宇宙船地球号操縦マニュアル
R. Buckminster Fuller著、芹沢高志訳
原題:Operating Manual for Spaceship Earth
ちくま学芸文庫 フ17-1, 筑摩書房
刊行:2000/10/10(和訳としては、他に 1972 年ダイアモンド社版、1985 年西北社版があるが、いずれも絶版;原著は 1969)
名古屋栄の栄ブックセラーズで購入
読了日:2001/10/06
英文テキストが
Buckminster Fuller Institute のホームページにある
愛知県美術館に「バックミンスター・フラー展」を見に行ってきた。
聞いていた以上に奇妙な形の建築物や車などの数々である。
そこには鋭い知性が感じられる。
そのフラーは、宇宙船地球号という今では陳腐になった言葉を発明した。
その思想が語られているのがこの本である。これを読むと、
宇宙船地球号というのは決して浮わついた標語ではなく、しっかりした
まさに現代的な思想に支えられていることが分かる。
フラーが思想家であり建築家である、ということを考えても、
まさに我が名大環境学研究科のマニフェストと言っても良いような本だ。
これが1960年代に書かれたことを考えると、考え方が
非常に先進的であることがわかる。
以下にその特色をいろいろ挙げておく。
宇宙船地球号という考え方と人間の知性の関係が以下のような論理で語られる。
- 宇宙船地球号には取り扱い説明書がない。
- そこで、人間には知性が発達した。
- 地球には、卵の黄身のように資源が準備されていた。黄身がなくなったとき、
ヒトは自ら外に歩み出さねばならない。
これは、エネルギー危機を目前に控えた現代にまさしくあてはまる。
また、考え方としては、総合的な視点の大切さが強調されている。それは、第5章
「一般システム理論(general systems theory)」、第6章
「シナジー(synergy)」という題名を見てもわかる。総合的、そして
全体論的な考え方の重要さが強調されている。こういうことを強調するのは
今でこそ陳腐かもしれないが、当時としては新しかったに違いない。
- 原文:Synergy is the only word in our language that means behavior of whole
systems unpredicted by the separately observed behaviors of any of the
system's separate parts or any subassembly of the system's parts.
- 芹沢訳:シナジーとは、システムの中の別々の部分、あるいはそうした部分の
寄せ集めの振る舞いをバラバラに見ていても、決して予想ができないような、
そんなシステム全体の振る舞いを指すもので、こんなことを意味するのは私たちの
言葉のなかでただひとつ、シナジーだけだ。(p.72)
この総合的視点の重要さを強調するために、専門分化の起源として
「大海賊」の話を書いているのが面白い。これは作り話だと思うが、
よくできている。昔は「大海賊」たちが世界を支配していた。そのためには、
秘密主義である必要があって、「大海賊」は自分以外に全体を見渡せる
人物がいると困る。そこで、頭の良い者たちには、専門的なことをさせて
知的奴隷とした。
- 原文:But each of you
must mind your own business or off go your heads. I'm the only one
who minds everybody's business
- 芹沢訳:それぞれ、自分の仕事だけに専念するように。さもないと、頭を
叩き割るぞ。あらゆる者の仕事を心にとめるのは、ただひとり、私だけで良い。(p.28)
かれの宇宙の捉え方は非常に独特だ。
- 原文:The universe is the aggregate of all of humanity's
consciously-apprehended and communicated experience with the
nonsimultaneous, nonidentical, and only partially overlapping, always
complementary, weighable and unweighable, ever omni-transforming,
event sequences.
- 私訳:宇宙とは、人類全体が、意識的に知って伝えることの出来るような
経験の総体である。そのような経験は、一連の出来事の集まりである。
そのような一連の出来事は、同時には起らず、一つとして同じものはなく、
部分的に重なり合い、常に相補的で、量り得るかもしれないし
量り得ないかもしれないし、いつも変化を続けるものである。
- 芹沢訳:宇宙とは、非同時的に生起して、非同質的で、部分的に重なるだけ、
つねに相補的で、計量可能、あるいは計量不可能な、つねにすべてがかたちを
変え続ける出来事からなる連鎖に関して、人類が意識的に感知し、伝達する経験の
すべての集合 (pp.62-63)
この定義の最大の特徴は、宇宙を「経験の総体」としていることである。宇宙を、
「あらゆるもの」と述べず、人類が意識的に経験できるものとしたことが、
フラーのプラグマテッィクな面を示している。その結果として、
宇宙は「有限」となる。また、ふつう、宇宙は物質的なものを指すのに対し、
ここでは「感知できる計量不可能なもの」まで含んでいるために、
非物質的なものまで含んでしまっているのも特徴である。
「非同時的に生起して、部分的に重なるだけ」とあるのは、
あとで (pp.94-95) 説明されるように、光の速さが有限であることと、
特殊相対論の帰結を背景としている。宇宙の一点から別の点へ伝わる情報の
速度は有限だから、宇宙のいろいろな場所が同時的に相互作用をすることはない。
これが「非同時」や「部分的な重なり」の意味するところである。
そして、富とは金ではなくて、知的な資産であるということが次の言葉で語られる。
- 原文:Now we can account wealth more precisely as the number of forward
days for a specific number of people we are physically prepared to
sustain at a physically stated time and space liberating level of
metabolic and metaphysical regeneration.
- 私訳:さて、ここまでくると富というものをもっと正確に述べることができる。
富とは、ある数の人間を、ある水準以上に維持できる体制が具体的に整っている
未来の日数のことだ。その水準は、物理的な時空間を人に解放することで、
体(代謝的)と精神(超物質的)の再生産を保証する度合いで計られるものである。
- 芹沢訳:じゃあここで、もっと詳細に富というものを煮詰めてみよう。
富というのは、代謝的、超物質的再生に関して、物質的に規定された
ある時間と空間の解放レベルを維持するために、私たちがある数の人間のために
具体的に準備できた未来の日数のことだ。(pp.89-90)
それで、宇宙船地球号を賢く操縦しようということになる。
題名からも分かるように、地球全体をどう住みやすく変えて行くか、
という問題が宇宙船地球号を操縦するという
工学的視点で語られている。
工学的だからといって、自然破壊をしたり、より経済的に豊かになろうと
いうのではない。その逆である。この本の最後の部分にはそれをはっきり
示す一節がある。
- 原文:So, planners, architects, and engineers take the initiative.
Go to work, and above all co-operate and don't hold back on one another
or try to gain at the expense of another.
- 私訳:だから、計画家よ、建築家よ、技術者よ、イニシアチブを取れ。
仕事にかかれ。そして、何よりも、協力せよ。お互いの足を引っ張るな。
他人を蹴落として得をしようとするな。
- 芹沢訳:そう、だからイニシアティブを取るのは計画家であり、建築家であり、
技術者なのだ。仕事に取りかかって欲しい。とりわけ共同作業をして、
たがいに抑制し合ったり、他人の犠牲で得をしようなどとはしないで欲しい。(p.138)
ところで、この和訳には、不適切と思われる訳がある。
すでに、上で私訳を示したのはそういうものである。
ただし、もとの英文が結構入り組んでいるから、
私訳が正しいとは限らない。また、全体としては、この芹沢訳に
誤訳が多いわけではない。その他に、気付いたものを以下に記す。
幸いにして、Buckminster Fuller Institute HP の英文テキストがあるので、
それと比較することができる。
- 第7章 p.108 l.9
- 原文: Because they are gestating invisibility it is approximately
impossible for world society to ...
- 私訳:それらはもともと見えないものだから、
- 芹沢訳:それらは妊娠の不可視性を示しており、だから世界社会は、...