電磁気学
佐川弘幸・本間道雄著
物理学スーパーラーニングシリーズ、シュプリンガー・フェアラーク東京
刊行:1997/08/05
名大生協教科書献本
読了日:2003/01/25
今年度、電磁気学の講義に教科書として指定してみたのだが、
良い点もありイマイチの点もあり、ちょっとどうだったかなあ、
というふうに反省しているところ。基本的な内容とその配列は
ごくごく標準的。もちろん悪い教科書というわけではない。
まず、良い点を挙げてみよう。そもそも教科書として指定した主たる理由は
- 1冊にコンパクトにまとまっている。電磁気学の教科書は2冊に
分かれているものが多く、複数コマで実施する講義ならともかく、
私のように1コマだと、コンパクトに基本的なところだけ
いろいろ書いてあるのが望ましい。とくに、内容として、
電磁波、導体、誘電体、磁性体の説明が簡単で良いから
入っている必要がある。
- 比較的安い。最近の学生はあんまり本を買わないから、安いものが
良いと思った。とはいえ、それでもあまり買ってくれなかったようである。
- ガウスの定理やストークスの定理の証明が書いてある。電磁気学の
教科書では、初等的なものには書いてあり、多少アドバンストコースだと
既知のものとして扱われている。私の講義は2年生向けだから、
書いてあるといちいち説明しなくて良いので便利。
であった。これらの条件を満たす教科書は、そんなに多くはない。
他に良い点としては、
- 大判で字も大きく見やすい。
- 上のガウスの定理等とも関連して、ベクトル解析の説明が比較的丁寧。
電磁気学の講義は、別途ベクトル解析の講義をやる前になされることが
多いから、そのあたりの配慮はありがたい。
- 練習問題が豊富で、解答も付いている。
- 電流が流れる導線にはたらく力を、ホール電場と関連させて
きちんと議論している(§7.5)。
といったことがある。
全体の構成が、クーロンの法則から始まり、最終的に変位電流を導入して
Maxwell 方程式に至るという感じになっているのは、ごく標準的だけれど、
私個人的にはあまり好きではない。もともと初学者向の教科書だから
仕方がないし、他の多くの初学者向の教科書もこのスタイルを取っているけれど、
私自身としては次のような点が気に入らない。
- 私自身頭の中で電磁気をどう整理しているかと言えば、Maxwell
方程式を中心的基礎法則に据えている。そういうふうに見ると、
クーロンの法則は基礎法則ではないし、変位電流は最後に付け足すような
付け足しではない。頭の整理のされ方と、教える順番が大きく
異なるのは、おかしい気がする。
- 個人的事情ではあるが、私の講義は2年生向で、1年生ですでに
電磁気を勉強した人もいる。一度勉強した人が再度勉強するのには、
この配列は良くないと思う。
クーロン力を最初に持ってくる教科書が多いのは、ひょっとすると
最近の物理学者のかなりの部分が量子力学屋であることに
関連しているのかもしれないけれど。量子力学では、クーロン力は
最も重要な力だから。
その他に、少しまずいと思う点を、細かいけれどいくつか
指摘しておく。
- divergence や rotation の説明で、流体のわきだしや渦との
アナロジーを紹介している。これは、わかりやすいようでもあり、
ものの動きをあまり強くイメージされると誤解を招きそうでもあり、
ちょっとどうかなという感じもある。
- 磁場を導入するときに磁荷の話を最初に持ってきている。
磁荷はもともと存在しないので、その導入の仕方には抵抗がある。
- 導線にはたらく力を最初に与えておいて、それからローレンツ力を
導いている。しかし、導線にはたらく力は、§7.5 で説明されているように、
本当は面倒なことがあるので、やっぱりローレンツ力を基礎に持ってくる
べきであろうと思う。
- 電磁誘導の説明で(§9.1)で、起電力という言葉が定義なしに出てくる。
起電力というのは、高校でも出てくるとはいえ、もともとそんなに
簡単な概念でもないので、ある程度の説明が必要だと思う。
- 電磁誘導の説明で(§9.2)で、無造作に E = v x B (9.15) という式を
出してきている。この式は、本当は、電磁場を見る系による電磁場の
見え方の違いを反映しているものなので、そういう説明がないと
かえって混乱を招くのではないだろうか?
電磁気の教科書は、たくさんの種類があって、要求に合うのが
すぐにあって良さそうなものだが、実は帯に短し襷に長しで、
2年生向にはこれ1冊、というのを選ぶのは難しい。
この教科書は、学生にもあまり評判は良くなかった。