大絶滅―遺伝子が悪いのか運が悪いのか

David M. Raup 著、渡辺政隆訳
原題:Extinction―Bad Genes or Bad Luck?
平河出版社
刊行:1996/04/20
原出版社:W.W.Norton & Company, Nov 1992
名古屋鶴舞の古本屋(大学堂書店)で購入
読了日:2001/06/08

参考書

平野弘道「繰り返す大量絶滅」
地球を丸ごと考える 7, 岩波書店
刊行:1993/09/10
学科からの転出者より譲渡
読了日:2001/05/20
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以下では、Raup(1996) を(R)、Hirano(1993) を(H)と略す。
(R)は、生物の地球史的絶滅に関する非常に卓抜な一般向けの本だ。 どこが卓抜かは(H)と比べると良くわかる。(H)は決して 悪い本ではない。しかし、(R)に比べると、平易な解説の域を 出ていないという感じが否めない。(R)が卓抜な点は、 絶滅事変の意味や意義を丁寧に問うているところにある。 それは、副題を見てもわかる。「遺伝子が悪いのか、運が悪いのか」 というのは、絶滅の意義を進化との関連において考察するという 意図の明確な現れである。古生物学者としては、異端で有名な Raup の面目躍如たるところである。(H)では、大量絶滅の ひとつひとつについて丁寧に解説が施されており便利であるものの、 やや羅列的な感が否めない。一方で、(R)では、具体例は ほぼ K/T のみに限るものの、絶滅の原因やその意義・意味に関して 深い洞察を加えている点が非常に優れている。

隕石衝突を絶滅の原因とするかどうかに関する態度が、著者の スタンスを如実に示していておもしろい。(H)の態度は、おそらく 多くの古生物学者の平均的なものであろう。K/T に関しては 隕石衝突を否定しないものの、その他の絶滅については隕石衝突に対して 否定的であり、K/T についてさえもむしろ気候の寒冷化を重要視している。 これに対して、(R)は次のような鋭い指摘をする。

大量絶滅の原因に関して ...(中略)...次にあげる五つの説(順不同) に関しては、大半の同僚が、重要な候補として同意するのではないかと思う。
そして、第10章は「すべての絶滅が隕石の衝突で引き起こされた可能性」と 題し、(大量絶滅に限らない)すべての絶滅が隕石の衝突で引き起こされた 可能性まで議論している。また、寒冷化に関していえば、更新世の寒冷化 (つまりは氷河期の到来)が、大きな絶滅を引き起こさなかったということから、 大量絶滅の原因としては否定的に見ている。

もっとも、一方で、最大の大量絶滅である P/T 境界には隕石衝突の 痕跡が全くないことは事実らしいので(e.g. 磯崎、合同学会 2001)、 絶滅を隕石ばかりのせいにするのは誤りらしい。といって、 この本(R)では、べつに隕石がすべての絶滅の原因だと 断じているわけでもなく、この本の価値が減ずるわけではない。

最初の問い「遺伝子が悪いのか、運が悪いのか」に対する Raup の答えは、

遺伝子の悪さと運の悪さが重なって絶滅に至ることは明白である。 [第11章より]
であり、その場合、遺伝子が悪いという意味は、次の通り。
<理不尽な絶滅>ある種類の生物が生き残りやすいという意味では 選択的な絶滅なのだが、通常の生息環境により良く適応しているから 生き残りやすいと言うわけではない絶滅 [第11章より]