サイエンス・ミレニアム

立花隆著
中公文庫 た 20 6, 中央公論新社
刊行:2002/07/25
文庫の元になったもの:1999/11 中央公論新社刊
対談者の一人 K 先生よりいただいた
読了日:2002/07/31

立花隆による以下の対談集。もともと中央公論などに掲載されたもの。 興味深い話題を集めてあり面白い。専門書と違ってすぐ読めてしまう。 そういう意味ではうまく構成されている。3日で読了。

面白いところは、科学技術的内容はもちろんではあるが、 むしろそれをめぐる社会問題や人生観に関して、立花氏と対談者が どういう意見を交わすかというところ。以下、そういうところを中心に 引用していってみる。

(TY) はニュートリノの話。この対談集の中で最も科学的議論に 終始している。内容からして当たり前か。

立花 現代の物理学は、質量は考えるけど、質量とは何かを 考えないですむ理論といっていいですか。
戸塚 そうです。電磁力と弱い力の場を統一した標準理論の そのもののモデルは、質量ゼロの光の理論でしたが、それをイミテートして 他の力の理論をつくろうとすると、どうしても質量をゼロにしなくてはならない。 しかし、現実の世界は質量ゼロではないから、ゼロにならないように 新しい場を考えた。私は実験屋としてそう理解しています。

(HTa) は性転換に関する話題。

原科 普通、日本の医療従事者は、性転換手術をやってくれないかと 言われても、皆さん逃げ回っていたわけですね。しかし私は、この人には 非常に感じるところがありました。その人は、自分の女の声が嫌で、金串を 喉に突っ込んだというんです。喉をつぶそうとしたんですね。
立花 ほんとですか。それはものすごく危険なことですよね。
(中略)
立花 性転換なんていうと、なんとなくみんな面白半分の話題にして しまうけど、あれは本人たちにしてみたら、深刻そのものの障害ですよね。 オカマバーにいる人たちは、みんな陽気にしてるけど、みんな開き直るまでに 大変な心の傷を負っている。子供時代は例外なしにひどいいじめに遭っている。

(HTo) は、学生の衛星設計コンテストから生まれた「鯨衛星」の 実現に関する話。

立花 僕は日本の宇宙開発にはぜんぜん展望がないなとずっと思って いたのですが、衛星コンテストに関係するようになって、いやまだまだ 日本の宇宙開発の未来も捨てたもんじゃないと思いはじめたんです。 第一に、若い人の意欲のすごさと思いがけないアイデアの豊かさ、それに、 それなりに衛星をまとめられるだけの技術的力量を持った人材がいる ということですね。第二に、大型衛星ではアメリカに太刀打ちできないけど、 アイデア勝負の小型衛星なら、まだまだいけるんじゃないかと思ったことです。

(KM) は、「全地球史解読計画」について。その周辺のことは良く知って いるので、内容的にはコメントしたい部分もたくさんあるが、きりが ないので省略。この対談が世に出るまでにもすったもんだあったと聞いたが それも省略。以下は、人類の未来に関する放談の部分。

熊澤 私は未来代の究極の課題は、人類の絶滅プログラムをデザインして 実行することだという結論になると思うんです。
(中略)
知恵を持ってしまったヒトは、生前から墓をつくったり、賢く孫のために 木を植えたり、自分の絶滅プログラムを設計・実行しようとしているんじゃない かしら。立花さんはどう考えられます?
立花 いろんな答え方がありますけど(笑)、一つは、人間も地球も まだそう簡単には終りが来ないですよね。
(中略)
熊澤 アミノ酸の配列で記憶している情報を子孫に遺伝子で残していくのが 生き物である、その中にたとえば私の感情や記憶や意志までを演算する回路にして のこせるわけで、それが生き継ぎである、と。
立花 いや、そういう負け惜しみみたいな理屈を考えても何のなぐさめにも ならない。バーチャルな世界で種が存続しても意味はないですよ。やっぱり 残るならこの世で残らなければ。
(中略)
熊澤 立花さんの話は明快で楽観論ですね。

(HY) は、神経細胞の分化のメカニズムがだいぶん分かってきたという話。

立花 ヒトゲノム計画がスタートした初めのころアメリカで、 特定の遺伝子の解読に成功したらそれを特許にできるとかできないとかいう 話があって、日本はうかうかしているとアメリカに全部特許を取られてしまうぞ みたいな話になった。
(中略)
僕があれでおかしいと思うのは、本来特許というのは発明に対して与えられるもので、 発見に与えられるのは間違いですよね。
堀田 間違いです。
立花 しかも、対象がヒトゲノムなら、これは全人類の共有財産です。 その一部が解読されて「俺の特許だ」と言われたら、冗談じゃないと言いたい。 (笑)
堀田 だから、あれはアメリカのわがままだと思います。

(TC) は、立花氏もお得意の環境ホルモンの話。

立花 こういう話を聞いて僕の頭にすぐ浮かぶのは ADHD (Attention Deficit Hyperactivity Disorder 注意欠陥多動性障害)と 呼ばれる、最近とりわけアメリカの子供たちに目立つ現象です。
(中略)
化学物質が予想もつかない形でヒトの脳の設計図を狂わせている 可能性はあるんじゃないでしょうか。
コルボーン それを私たちはもっとも恐れています。
(中略)
コルボーン 厄介なのは、こうした問題が以前にはなかったと 証明するのが難しいことです。教師たちは親の育て方のせいにしますが、 「どちらが先に起きたのか?」と問いたい気持ちです。
(中略)
立花 どの程度の証明の厳格さが必要かという問題では、 基本的に二つの原則的立場があります。
一つは、ロベルト・コッホが主張した、病因と病気の関係を完全に証明しようと する厳密な立場です。もう一つは、疫学の立場です。
(中略)
われわれがとれる立場は、いまは疫学の原則しかないんじゃないか。
コルボーン おっしゃる通りです。