地球環境問題とは何か

米本昌平著
岩波新書 新赤版 331, 岩波書店
刊行:1994/04/20
名大生協で購入
読了日:2001/08/17

この本では、地球環境問題というものがいかなる問題であるかが、 その背景を含めて語られる。地球環境問題が、冷戦が終わったことと 表裏一体で急浮上してきた外交問題であり、同時に、南北問題が 大きな側面であることが明快に語られている。たいへん勉強になった。

第7章では、環境問題の国際化の背景には、ヨーロッパで 1970 年代から 酸性雨が問題になり、環境を国際問題として捉えるという視点が 発達してきたことが語られる。この点は、最近の地球環境問題に対して、 アメリカの政府が思想的に「遅れて」おり、ヨーロッパの政府が 「進んで」いる背景であろう。

最後の第8章では、日本社会の構造的問題、とくに「構造化された パターナリズム」が問題とされる。これは、「権威」の言うことには 口を出さない、ということである。それは、とくに、政策立案が 官僚によって独占されるということに現れている。日本では、 地球環境のような新しい問題に対しては「権威」がいなくなって しまうので、結局アメリカに寄生することになる。

これと関連して、大学が以下のように批判されている。

大学の凋落が言われてすでに久しい。いまの国立大学は、民営化直前の 国鉄に似ているとすら言われる。その一因として、日本の大学アカデミズムが 全体として、現代社会が直面する重要課題に真摯に取り組んでこなかったことを 挙げてもよいだろう。大学内にはなお、現在進行中の問題に取り組むのは、 ジャーナリズムに迎合する二流研究者と蔑む雰囲気が強い。なるほど、 大学は世俗社会とは無関係の高尚な命題を扱う場とする信仰はかつてはあった。 しかし世界的には20年ほど前から、何のための研究かが鋭く問われだし、 研究を支える動機は、個別埋没型から課題志向型へと移行してきた。ところが、 日本のアカデミズムは、大学の自治、研究の自由を盾に、この歴史的な反省の うねりを黙殺する安逸な道を取り続けてきた。

(中略)

アメリカで社会科学とは、ほとんど政策科学のことであり、 いかにしてホワイト・ハウスに影響を与えるかが、研究者にとっての第一の 存在証明になる。

このような政府・議会と学術研究の一体化現象には、その根底に、これを 正当なものとみなす堅固なイデオロギーがある。その基本はプラグマティズムの 伝統である。これは、知識はどんな形であれ人間の生活に活用されるべきだし、 人はそう努力する義務があるとする信念だと言い換えても良い。

耳の痛いところである。
ところで、この本は良い本だと思うが、筆者はもともと生物専門で 地球物理の専門家でないことによる誤りも少しある。それを記しておく。

それは、Hansen et al (1988) 論文の誤訳(あるいは正確さを欠く訳) である。私も気象は専門ではないが、地球物理屋としてある程度はわかる。 この本の日本語を読んでいて意味が取れないところがあったので、 原文に当たってみた結果が以下の通りである。

p.28 l.5
「経度8度×緯度10度で数値化した」は 「水平方向の解像度が経度8度×緯度10度である」がより正確。
p.28 l.8
「表面混合海水から下の海水層からの撹乱による熱交換は、 垂直的な単純拡散に当たるものと仮定した。」は 「混合層より下の海水への熱擾乱の取り込みは、鉛直拡散の形で近似した」 とするのがより正確。
p.29 l.7
「海による一定の熱運搬は地域的な気象変動の可能性を抑制する因子に なるはずであるが」は 「このモデルでは海による熱輸送を一定とするという近似をしてしまって いるために地域的な気候変動が抑えられる傾向にあるにもかかわらず」が 正しい。
p.34 l.11
「大気中の二酸化炭素が2倍になって以降」は 「大気中の二酸化炭素をすばやく2倍にして以降」がより正確
p.34 l.16
「水蒸気対流」は原語は moist convection で、日本語訳は 「湿潤対流」とするのがふつう。水蒸気の効果が入った対流という意味。
p.35 l.1
「浸透的な対流」は原語は penetrative convection で、 日本語訳は良く知らないが、対流圏界面を突き抜けるという意味だから、 たとえば「圏界面突き抜け対流」などとすべき。
p.35 l.2
「水蒸気の断熱調整」は原語は moist adiabatic adjustment で、日本語訳は 「湿潤断熱調節」とするのがふつう。
原論文は
Hansen, J., Fung, I., Lacis, A., Rind, D., Lebedeff, S., Ruedy, R., and Russell, G. (1988)
Global Climate Changes as Forecast by Goddard Institute for Space Studies Three-Dimensional Model
J. Geophys. Res. Vol.93, 9341-9364
である。

それから、36 ページあたりに「数値実験」や「計算機実験」というような 概念が Hansen et al の論文で始めて出てきたようなことが書いてあるが、 私の感覚からすれば、とくに気象業界ではもっと昔から使われている ように思う。どこまで遡れるのか、良く知らないが、少なくとも私の 学生のころからすでに普通に使われていたと思う。もちろん、私は その言葉を最初に聞いた時はびっくりしたが、でも使っている人は すでに日常的に使っていたようだったので、1988 年が最初ということは ないのではないだろうか。暇だったら歴史を調べてみたいところである。