膨張宇宙とビッグバンの物理

杉山直著
岩波講座 物理の世界 地球と宇宙の物理5、岩波書店
刊行:2001/11/26
名大生協で購入
読了:2004/06/04
教養の講義では我ながらエラそうにビッグバンから講義を始めている割に ビッグバンのことをあまり知らないので、ちょっと知識をつけておこうかと 読んでみた。私の場合、宇宙論を理解するための基礎物理(一般相対論、 素粒子論)の素養がないので、宇宙論について一般向けに書かれたものを読んでも 分かった気がしないことが多いのだが、この本は良く書けていて、それなりに 分かった気にさせてくれる。部分的にはよく分からないところもあるけれど、 全体的にはよく雰囲気がつかめる。一般向けだとよく数式を避けているのもあるが、 それだとかえって分からなくなることも多く、この本の程度には数式がある方が 分かりやすい。

以下、かんたんなサマリー

第 2 章 膨張する時空―フリードマン宇宙
一様等方宇宙は、曲率 K とスケール因子 a で特徴づけられる。 現在の膨張速度は、ハッブル定数 H0 = (1/a)(da/dt) で表す。観測によると H0 = 72 km/s/Mpc である。 宇宙の時間発展を表すフリードマン方程式は
H2 = H02 ( Ωm/a3 + Ωr/a4 + ΩK/a2 + ΩΛ )
という形で書ける。ただし、Ωm は規格化された現在の物質密度、 Ωr は規格化された現在の放射密度、 ΩK は規格化された曲率(符号は K と逆)、 ΩΛ は規格化された宇宙項である。宇宙項が 0 の場合、 K>0 だと宇宙はやがて収縮し、K<0 だと宇宙は膨張を 続ける。宇宙項が存在すると、ほとんどの場合、宇宙膨張はやがて加速する。 それぞれの項について分かっていること
第 3 章 熱い初期宇宙―ビッグバン
初期宇宙の進化
  1. 10-43秒まで:量子効果が効く世界でよくわかっていない。
  2. 10-36秒:インフレーション
  3. 10-10秒:電弱統一の破れ
  4. 10-5秒:QCD 相転移。クォークグルーオンプラズマから陽子、中性子の世界へ移行。
  5. 1秒:ニュートリノが熱平衡から離脱
  6. 4秒:陽電子消滅
  7. 100秒:軽元素(重水素、ヘリウム)合成
  8. 1012秒 = 3 万年:放射優勢から物質優勢へ変化
  9. 1013秒 = 30 万年:水素原子の形成。宇宙は透明になる(晴れ上がり)
  10. 1016秒 = 3 億年:銀河形成
第 4 章 ビッグバンの化石―宇宙マイクロ波背景放射
宇宙マイクロ波背景放射は、水素原子形成期(晴れ上がりの時代)の化石だ。 COBE の観測によると、黒体放射からのずれは、わずか 10 万分の 1 である。 これは当時の地平線より大きいスケールで宇宙が一様であったことを示しており、 このことがインフレーションを考える動機の一つになった。
第 5 章 温度揺らぎ生成の物理過程
宇宙初期の揺らぎは、インフレーションの時期に量子的に作られる。 その揺らぎの振幅はスケールに依らない(スケールフリー)。 水素原子形成期の地平線より短いスケールでは音波が存在し、 背景放射で見える。ただし、短波長の揺らぎは散乱でつぶれる。 COBE は分解能が悪いので、音波揺らぎは見えない。 見えているのはスケールフリーな量子揺らぎの化石だけ。
第 6 章 温度揺らぎ生成の物理過程
背景放射の揺らぎのパワースペクトルは、低波数側でフラット (スケールフリーなゆらぎ)、波数 200 くらいから音波の倍音構造が 見え、波数 3000 くらいで潰れるはずである。このスペクトルの構造が きちんと観測できれば Ωb、Ωm、ΩK がわかるはずだ。
第 7 章 宇宙を解く鍵
最近気球 BOOMERANG による観測により、背景放射の揺らぎスペクトルの 構造がわかってきた。それによると、宇宙は平坦であり、 Ωb = 0.04〜0.05。第 2 章の超新星の結果を合わせると、 ΩΛ = 0.7、Ωm = 0.3 で 宇宙の年齢は 131 億年となる。宇宙項があるので、宇宙膨張は将来加速する。

なお、この本の出版後、WMAP で 背景放射のスペクトルが精密に測定され、さらに精密な結果が得られた。 それによると、 宇宙の年齢は 137 億年 で、宇宙は 2 % の 誤差で平坦なのだそうだ。そして、宇宙論の密度パラメターは Ωb = 0.05、Ωm = 0.23、 ΩΛ = 0.72 となる。 すなわち、世界のかなりの部分がダークマター(バリオン以外の物質)や ダークエネルギー(宇宙項)から成ることが確定的になった。