ロシア市民―体制転換を生きる―

中村逸郎著
岩波新書 新赤版643、岩波書店
刊行:1999/11/19
名大生協で購入
読了日:2003/08/04

ソ連崩壊後のロシアの市民生活を描いた本。各章ごとに、 1人の人もしくは1つの家族を選び、その人への取材を通じて、 ロシア市民の様子を描き出すという分かりやすい趣向。 非常に興味深く読める。

この本は、8 月はじめ、私がロシアに行くときの暇潰し用として 買ったものだ。実際行ってみて、この本の印象と比べると、 なるほどと思うこともあるけれど、ここに書かれているほどひどくはないな、 という感じもした。ひとつには、これが書かれたのがエリツィンの時代 であるのに対し、今やプーチン時代になってだいぶん落ち着いたということが あるだろう。もうひとつには、私が行ったのがシベリアのイルクーツクなので、 モスクワ周辺より田舎でのんびりしているということもあるだろう。

ともかく、ロシアはいろいろ混乱しているけれど、資源の多い国でもあり、 将来展望はそれほど暗くはないな、というのがこの本を読んで、 実際行ってみての総合的な印象だ。

以下、サマリー

第1章は住民自治の話。モスクワのロマノーソフ区議会の副議長の取材を通して、 住民自治の実態が語られる。実際は、区が細分化されて権限がないなどの理由で、 区議会はほとんど力を持たず、モスクワ市の行政主導になってしまっている。

第2章は旧エリートの夫婦の没落を描く。夫はソ連のエリート外交官の 息子だったが、体制変換について行けず、酒と女に溺れ、ついに離婚。 妻は働いていたが、リストラに遭い失職。借金をしているものの、 「面倒に違いない」という理由で失業手当の手続きもしていない。 実は、社会保障制度は、住民に周知されていないせいで、 利用率が40%くらいしかないというのが実態。 息子は大学受験を迎えている。国立大学は、兵役を免除されるので、 非常に競争率が高く難関。

第3章は高齢者の問題。モスクワのひとりの老女が取材されている。 年金は、月に 410 ルーブル (1999 年 3 月のレートで2337 円)で、 サラリーマンの平均月収の 1/12 にすぎない。つつましく生活すれば、これで 何とか公共料金と食費はまかなえるが、薬代が不足する。足りない分は 息子が生活費を渡している。医療もお粗末で、医者が賄賂を要求したりする。 というのも、医者の給料も 500 ルーブルほどにすぎないからだ。 義弟は老人ホームに入っている。老人ホームも、看護婦の給料が、 年金より少ない 200 ルーブルであるなどの問題がある。

第4章ではニューリッチの生活を描く。体制の変化にうまく乗っていく ことができた人々は、豊かな生活をしている。フィツニール夫妻の例。 夫婦ともに働いて、それぞれ平均月収の 10 倍以上の月給を得ている。 月収は二人合わせて 122,000 ルーブル (1999 年のレートで 695,400 円)。 立派な部屋に住んでおり、車も夫婦で三台持っている。しかし、働きすぎで 夫婦間に溝ができており、離婚寸前。ところで、こういう富裕層がある一方で、 ストリート・チルドレンも多い [ ところで、寒いモスクワでストリート・ チルドレンは凍死するのではないだろうか? イルクーツクでは見かけなかったけれど。]

第5章では、妻がソフホーズ副支配人、夫がヒラの労働者という夫婦を 通して、農業の現状が語られる。夫婦が働いているモスコフスキー・ ソフホーズは、人員削減(退職した人員を補充しない)によってコスト削減を はかり、なんとか体制変換を乗りきっている。しかし、契約の管理の不行届、 代金の滞納、国際競争などさまざまの問題にさらされている。