話の筋は円熟期のクリスティによる巧みなものだと思う。 複雑な筋と人間模様を絡ませつつもそれがごてごてした感じにならずに 作品の魅力となっている。 犯人当てという意味では、クリスティのいつもの手口を知っていれば、 クリスティがミスリードで疑惑を膨らませようとしていない人から探せばよいので、 犯人が作品中で明らかにされる以前に犯人を当てることは比較的容易である。 だが、それはそんなに問題ではない。マープルものに特有の「人物描写」で 人間模様を楽しませてくれるし、これまたマープルものでよくあるのだが、 文芸作品などの知識をちょっと味付けの伏線にしているお楽しみもある。 冒頭の、グエンダが昔の記憶を少しずつ思い出すところから話が始まるという 趣向も秀逸である。
今回の文芸知識は『マルフィ公爵夫人』の
女の顔をおおえ、目がくらむ、彼女は若くして死んだであった。残念ながら私はこの作品を全く知らないが。しかし、 この作者のジョン・ウェブスターはイギリスでは良く知られており、 この作品はウェブスターの代表作らしい。
ひとつ気になるところがあるとすれば、作品の中でのリリー・キンブルの殺し方だった。 彼女はちょっと愚かであったゆえに殺される。だが、愚かであるゆえに あまり同情されずに殺されても良いのか?という疑問が残る。 他の殺された人々には救いのあることが書かれているのに、リリーにはあまり救いが 書かれていない。もうちょっと作品の中で救ってあげて良いのに、と思った。