Schizophrenia

Chistopher Frith and Eve Johnstone 著
A Very Short Introduction, Oxford University Press
刊行:2003 年
丸善丸の内本店で購入
読了:2004/12/21
統合失調症(精神分裂病)に関する話を聞く機会が2度あっておもしろかったので、 それに関する本を読もうという気になった。その話の第1回目は日本語で行われたが、 第2回目は英語で行われるものだったので、とりあえず英語の本にしてみた。 その講演では、この本には書いていない最新情報であるドーパミンの D1 受容体の話や、 カルシニューリンをノックアウトしたマウスの話もあった。

本書の話に戻れば、この本では、バランスよく統合失調症全般の解説をしてあって 非常に面白い。病名の定義の歴史から始まって、ドーパミン仮説のような科学的話があり、 最後には「現実 (reality) とは何か?」という哲学的問いにまで言及するという 良く考えられた構成である。英語の本なのに一気に面白く読めた。

ところで、精神医学の某研究者の話だと、日本の精神医学の研究は世界から決定的に 遅れているのだそうだ。この本のような一般向けの平易な解説書が和書ではあまり ないようなのもそのせいかもしれない。


サマリー

Chapter 1 The experience of schizophrenia

統合失調症の例を通じて、どんなものかを紹介している。20 世紀半ばには、病院に収容し 薬物治療などをすることが普通だった。1970 年代に入ると、病院に収容するのではなく むしろ社会の中で治療をした方が良いという考え方が一般的になってきた。それで うまくゆく場合もうまくゆかない場合もある。

Chapter 2 The concept of schizophrenia

中世においては精神疾患の理解が発達しなかった。

18 世紀終わりには 4 つの種類の精神疾患が認識された

Kraepelin (1856-1926) が Lehrbuch der Psychiatrie [Textbook of Psychiatry] (1893-1927) の第4、5版で与えた分類法は後世に大きな影響を与えた。 彼は、脳に見たところ病理的な異常がない精神病を maniac-depressive insanity(躁鬱病) と dementia praecox(早発痴呆)とに分けた。この dementia praecox が現在の統合失調症 に相当する。さらに dementia praecox は、catatonia(緊張病;精神運動性障害を特徴とする) hebephrenia(破瓜病;思春期に発症することが多いもの)、dementia paranoides(妄想性痴呆; 妄想を特徴とする)とに分類される。Kraepelin は、dementia praecox は結局は脳の病理的な 異常に帰着されるだろうと信じていた。

一方で、Bleuler (1857-1939) は、Dementia Praecox or the Group of Schizophrenias という本で、初めて schizophrenia(文字通りには、「分裂した心」) という単語を使用した。 Bleuler はフロイトの影響を強く受けており、統合失調症を心因的なものだと考えていた。

その後、1970 年代くらいまで、アメリカでは Bleuler の影響が強く、ヨーロッパでは Kraepelin の 影響が強かった。そのために、アメリカではヨーロッパよりも統合失調症の範囲がかなり広く 取られることになった。しかし、それでは困るので、1970 年代以降は、国際基準が広く使われる ようになってきた。

統合失調症の国際基準として現在よく使われるのは the St Louis criteria, the Research Diagnostic Criteria, the WHO's ICD-10, the American Phychiatric Association DSM-IV の4種類である。これらに共通することは、精神病のはっきりした症状(幻覚、妄想、思考障害) があることと、症状が続いている最低の期間を定めていることである。 これと異なるアプローチとして、現時点での症状を総合的に判断する Present State Examination (PSE Catego system) というやり方もある。結局のところ、統合失調症の線引きを どこでするかは厳密に言えば非常に難しい。DSM-IV では、脳に物理的な異常が無いことを 統合失調症の条件に挙げているが、これは脳の研究が進めば不適当ということになるかもしれない。

Chapter 3 Intellectural functioning in schizophrenia

Kraepelin は統合失調症を dementia praecox(早発痴呆)と名付けたのだが、 老人性痴呆のような痴呆とは全く異なるものである。Kraepelin はそれを dissolution of the personality(個性の溶解)と表現している。当時、 神経系はピラミッド型ヒエラルキー構造をしていると考えられていた。 上位システムが下位システムをコントロールするという形である。 このコントロールがうまく行かないことを Kraepelin は「溶解」と表現した。

統合失調症の人の IQ テストの結果は、通常の人よりも平均的には悪い。 障害が見られるのは、記憶、注意力、executive function (遂行機能、統合機能、実行機能、行動管理能力などと訳される) などである。とくに、executive function の障害が重要である。 executive function とは、適切な戦略を立てる能力である。 たとえば、「A で始まる単語を挙げなさい」というのが executive function の テストとして代表的である。ふつうはたとえば、部屋を見回して A で始まる 物体を探したりする。あるいは、果物の名前を思い出して A で始まるものを探す。 executive function に障害があると、このような戦略が立てられなくなる。 記憶もこれに関係する。われわれは、たとえば「この単語リストを憶えなさい」 と言われたら、文を作ってみたり、絵をイメージしてみたりして憶えようとする。 このような戦略が立てられなくなると、うまくものが憶えられなくなる。

統合失調症の症状はいくつかに分類できる。Tim Crow は、positive features (陽性症状)と negative features (陰性症状)の2つに分けた。 positive features は、幻覚、妄想、つじつまの合わない発言、脈絡の無い行動などである。 negative features は発言が少ないこと、動作が少ないこと、感情がはっきりしなくなること などである。その後の研究によって、症状を3つのクラスターに分ける方が良いことが分かってきた。 一つ目は reality distortion で、妄想と幻覚である。二つ目は disorganization で、 つじつまの合わない言動や感情表現である。三つ目は psychomotor poverty で、 言動や感情表現の欠乏である。これは negative features に相当する。 クラスターに分ける意味は、たとえば幻覚のある患者には妄想もある場合が多いが、 言動に乏しいかどうかはわからないという意味である。

統合失調症の症状の種類と IQ テストの関係はそれほどはっきりはしないが、以下の 傾向がある。(1) reality distortion と IQ テストの結果にはあまり関係が無い。 (2) pyschomotor poverty とは omission が関係がある。患者はなかなか時間内に テストを終えられない。(3) disorganization とは comission が関係ある。 患者は不適切な回答を出してしまう。

天才と狂気を結びつける考え方も普及しているが、これは躁鬱病にはあてはまっても 統合失調症にはあまりあてはまらないようである。その理由はたぶん、躁鬱病では 精神状態が普通の状態に戻る時期があるのに対して、統合失調症ではそういう時期が ほとんどないためだろう。躁鬱病では、たとえば躁状態で得られたアイディアを 普通状態のときに作品にすることができるが、統合失調症ではそれができない。

Chapter 4 Schizophrenia and drugs

20 世紀後半には、神経における化学物質の働きがわかってくると同時に、精神病の 薬物療法も発達してきた。

統合失調症に関連して重要な薬物は amphetamines である。amphetamines の摂取によって 統合失調症と同様の幻覚や妄想が起こる。amphetamines は dopamin agonist (ドーパミン 作動薬)である。また、cannabis (マリファナの活性成分)の摂取は、統合失調症の 発症率を高めることが知られている。

一方で、ドーパミン受容体をブロックする薬は治療薬となる。早くから知られたのは 1950 年に合成された chlorpromazine だ。この系統の薬は統合失調症の症状 (とくに positive symptoms)を緩和する。一方で、その副作用として、 パーキンソン病のような症状を引き起こすことがある。パーキンソン病は ドーパミンの欠乏によって起こる。そこで、統合失調症の原因がドーパミンの 過剰であるという「ドーパミン仮説」が出てきた。とくに D2 受容体が重要だということがわかってきた。

1988 年には John Kane らが、従来治療が困難だった統合失調症に clozapine が 効くことを見出だした。副作用も少ない。Kapur and Remington の説だと、 副作用が少ないのは、D2 受容体をブロックした後で離れるのが速いせいだと いうことである。

Chapter 5 Biological factors

統合失調症の発生に遺伝的因子は重要だが、それがすべてでもない。 それがはっきり判るのは、一卵性双生児の研究だ。一卵性双生児の一方が 統合失調症である場合、もう一人が統合失調症である可能性は 50 % に上る。 この数字の高さは、遺伝的因子の重要性を示しているのだが、 しかし 100 % ではないということは、遺伝だけでもないということである。

統合失調症の患者の脳に異常がないかもだいぶん調べられた。(1) 統合失調症の 患者には、ventricles (脳室) の拡張が若干見られる。ただ、この意味はよく わかっていない。(2) これに関連して amygdala (扁桃体) - hyppocampus (海馬) の 萎縮も見られる。

最近では、SPECT (single photon emission computed tomography) や PET (positron emission tomography) などの手法により、脳の血流のイメージングが できるようになってきた。まだ結論が定まっていない事柄も多いが、どうやら 前頭葉の活動が落ちている例が多いらしく、とくに negative symptoms を示す患者で そうであるらしい。

Chapter 6 Environmental factors

統合失調症の原因を周囲の環境に求める試みも数多いが、はっきりしたことは あまりわかっていない。代表的なのは以下の3つだが、他にもいろいろある。

ストレスが原因だという結果がある。統合失調症を発症した患者は、 そうでない人よりも多くのストレスを受けているらしい。ただし、 確定的なことを言うのは難しい。というのも、そのようなストレスを受けるできごとに 遭遇したのが、統合失調症のマイルドな症状のせいかもしれないからだ。

家庭環境が原因だという考え方もあったが、あまり証拠は無い。一方で、 そのような考えをあまり根拠も無く軽々しく言うことは、ただでさえ心労の多い 患者の家族に対して無神経であることも忘れてはならない。

施設に収容したりすると、引きこもりのような negative symptoms が悪化するのでは ないかという考えもある。しかし、実際はそれはあまりはっきりしないし、 施設に入っていなくても患者と社会との接点は少なくなりがちなので、 施設に入れることが悪いとは言えない。

Chapter 7 Understanding the symptoms of schizophrenia

統合失調症の個々の症状を理解しようという試みもある。

幻聴が起こっているときの脳のイメージングによれば、健常な人が 誰かに話しかけられていると想像してみるときに活動している部位と同じ場所が 活動しているらしい。

幻覚や妄想を統合的に考えるひとつの仮説として disconnection hypothesis がある。 これは、自分の行為の結果として感覚されなければならないことが、本来は予め無意識のうちに 予測されていなければならないのが、その連結がうまくいっていないとするものである。 たとえば、誰かが自分の体を動かしているとする妄想 (delusions of control) がある。 これは、自分で体を動かすという命令が前頭葉から出ているにもかかわらず、それが 脳のほかの部分にうまく伝わらず、動いたという感覚を受け取る部分では「動かされた」 と感じているとすると説明できる。また、幻聴も、自分で話している(声に出す場合も 心の中での場合もある)にもかかわらず、その情報が聴覚を司る部分に伝わっておらず、 他の人が話したと聞き取ってしまうのかもしれない。

ただ、disconnection hypothesis だけで全部が説明できるわけではない。マイクを喉に つないで、声を拾いそのピッチを変えてイアホンに戻すという実験をしてみる。 健常者にこの実験をしてみると、「これは私の声だがその怪しげな箱で何かしたんでしょう?」 という正しい反応が返ってくるのに対し、妄想を起こしている人にこの実験をすると、 「悪霊が話している」などと答えてくる。すなわち、妄想を起こしている人は disconnection を起こしているだけではなく、異常な説明を受け入れる状態になっているらしい。

妄想の中でも、他人の心に関連するものがある。「他人が私の心を読んでいる」 「他人が私のことを話している」「他人が私を迫害している」という種類のものである。 これと関連しているかもしれないこととして、統合失調症の人々は他人の意志を読むことが できないことが多いということがある。たとえば、夫が妻に「シャツに皺がよった」と 言えば、「アイロンをかけてね」という意味に普通はなるが、統合失調症の患者には それがわからない。このことは、上記のような妄想と直接は関係ないが、何か関係ありそうである。

Chapter 8 The importance of schizophrenia

統合失調症は、さまざまの哲学的問いや社会的問題も投げかけている。

「現実 reality とは何か?」幻覚がある人にとって、感じていることは現実以外の何物でもない。 であれば、われわれが、現実だと思っていることも、われわれの歪んだ心の創造物ではないのか? プラトンは、現実を定義するのに感覚を使うのでは不十分だと指摘した。観念論者の バークリは、「物は、知覚される結果としてのみ存在する」と喝破した。デカルトは 「我思うゆえに我あり」と言うことで、かろうじて確かな起点を確保したと信じた。 このデカルトの現代版には、ウィトゲンシュタイン(青色本)の immunity to error through misidentification という議論がある。しかし、「他人の考えが私の心に侵入した」 とか「他人が私の腕を動かしている」などと言う統合失調症の患者を前にすると、 「思う私」さえも不確実なものとして心に迫る。

統合失調症患者は暴力を振るうとして怖れられることが多い。だがこれは実態とは異なる。 統合失調症で他に問題のない患者が暴力を振るう率は 8% で、たしかに精神病でない人が 暴力を振るう率 2 % より少し高い。統合失調症で薬物やアルコールの問題があれば、その率は 30 % と高くなる。しかし、逆に考えて、暴力事件のうち統合失調症患者によるものは、たった 3-4% である。また、統合失調患者が殺人を犯す率は 0.03% 以下である。暴力の可能性の高い 患者にケアを集中することで犯罪率を減らすこともある程度可能である。しかし、 可能性が低いと判断された大部分の患者の中に結果的に暴力を振るってしまう人が出ると、 医師は世間の非難を受けるので、実際にどうしたら良いのかは難しい。

心と(物理的な)脳の関係は、相互的である。しばしば心と脳を分けて考えたがる人がいるが、 それは誤りだ。薬などの(物理的な)治療は心に影響するし、逆に心理療法は脳の活動に影響する。 後者を考えない人が多いが、PET を使って実証した例もある。

精神病との関連でよく問題になるのは、犯罪の責任の問題だ。もし、犯罪の時点で正常な 判断能力が無いとされると罪に問われない。だが、その線引きをどうすれば良いのか? またどうすれば証明できるのか?それと裏返しの問題としては、精神病の治療開始の問題がある。 精神病の治療は本人の同意を得ずにしてもよいと考えられるが、やはり実際にはその線引きが問題となる。