皇帝のかぎ煙草入れ

John Dickson Carr 著、井上一夫訳
原題:The Emperor's Snuff-Box
創元推理文庫 257、東京創元社
刊行:1961/08/18
原著刊行:1942
名古屋吹上の骨董品店で購入(古本)
読了日:2004/08/08

ふつうの本を読むのにはたいてい何日もかかるが、良くできた推理小説は 丸一日で読める(徹夜できてしまうし)。これもそのひとつ。 もちろんすでに評判の確立した名作である。

実際に起こっている殺人事件そのものは単純なのだが、ウソの証言を する人が 3.5 人いて、1つの犯罪と1つの小さな悪事が絡まり合い、 事件を複雑にしている。ウソをつく 1 人はもちろん殺人犯、1 人は その小さな悪事を犯した人、1 人は直接関係ない出来事に関わっている人、 残りの 0.5 人は、殺人容疑をかけられる主人公の女性のイヴである。 イヴは最初は面倒なことに巻き込まれないようにウソをついていたのが それがかえって殺人容疑をかけられる原因になり、あとで本当のことを言って ますます立場を悪くした。物的証拠も全部最初はイヴに不利になるように なっている。が、そこに名探偵役のキンロス博士が現れ、 その本当の証言が本当であることを直感し、イヴを救うことになる。

トリックに心理的な綾を使っているのがうまい。その心理に主人公と 同時に読者も同時にだまされるという趣向になっている。 一番大事な伏線は、一見直接関係のなさそうな冒頭部のできごとに うまく織り込まれている。種明かしのところで、

「すべての解答はこれにかかっている。つまり、これと暗示の力です」 キンロン博士は話をつづけた。
と述べられている。この暗示をうまく使うのがポイント。たいていの 推理小説は、肝心の伏線を隠すような暗示をそれとなく読者にかけるわけだが、 これがトリックの鍵にもなっているところがこの小説のポイントである。

それから、主人公のイヴが男にだまされる役で、小説全体がフェミニスト的な ところもおもしろいところだ。これによって、読者は主人公に感情移入でき、 より主人公と一体となってトリックにだまされることになる。