映画「日本沈没」を科学で読む

last update: 2008/09/14

はじめに

今日は、映画「日本沈没」を題材にして、地球内部の科学の話をしたい。 この映画は、一昨年の 2006 年の作品で、SMAP の草くんが主人公をやった。
(質問)みなさん映画は見た?映画を見た人??

映画自体は、よくある話で、大災害の中で愛の絆が強まるというパターンである。 良くあるパターンだから悪いというわけではなくて、よくあるパターンだからこそ感動的だ。 それはそれとして、今日は愛とは関係ない部分の話、すなわち日本が沈没するという方の話をしたい。 映画というのは、たくさんの人が作るものなので、作った大勢の人がそれぞれにメッセージを込めている。 だから見方もいろいろあって、いろんなことが読み取れる。監督や主演の俳優の目が行きがちだが、 それ以外の部分も見ていくと面白い。今回注目するのは、科学の部分である。

この映画みたいに日本が沈没することがあるかというと、あるわけはない。とくに 時間スケールが速すぎて、そんなに速く沈むことはありえない。 嘘っぱちだぜ、というのは簡単だし、それはその通りなのだが、でもそれは読みが浅いというべきだ。 SF 作家はそんなにバカではないし(というかむしろよく勉強している)、映画には科学アドバイザーが付いている。 「日本沈没」の科学アドバイザーは、東大地震研究所の山岡先生(今は名古屋大学)、土井先生、 JAMSTEC の平先生、巽先生といった地球科学の大御所たちである。 彼らは、日本が1年で沈没することはありえないことは知りながらも、最新の科学的知見を 反映させている。そういった部分を今回は解説したい。速すぎることには目をつむろう。 ちなみに、東大地震研究所と JAMSTEC の建物が映画にも出てきている(今日見せられるかどうかはわからないけど)。 JAMSTEC というのは、「独立行政法人海洋研究開発機構 (Japan Agency for Marine-earth Science and TEChnology)」 という研究機関で、日本の海洋観測研究の中心となっている。

この映画は 2006 年の作品だが、原作は小松左京の「日本沈没」で、これは 1973 年の作品だ。 その同じ年に映画も作られた。その映画は私は見たことがない。今回紹介する映画は、1973 年のものとは まったく別のものとして作られた 2006 年バージョンだ。今回の話は、原作と 2006 年版の映画に基づいている。 原作と映画とはかなりちがっている部分がある。 一言で言うと、映画の方は「愛」の物語;恋人を、身近な人を救うということが主眼であるのに対し、 原作の本は「日本民族とは?」「日本社会とは?」といった日本を問う主題が出てくるところが違う。 原作の方がスケールはでかいが、映画の方が一般受けするだろう。あと大きな違いは、原作では 日本が本当に全部沈没してしまうのに対し、映画では草くんの活躍で完全沈没は免れる。 科学的な違いは追々話をしてゆきたい。

プレートテクトニクス

本日は、この日本沈没のサイエンスの部分、すなわち日本沈没のメカニズムについて解説してゆきたい。 もちろん、日本沈没なんて起こるわけがないから、どのような屁理屈で沈没することにしたか、 というのが見どころである。

このサイエンスの部分を理解するために必要なのが、プレートテクトニクスの知識である。 今やけっこう当たり前になってきたのだが、

(質問)みなさん「プレート」って単語を知ってる?
最近地震が多いですが、地震が起こるたび、あるいは東海地震の話があるたびに 地震が起こるメカニズムとしてこんな図が描かれるよね?(図1:プレートと地震の図を板書しつつ コピー japan-plates.psd 配布)アナウンサー風にいえば、
地球はプレートと呼ばれる何枚かの岩盤に覆われています。このプレートが日本列島の下で地球内部に 沈み込んでいます。この岩盤がこすれあうところで地震が起こります。
ていうことですが、聞いたことがあるかな?ただ、「岩盤」というものが何かっていう説明は あんまりされないよね?なにしろ、プレートの正体をつきつめていくと、専門家でもわかっていないことがある。 つまり専門家の研究の材料でもある。

プレートという考え方(それを使って地球上で起こっている現象を説明するのが「プレートテクトニクス」)が できたのが、1960 年代である。「日本沈没」が書かれたのが、1964-1973 年にかけて(執筆に 9 年かかっている) であることを考えると、できたての最新学説を利用して書かれたものであることがわかる。

歴史をさかのぼると、大陸が移動するという考えを初めてまともに科学的な形で出したのが、Alfred Wegener が 1912 年に行った学会講演である。それがちゃんと本になったのが 1915 年の「大陸と海洋の起源」である。 この本は何度かにわたって書き改められて、1929 年に第4版が出た。大西洋の両岸の海岸線の形が似ているとか (図:浜島 p.16-3)、両岸で同じような氷河の跡が見られるとか、両岸で動植物が似ているとか(化石も現生も)、 そういったことが証拠として挙げられている。しかし、大陸が動く原動力がうまく説明できなかったので、 批判が多かった。

当時の状況を考えると、ようやく地球内部構造がわかってきたくらいなので(1909 年に Moho 面が発見される。 1913 年に液体核の存在がわかる。1936 年に内核が発見される。)、大陸の原動力が説明できなかったのも やむを得ない(図:浜島 p.9-2:地球内部構造の説明)。

大陸移動説が、復活し始めるのは、1950 年代で、それは古地磁気学で、昔の極の位置をたどると 大陸が移動したと考えないと説明できないことを見出したことである (1956 年 S.K. Runcorn)(図:浜島 p.17-3)。 ただし、これだけでは決定的な証拠とは考えられなかった。

大陸移動の考え方が劇的に復活してプレートテクトニクスができあがったのは、1960 年代である。 背景としては、第二次世界大戦中から戦後にかけて、アメリカで軍事情報として海底探査が 非常に盛んになったことがあげられる。その結果、海底地形などがよくわかってきた(図:浜島 14-1)。 1961 年に Hess と Dietz が海洋底拡大説を唱えた(図:浜島 p.10-1)。証拠としては、沈んでゆく 海山列とか中央海嶺が高いことなどが挙げられた。Dietz は lithosphere, asthenosphere という概念を 提案したことも重要である(図:浜島 p.10-2)。1963 年には Vine-Matthews のテープレコーダー仮説が登場し 1966 年に確かめられるに至って、海洋底拡大説が確立した。Tuzo Wilson は、1963 年にハワイ天皇海山列の 年代がホットスポットの考え方で説明できることを示し、1965 年にトランスフォーム断層の考え方を提案するとともに、 プレート (plate) という言葉を作った。1967 年から 1968 年にかけてプレートの運動学が整備されて、 プレートテクトニクスが確立した。そういう時期に並行するように、「日本沈没」が書かれた。

日本が沈没するメカニズム1:原作

日本が沈没するメカニズムは、原作と 2006 年映画とでは異なる。この両者を順に見てゆくことにする。

原作の方のメカニズムを理解するには、もうひとつ予備知識が必要で、それは日本海の形成である。 日本列島はもともとまっすぐだったのが、ポキッと折れ曲がって日本海ができたことが知られている (図:板書)。こういう折れ曲がり説を出したのが 1971 年の川井直人で、縁海の形成は 1973-74 年に上田・都城によって議論された。日本海の形成と日本の折れ曲がりの時期がはっきりしたのは 1980 年代(「日本沈没」より後)で、今から約 1500 万年前であることが分かっている。

この日本海の形成の話が「日本沈没」の原作にも出てくるのも当時の最新知識が取り入れられているということである。
(小松左京第5図E)
田所博士の説明(上巻 p.310)「冷たいマントル塊の上にのり上げていくような形をとるのだ。 それにおされて太平洋の旧大陸縁辺部に、弧状列島ができはじめる。列島弧と大陸の間はちぎれ、 その間に、内海、海盆が発達しはじめる」
これが正しいかどうかは微妙。今ならば、まず沈み込むプレートを書き入れておかないといけない。 それから、日本海はもう少し海洋地殻っぽく薄く描かないといけない。 その上で、wedge mantle の中のマントルの流れをどう描くかが問題。 実のところ、今でも日本海のような縁海の成因は諸説紛々としていてよくわかっていない。

原作では、日本列島が沈没するのは、マントル対流のパターンが変化するせいだとしている。 (上巻 p.330-332 のあたり):日本海を拡大させようとする力は今でも働いているとする。 それが太平洋側からのプレートが押す力で支えられているとする。この支えがなぜか 急に失われるとする。そうすると、日本列島はつっかい棒を失って沈む、というわけだ。

こういうこと自体は、原理的にあってもよい。ただ、もちろん以下の点であり得ない。
(1) 1年程度というのが早すぎる。マントルが固体であることを考えると、数年でものごとが 起こることなどあり得ない。下巻 p.142-p.144 あたりで相変化と関連させて液体を持ち出して、 高速になるメカニズムを説明しようとしている。しかし、大きくマントルが融けるとは考えにくい。 ただし、SFの場合はそうでないとスリルがなくなるので、これを責めるのは酷というものである。
(2) 今の視点で見ると、日本海拡大はもう止まっていて、太平洋プレートが押す力が勝っており、 日本海を閉じようとする力がはたらいていると考えられている(だから日本海側でけっこう 地震が起きている)。

日本が沈没するメカニズム2:2006 年映画

さて、2006 年の映画では、日本はどうやって沈没するのだろうか?
[DVD] 映画で米測地学会と、田所博士の説明を見る。ちなみに、米測地学会で発表している Eugene Cox の苗字は、おそらくプレートテクトニクスで有名な Allan Cox から取ったのではなかろうか?

ここでメガリス(magalith 「巨大な岩塊」の意味)という説が登場してくる。これは 1980 年代に Ringwood という偉い先生が使い始めた言葉で (Ringwood and Irifune 1988) (図:浜島 p.11-1)のように沈み込んだプレートが上部マントルと下部マントルの境界に たまって大きくなったものという意味だ。megalith ということばが出た当初は、私は、 偉い先生はセンスのない勝手な言葉を作るなあと思っていたのだが、今ではこの言葉は すっかり市民権を得てしまった。さすが偉いだけのことはある! どうしてこういうところにたまるかというと、相変化の境界の傾きが負であるせいだ (ここは高校生には難しい:時間に応じて適当に説明を補足)。 冷たい場所は、下部マントルに沈もうとしても相変化が遅れて密度が低い相にとどまるので それ以上沈めない。そのような現象はマントル対流の数値シミュレーションでも見られる。

それでもそういうメガリスが十分たまれば、重いし少しは暖まってくるので沈み始めるだろう。 メガリスが沈み始める時に、それに引っ張られて、その上の地表が凹むということは ありうることである。ただし、この場合影響の及ぶ範囲は 1000 km くらいあってよいので、 日本がすっかり沈むならば、ついでに沿海州から朝鮮半島にかけても沈むはずである。

[この段落は省略]
沈むとしてどの程度沈むのであろうか?このとき参考になるのがジオイド (標高0の場所を結んだもの)が回転楕円体からどのくらいずれているかである (ジオイドの説明は時間に応じて適当に:時間がなければ大学生になってから 勉強してもらおう)。(図:ジオイド) 標高0の場所が数 10 m 凸凹しているというのは、はじめて聞くと ちょっとびっくりするよね?このずれの原因は一言では言えないけれども、 マントル対流による引きずりがそのひとつの原因である。現在、そのずれが数 10 m である ということは、普通のマントル対流で数 10 m くらい地球の形の凸凹ができうると いうことを意味している。メガリスが落ちるようなときは、ちょっと引きずり力が強くなるとしても、 せいぜい 10 倍程度だろうから、たかだか数 100 m である。日本全体を 沈没させるのには足りない。ただし、これはあくまでも目安である。 実際、ジオイドが凹むと海面も一緒に凹むので(ジオイドの定義!)、 沈没はまったくしない。本当に問題なのは、あくまでもジオイドからのずれである。

ところで、メガリスが沈んである程度たつと、日本は浮き上がるかもしれない。2つのシナリオが 考えられる。

本当のところは、いろいろシミュレーションをしてみないとわからない。 ここまで聞くと、専門家でもいいかげんであることがわかるだろう。 実はプレートテクトニクスの基本的なところがあんまりよくわかってないことを 白状しておこう(私が悪いのではなくて、世の中の専門家もよくわかっていない)。たとえば、 そもそも沈み込む所でプレートが急に曲がっているのはなぜか?そういうところがわかっていないので、 日本沈没のシナリオにも明快な答えがないのである。

次は、デラミネーション。デラミネーションの方はあんまり説得力がないので、山岡先生に 尋ねたところ、映画の製作者の方が難しげな言葉が欲しいと言ったので、出てきたものだそうである。 デラミネーションとは何かというと、映画の図にあるように、地殻の深部がはがれてしまうという現象である。 これによって地表が沈むか浮き上がるかは微妙なところである。むしろ浮きそうなのである。 なぜなら、デラミネーションの原因として一番考えやすいのは、はがれるものの自重で、 そうすると重いものがはがるのだから、残ったものは軽くなって浮き上がるはずである。ただし、 デラミネーションの原因が、マントル対流によるということもありえて、それなら 無理やりはがされたということだから、はがれたものが軽くて残ったものが沈むとか、 そのマントル対流自身が日本列島を引きずり込むということもありうる。

ただ、ここでも問題は、1年くらいで沈ませるという設定である。これはあり得ないことである。 そこで、映画では、苦し紛れに微生物を出してきている。これはもちろん説明としては苦しいのだが、 最近、地底生物圏が脚光を浴びていることを反映している。単細胞の微生物は、地球上の 非常にいろいろな環境に生息していることがわかってきていて、地中にも結構いるらしい。 生命の起源とも関連して、注目を浴びている。これを持ち出したのが、今っぽいところである。

深海調査船

深海調査船にも注目してほしい。 「日本沈没」の原作で活躍する深海調査船の名前は「わだつみ」である。「わだつみ」というのは、 万葉集にもある古い言葉で、海の神、あるいは海のことである。「わた=海、つ=の、み=神霊」という 意味らしい。

それはそれとして、2006 年映画で見てほしいのは、「わだつみ 2000」と「わだつみ 6500」という 潜水調査船である。これは、実際に JAMSTEC が所有している「しんかい 2000」と「しんかい 6500」という 深海調査船の名前を変えたものである(図3:「しんかい 2000」「しんかい 6500」)。 名前に入っている 2000 とか 6500 というのは、それぞれ 2000 メートルと 6500 メートルまで潜れる という意味である。ちなみに、原作の「わだつみ」は1万メートルくらいまで潜れることになっている。

[DVD] 映画で「しんかい」が出てくる場面を見る。
「しんかい 2000」は、現在では現役を退いており、JAMSTEC(横須賀にある)に行くと、展示してあるのを 見ることができる。映画でも見学場面がある。

海底掘削船「ちきゅう」

この映画は、JAMSTEC の宣伝みたいなところがあって、もうひとつ「ちきゅう」という海底掘削船が 出てくる。これは、海底下に穴をあけて、地下の石を調べるための装置で、 海底下の地殻を掘り抜いてマントルまで到達することを目標にしている(図:地殻とマントルの説明)。 そのためには、2500 メートルくらいの海底で、7km くらい以上掘り進まないといけない。 なぜ海で掘るかというと、海の方が近くが薄いから。陸では、すでに 12 km 掘った記録があるが、 陸の地殻は 30 km くらいあるので、地殻を掘りぬくには至っていない。

本当は、地殻を掘りぬくことだけが目標ではない。いろいろな目標があるけれども、 日本の場合特に重要とされているのは、南海トラフの地震発生帯まで掘り抜いて、 地震の発生機構を調べるというのが、重要なテーマになっている。 陸上の活断層だけでは、地震発生域のコアな部分をリアルタイムで見たことにはならない。

映画を見てもらうとわかるとおり、何といっても大きな櫓がそびえているのが特徴。

[DVD] 映画で「ちきゅう」が出てくる場面を見る。
この櫓からパイプをつないで降ろしていって、掘削を進めるということになる。 地底を掘削するというのは、地下の圧力との戦いである。何も工夫をしないで掘ると、 圧力でせっかくあけた孔がすぐにつぶれてしまう。それに対抗するために「泥水(でいすい)」を流して、 掘り終わった部分にはケーシングをする。それから、削りかすを除去することも重要で、 これも「泥水(でいすい)」で流す。そのほか、地底に埋まっているガス(メタンガスなど)が噴出する 可能性もあり、これが船に上ってくると危険だから安全装置に工夫がいる。こういった さまざまの工夫が凝らされているのが「ちきゅう」の掘削装置である。

参考 web page