夜の樹

Truman Capote 著、川本三郎訳
原題:以下の短編集より (1) A Tree of Night and Other Stories (2) The Thanksgiving Visitor
新潮文庫 カ 3 5、新潮社
刊行:1994/02/25
原著刊行:1945,46,47,48,49,67
千葉稲毛海岸の古本屋 BOOK LIBRE で購入
読了日:2005/07/08
カポーティの 9 つの短編を集めた短編集。前の 5 編と後ろの 4 編で だいぶん性格が異なる。

以下の 5 編は、都会生活者の孤独とか心の内の暗い幻想を描いたもの。 現実に存在するのか主人公の幻覚なのかわからない人物が 登場して、奇怪なイメージを紡ぎ出してゆく。 このカポーティの世界をひとことでまとめようとすると、どうしても 陳腐なものになってしまう。それはもともと重層的に暗いイメージを 積み重ねていく絵画的な文学だからだ。仄かに光る暗い影を分厚く塗り込めて いったようなもの、それがカポーティの世界だ。意識と無意識の境目を 描いているという意味では、シュールレアリズム絵画を髣髴とさせる。

ミリアム Miriam
都会で一人で暮すミセス・ミラーは少女ミリアムに会う。 ミリアムはやがて彼女の心を乱し、その心に取り憑く。
夜の樹 A Tree of Night
学生ケイは汽車で奇妙な二人連れに会う。それは都会の腐臭か。
夢を売る女 Master Misery
ニューヨークに住むシルヴィアは偶然のきっかけから夢を売るようになる。 やがて彼女はすべてを失う。
最後の扉を閉めて Shut a Final Door
自己愛性人格障害と言って良さそうなウォルターが主人公。 自分勝手で、都合が悪いことはみんな他人のせいにする。 まわりは敵ばかりになり、田舎に逃避行に出かける。しかし、 その先々で謎の人物からの電話がかかって追い詰められる。
無頭の鷹 The Headless Hawk
これもシュールな世界。ヴィンセントは謎の少女 D.J. に会う。 D.J. は、自分が描いた絵を持ってくる。その絵には、 首を切られた女性と頭の無い鷹が描かれている。その絵と D.J. の不思議な行動で怪奇なイメージを作り出している。
以下の 4 編は、巻末の解説によると、カポーティが子どものころアラバマで 過ごした時代の体験に基づくものだという。田舎の人間模様が書かれていて、 心暖まるものも多い。
誕生日の子どもたち Children on Their Birthdays
突然、田舎の町にミス・ボビットが現れる。彼女は 10 歳の少女だが、 大人びていて、二人の少年が彼女に夢中になる。彼女はダンスが上手く、 やがてハリウッドに行こうとする。その町を出る日に、いきなり 彼女はバスに轢かれて死ぬ。この不条理さがいかにも近代小説らしいところ。 しかし、同時に田舎町へのノスタルジーのようなものも随所で感じさせる。
銀の壜 Jug of Silver
田舎の商店主が客を呼び込むために、ワインの壜の中に硬貨を詰めて その額を客にあてさせて、予想が一番近かった人にそのお金をあげる、 というイベントを行った。アップルシードというちょっと遠い町の子供が それに挑戦をした。彼は来る日も来る日も店に来てはコインを丹念に数えた。 そして一ヶ月くらいかかって数え終わった。クリスマス・イブの日、 その発表が行われ、見事にアップルシードがそのお金を獲得した。 彼がそのお金で欲しかったものは、歯並びの悪い妹の入れ歯だった。
ぼくにだって言いぶんがある My Side of the Matter
田舎で起こった大騒ぎの話。主人公の「ぼく」は 16 歳の少年。 最近結婚をして、妻のおばがいる家で過ごすことになるが、おばは ぼくを目の敵にした。そこでやがて大騒ぎが勃発する。
感謝祭のお客 The Thanksgiving Visitor
これだけはカポーティ 40 代の作品(他は 20 代の作品)。 心暖まる話。いじめられっ子の主人公「わたし」の心情と 「わたしの親友」の老婆ミス・スックのすがすがしい行動が なつかしさと愛情のこもった視線で描かれている。