死都日本

石黒耀著
講談社
刊行:2002/09/01
名大生協で購入
読了日:2003/08/26

地球科学者の間で話題の本なので、第2刷が出て名大生協で 平積になっていたのを機に買って読んでみた。全520ページの 大部を一気に読ませるストーリー展開であると同時に、何より すばらしいのは、きちんと火山学の知見を踏まえている点である。

南九州の加久藤カルデラ(火山)が、巨大カルデラ 生成型の超巨大噴火をし、その中で主人公黒木の間一髪の 逃避行と、総理大臣菅原の日本を救うための大活躍とを軸に 物語を引張って行く。南九州における巨大噴火は、 数万年に1度程度のできごとではあるが、何度も起きていることが 良く知られている。このような火山学的に見ても現実に起こりうる テーマを用いていることが、火山学者の間で話題になった 大きな理由である。噴火現象の記述も真に迫っているし、 黒木の逃避行の経路もうまくできていて、宮崎の地形を生かして、 何とか間一髪のところで逃げ延びられるように作ってある。

軸の一つは、主人公が、噴火、火砕流、ラハールなどを間一髪で 逃れて生き抜くところで、これがこの大部の小説を読ませる 牽引力になっている。しかし、同時にこのことが噴火現象としては 少し不自然さを生んでいる。それは、この逃避行がほぼ丸一日で 終わり、それに合わせて、噴火に伴うさまざまの現象が丸一日 のうちに全部起こってしまっている点である。この規模の巨大噴火で あれば、主要な噴火だけで場合によっては数日続いて良く、火砕流も たぶんそうすぐには終わらないように思える(本当のところは 誰も知らないけれど)。ただ噴火の推移をもっとゆっくりにすると、 話の展開がだれてしまうということがあったのだと思う。

軸のもう一つは、総理大臣菅原を中心とする日本政府の対応である。 実は、噴火の前から、このような巨大噴火を想定して、作戦が 練られていたことになっていて、この総理大臣がかなり格好良く 描かれている。丸一日という時間で、非常にうまいこと最悪の事態を 避けることに成功する。最後の方では、日本は巨大噴火と巨大地震 (東海・東南海・南海地震も起こることになっている)とで、 オールクリアされて生まれ変わるのだ、という起死回生の演説もある。 ただ、そのために周辺諸外国の描かれ方が少し格好悪い部分があって、 外国人にはこの小説はウケないかもしれない、という感じもする。

古事記やヨハネの黙示録を持ち出して、 巨大噴火を描いた伝説であるという解釈をするところも 気が利いている。

神武は、黒木の「火山神伝説」を信じるなら、天孫族を火山神の脅威から救うため、 活火山の無い近畿に民族移動を敢行した人物である。
あるいは
伝説によると、日本列島を形成したのはイザナキ・イザナミという 夫婦神だったそうです。イザナミは火山的な性格が強い女神で、 火の神を産んで死んでしまいます。科学的に解釈するなら、 噴火により山体が崩壊してしまったのでしょう。
(中略)
一方、スサノオは乱暴者で、大声で泣くと山が枯れ、川や海が埋まったそうです。 今の日本人にはすぐピンと来ると思うのですが、スサノオもイザナミ同様の 火山神だったのではないかと考えられます。
など。
火山学者による書評としては などがある。どちらもこの本を絶賛している。