光と風景の物理
佐藤文隆著
岩波講座 物理の世界 宇宙と地球の物理1、岩波書店
刊行:2002/08/21
名大生協にて購入
読了日:2002/11/08
全般
宇宙物理の泰斗が地球について何を書くのかと思ったら、何と視環境の話。
これはたしかに地球物理屋の盲点のようなものだ。地球物理でも
放射の専門家はいるのだが、エネルギー輸送という側面から見ているので、
視環境とはまたちょっと違う。視環境という意味では、星を見ている
天文屋の方が地球物理屋よりも詳しい意味があるということで、たしかに
なるほどという題材の選択だ。地球の物理ではあるが、地球物理屋が
あまり扱わない題材は他にもいろいろあるのだろうか?
最後の章では、視環境の物理的側面と、風景という意識とのかかわりについて
エッセイ風に語られている。見るということは、単なる物理的過程ではなく、
我々のものに対する感性にも関わっているということを改めて思い起こさせる。
いろいろ興味深いことがかかれていて、勉強になるのだが、
後にメモするような推敲不足によって読みにくい点が散見されるのが残念なところ。
内容のサマリー
内容の多少偏ったサマリー
序章:空気中での視界
- 大気の透明度には、景色を見るときの「横の透明度」と空を見るときの
「縦の透明度」とがある。横の透明度には、水蒸気、エアロゾル、雲粒などの
「混ぜもの」が重要で、だからこそ、日によって景色の見え方が異なる。
一方、大気は薄いので縦の透明度にはむしろ分子大気そのものが重要である。
空が青いのは、分子大気によるレイリー散乱のためである。レイリー散乱の
平均自由行程は大気の厚さと同程度で、だからこそ昼間星が見えず(散乱光に
埋もれる)、夜星が見える(星の光が届くほどには透明)。
- 波長より小さい粒子はレイリー散乱をする。波長より大きい粒子はミー散乱をする。
レイリー散乱は短波長の光をより多く散乱する。ミー散乱には波長依存性はない。
- 遠くの山が青く見えるのは、空気がきれいな場合に、山から目の間の分子大気によって
レイリー散乱した光を見ているからである。空を見るよりも散乱光が少ないので、
青空よりも淡く見える。
- 散乱体が密だと、散乱はコヒーレントになり、結局、全体の効果は誘電率で表現できる。
散乱体が疎だと、散乱は非コヒーレントになる。大気はその中間ぐらい。
青空は、大気の密度揺らぎが非コヒーレントな散乱を作るために現れる。
- ミルクの粒子は小さいのでレイリー散乱をするが、多重散乱をするせいで、青ではなく
白に見える。一方、雲が白いのは、多重散乱のためとも言えるが、それ以前に
粒子が大きくミー散乱をするためである。
第1章:光環境と視覚
- 着目する面上に降り注いでいる光の量を照度と言い、ルクス(lx)という単位で表す。
晴天時の明るさは 105 lx、星空の下の明るさは 10-3 lx
程度である。
- 大気分子のレイリー散乱の平均自由行程は 8km くらいで、大気の厚さと同程度。
一方、雲粒によるミー散乱の平均自由行程は 10m くらいなので、雲による散乱は
多重散乱となる。
- ミー散乱でも、波長と同程度の粒子によるものだと、波長依存性があり、
波長が短い方が散乱される。火星が赤いのはそのせい。
第2章:大気中の水とちり
第3章:レイリー散乱とミー散乱
- レイリー散乱は束縛電子による散乱で、散乱断面積は波長の4乗に逆比例する。
- 分極率と誘電率とは Lorentz-Lorenz の式で結ばれている。
(ε-1)/(ε+2)=(4π/3)Nα
(Cf. 分極が小さい場合は、単純に平均場で ε=1+4πNα。上の式は、局所場を
考慮に入れている。)この式は波長スケールの空間に十分に多くの分子が
含まれている場合に成り立つ。
- 散乱体が十分密にあるいは規則的に配置している場合は、散乱波の位相が
コヒーレントに重なり合って散乱のない幾何光学的な記述ができる。
物質の効果は誘電率もしくは屈折率の中に入れてしまうことができる。
- 散乱体が密でなく、揺らぎがある場合は、散乱が起こる。これをチンダル現象という。
レイリーによる青空の議論も、もともとはこうした揺らぎの議論による。
レイリー散乱は、揺らぎが原因と考えることもできるし、束縛電子による散乱の
単純和とみなすこともできる。気体の場合は、この両者が一致する。
しかし液体や結晶だと、揺らぎが小さいので、散乱光は独立な粒子による散乱の
単純和よりもはるかに小さい。
- 散乱体の集団による減衰率と、個々の散乱の散乱振幅の関係は
γ=4πNk-2Re[S(0)]
ここで、γが減衰率、S(0)は前方散乱の散乱振幅
- ある複素誘電率をもつ球形微粒子による散乱をミー散乱という。とくに
粒子サイズと波長が同程度のときは複雑な振る舞いを示す。
ミー散乱には波長依存性があるので、散乱微粒子のサイズが揃っていると、
光に色がついてくることになる。
第4章:大気中の光環境
- 簡単な放射伝達の式から分かること:光学的に厚いと、反射率が1に近くなる。
どの波長域でも光学的に厚いと、その厚さが波長によって変化しても
いずれ反射率は1なので、ものは白く見える。たとえばミルクが白いのはこのためである。
- 空が青いのは、レイリー散乱で波長が短いものが多く散乱されるためである。
しかし、詳しく言えば、それだけなら紫が強く見えてよいはずである。
紫にならないのは、目の感度の波長依存性のためで、目では紫の感度が低いせいである。
- どのくらい遠くのものが見えるかを考えるには、背景の光とのコントラストで
考える必要がある。
- レイリー散乱の光(たとえば青空の光)は偏光している。水面やガラス面での
反射光も偏光している。どちらも、入射方向と散乱(反射)方向を含む面に垂直な
方向が卓越してくる。
気付いた点
この本の多少の欠点は、若干推敲不足なのではないかと思える点があることで、
ちょっと論理が飛んだり説明不足だったり、記号の不統一があったりするところが
散見される。そういったことを含め気付いた点のうちいくつかを以下に記しておく。
p.19 生物による炭素の固定化
大気に炭素がほとんどなくなっているのを光合成による炭素固定によるとしているが
これは正しくない。まず、地表付近の炭素の存在度は宇宙存在度よりも少なく、
これは、おそらくコアに行ったものと考えられている。さらに、大気に二酸化炭素が
ないのは、主として炭酸塩として固定されているもので、有機炭素はそれにくらべれば
少ない。また、炭酸塩の固定は現在では生物活動によるものが多いが、こういう話で
重要な非常に古い時代では無機的か有機的かよくわからない。
また、その説明のすぐ下で、「図3.2 で x〜1」とあるが、正確には、図3.2 には
ρという量しかなくて、x が何であるかは、図3.2 の近くの本文を読まないとわからない。
これは不親切。
2.5 水滴の成長
p.27 (2.6) の下の文中の R/\dot{R} の式は頭に 1/3 が抜けている。また
ρ\infty>>ρ の近似をしていることが書かれていない。
2.7 雲はなぜ落ちない
p.40 分子の平均衝突距離の登場の仕方が唐突。
p.41 下から 8 行目 「上空の大気にある」→「上空の大気には」
p.42 「物体を持ち上げれば, h=... (2.11)」の文が完結していない。このあとに
たとえば「の高さまで上げることができる。」といった文が続くべき。
p.43 (3.2) 式
分子に p2 が抜けている。また、分母の c の指数は 4 ではなくて 5 が正しい。
p.48 幾何光学と散乱波
(3.19) の3行上 「擾乱がデルタ関数的に原点に局限されていれば」の意味が通らない。
「波が散乱を受けずに直進すれば」の誤りでは?
(3.19) では e-ikr が抜けている。
4.2 散乱光推定の簡単なモデル
(4.10) ではσが1個余分
p.69 (4.11) の2行下 : 式(4.11) → 式(4.10)
4.3 計算例
図4.2, 4.3 では、位相関数をどうしているのかわからない。レイリー散乱のつもりか?
図4.5 の直進光と散乱光が何を指しているのかわからない。