特集 エコノフィジックス最前線―物理学で解き明かす経済社会の複雑さ

数理科学 2002 年 10 月号
サイエンス社
名大生協で購入
読了日:2002/09/30
最近出現したエコノフィジックス(経済物理学)に関する論説集。 経済学に物理学が進出してきた。これを読むと、いろいろと 興味深い結果が出ているようである。冪乗則、ゆらぎ、カオス、フラクタルなどを キーワードに統計物理学で使われる手法を駆使して、統計的に 経済の動きが捉えられている。このような方向で経済学が革新されるのは 喜ばしいことである。株や為替のちょっとした騰落に一喜一憂せず、 「○○の種類のゆらぎが現れているだけのことです」と冷静に解説する 経済学者が現れて良い。

論説の概要は以下の通り

(TH)は、エコノフィジックスのこれまでの簡単なレビュー。 エコノフィジックスが誕生してからこれまで10年程度で、いろいろ 重要な結果が分かっているという話。たとえば: (1) 需要と供給の バランスというのは幻想で、需要と供給が少しずれるのが最適であることが 証明された。それは、スーパーで商品が溢れているのを見てもすぐわかり、 この場合は、供給超過で安定している。需要と供給のバランスが取れる オープンマーケット(たとえば為替市場)では、カオスが発生しやすく 揺らぎが大きな状態になる。(2) 市場のミクロなダイナミクスから、 繰り込み群など統計物理学的な手法で、マクロな法則を導出することができる。

(MF)では、為替変動の詳細なデータ解析が行われている。 変動に冪乗則が現れること、円安方向と円高方向で非対称が現れること、 反発性(円が高くなった後低くなる、またはその逆)と追随性( 円高や円安方向の変動が続くこと)の法則性などが解説されている。

(AH)では、三角裁定機会(たとえば、円→ドル→ユーロ→円とお金を 換えただけで儲けが出ること)が存在すること、 その統計的な法則性とそのモデルが提示される。

(ST)の内容:ディーラーの振る舞いを単純化してモデル化することから、 価格変動に対するマクロな法則が導かれることが示される。 とくに、価格変動の分散が、その前の時刻の価格変動の実現値に どのように依存するかが示される。

(TM)では、取引間隔のゆらぎに着目する。取引間隔が、平均値が 一定しないような指数分布の重ねあわせで説明できることが 示される。150 秒程度の移動平均値を使うと、その時間スケールでは 取引間隔は指数分布になっているが、その平均値が時間変化するので、 全体としてみると、取引間隔の分布は冪分布のようになる。

(IH)は、金融ネットワークのフラクタル性の解析とその意味の解説。

(ASF)の内容:まず、高額所得者の所得が冪乗則を示すという Pareto 則が 所得の成長に関する経験則から導かれることを示す。次に、そのような性質が ネットワーク上の確率過程モデルで説明できることを示す。

(KY)では、金融の現場にいる立場から、エコノフィジックスへの期待が 語られる。

これらを読むと、経済学の数理的基礎が一面でかなり明確になってきている ことがわかる。ただし、短い時間スケールの市場の話が多くて、 金融業界の外にいる我々にとっては、あまり実用的ではないのだが。

エコノフィジックスが市場に理解されてしまうと、また市場の振る舞いも それまでとは変わるもしれない。そうすると、またエコノフィジックスの方も 変わってゆくのだろう。そのような学問と市場のダイナミクスは、 安定平衡に至るのかカオスになるのか?