もうちょっと丁寧にサマリーを書いておこう。
グールドの解釈は以下の通り。大リーグ全体のレベルが 上がってきて、守備は上手いが打撃が下手というような選手が いなくなり、全体が粒揃いになった。打率の平均という数字は、 ルール改訂で操作されるし、投手と打者との相対的な関係なので、 あまり意味がない。しかし、選手全体のレベルが上がり粒揃いになれば、 変異の幅は減る。それは人間の能力に上限があるためであり、 選手全体のレベルが上限に近づいてきたということを意味する。 打率の平均は一定に保たれるようにルールが操作されるので、 最高打率は必然的に減少する。
生物は単細胞から始まり、多細胞になり、無脊椎動物ができて、 脊椎動物ができて、恐竜になって、人間になる、などといった 進化の物語は、生物全体の分布の右端しか見ていない (たとえば横軸に細胞数とか体の大きさとか複雑さなどを取ることにして)。 生物全体を見れば、数の上では(そしてたぶん量の上でも) 単細胞生物が圧倒的多数なのである。したがって、地球は、 今も昔もバクテリアの時代にある。
進化には、複雑化、高度化、大型化などといったトレンドがあると 言われたことがあるが、生物の系統をきちんと見れば、そのような トレンドが存在しないことが分かる。系統が良くわかっている生物集団を 調べると、複雑化と単純化、大型化と小型化とはたいてい両方存在し、 トレンドは無い。これは進化がランダムウォークのような過程であると考えると 自然に説明できる。バクテリアから人間へというトレンドは、単に分布の 右端を見ているに過ぎない。しかも、分布の右端は系統を表しているのでもない。 現代の覇者である人間は中生代の覇者である恐竜の 子孫でもなければ、新生代のある時期の覇者である剣歯虎の子孫でもない。 分布の右端がどの系統の生物であるかは偶然によるものである。 トレンドが見える気がするのは、生命の最初が単細胞生物であることと、 単細胞より簡単なものがないということによる。初期値が一番左で、 左に壁のあるランダムウォークを考えよう。確かに、分布の右端は どんどん右に行くが、分布の最頻値(モード)はいつでも左端の近くである。