日本人も多いらしい。 人口の増加やら、グローバル化に伴う現地産業の衰退などで、 貧困層が増えてしまったことが治安の悪化のひとつの原因らしい。 また、ソマリア、エチオピア、スーダンなど非常に不安定な国家と 国境を接しているのも危険な理由のひとつである。

ナイロビでは、非黒人が外で出歩くのは非常に危険らしく、 実際、非黒人が歩いているのはほとんど見ない。非黒人は、 皆さん車で出歩いて、必要なときだけ外に出るようだ。 多少立派なスーパーマーケットなどに行くと、そういう人たちを 見ることができる。黒人の人は、車を持てない人もいるので結構歩いている。 どうしても街を歩きたいときは、現地の黒人の人と一緒でないと危ないらしい。 最近では、ナイロビは、現地の人でも危険だと感じるようになっているらしい。

本来は、のどかな国であるはずなのに、経済問題や社会問題に蝕まれて 治安が悪くなっているのは残念である。もちろん、暮らしている日本人も それなりにいて、無闇に出歩かないなど十分に注意すれば、安全に 暮らして行くことができる。

社会

貧富の差がひどく大きい。金持ちは、広い家に住み、 お手伝いや門番を何人も雇って生活をしている。 貧しい人はスラムに住んでいる。

白人やインド系の人が富裕層である。とくに、白人の多くが出ていった後は、 インド系の人が社会の裕福な層を形成している。 そのため、黒人たちはインド人を嫌っており、 インド人は黒人を見下しているらしい。 そういったことが原因で、非黒人は街を歩いていると危ないらしい。

ただ、サファリ観光に行くだけなら、ナイロビのそういう部分は見えない。 サファリの観光地は、白人のためのリゾート地である。

ケニアはアフリカで最も賄賂が横行しているそうである。 警官も質が悪い。いろいろなところで検問をしたりして、 人々から金を巻き上げようとしている。 1回目の渡航の帰りの空港で、持ち物検査をした人もどうやら 金を欲しそうだったが、適当な理屈にあわない受け答えをしたら 向こうもあきらめたようだった。 大統領がキバキに変わってからは、汚職を減らそうと 努力しているようで、2回目の渡航の際には、雰囲気が良くなっていた 気がした。

ものの値段、金銭感覚

黒人の給料は低い。黒人の人を雇うと、1 日 600-900 シリング程度らしい。 ということは、1 日 1000 円くらい。日本では、バイトで時給が 1000 円弱だから、 10 倍近い差があるということである。

そこで、当然のことながら、ものの値段としては、食料品などは安い。

しかし、電気製品、ガソリンなどの輸入品は先進国並の値段である。 ということは、それらのものは、当然、先進国並みの稼ぎがある 金持ち層のものである。

上記のような、価格のおそろしいアンバランスがあるので、金銭感覚が難しい。 観光に行くと、みやげの売り込みがあるが、これがどの程度ふっかけているのか、 程よい程度が全く分からない。適当に値切ってみるが、どうせそんなに 欲しいものもないので、おみやげは結局あまり買わなかった。 みやげは、みやげもの店より、ガソリンスタンドで売り付けに来る女性たち の方が妥当な値段を言うようである。おそらく、値段を交渉する時間が 少ないせいではないだろうか。 あとは、ナイロビの Village Market の屋外で、毎週金曜日に開かれる 土産物の露店が並ぶ市があるが、ここでもそうひどい値段は言わないようで、 妥当な値段で買える(むろん店によって注意する必要はある)。

交通

交通マナーは非常に悪く、 交通事故が絶えない。信号はほとんどなく、交差点は round about 形式で、 歩行者にとっては非常に危険。

ケニアでは、日本車のとくに中古車がたくさん使われている。 ○○商店といった字が残っている車も多い。

トヨタハイエースなどのワゴン車が、マタツという小型乗り合いバスとして 使われている。非黒人が乗ると危険という話もあるので、乗らなかったが、 現地の黒人の足として良く使われている。2002 年に行った時には、定員オーバーは ざらで、運転も粗いことで有名だった。が、2004 年になって、キバキ大統領が、 マタツの定員を厳しくして、80 km/h のスピードのリミターの取りつけを義務づけ、 外装に黄色の帯を付けることを義務づけたため、2回目に行ったときは、 かなりおとなしく整然と走るようになっていた。

食べ物

ケニアの代表的な食べ物
ウガリ
maize などを練った白い団子の生地みたいなもの。とくに味はない。 東アフリカの人の主食。
スクマ・ウィキ
緑色野菜。法蓮草というか小松菜といったような種類のもの。
ニュマ・チョマ
要するに焼き肉。骨付きの肉をバーベキューにする。
名前は忘れたが
豆だとか芋だとかを煮て、ぐじゅぐじゅマッシュしたようなものが よく食べられているらしい。
チャパティ
平らでちょっと甘いパン。もともとインドのものだろうけど、 ケニアの人も食べる。