デジタル時代の大学と図書館―21世紀における学術情報マネジメント

Brian L. Hawkins and Patricia Battin eds., 三浦逸雄・斎藤泰則・廣田とし子訳
原題:The Mirage of Continuity -- Reconfiguring Academic Information Resources for the 21st Century
高等教育シリーズ112、玉川大学出版部
原著刊行:1998, Council on Library and Information Resources
刊行:2002/03/10
名古屋栄のマナハウスで購入
読了日:2005/08/28

この本には今の大学が抱えている問題が様々の角度から議論されている。 ここではアメリカの大学の事情が書いてあるのだが、今の時代日本でも問題は ほぼ同様である。ひとつには、日本の政策がアメリカの真似をするために、 アメリカで問題となったことが日本で数年遅れて伝播しているのだろう。 とはいえ、もちろん今はグローバル化した時代なので、仮に日本政府が アメリカの真似をしなくても、世界中で似たような問題を共有せざるを 得ないということに変わりはない。

私がこの本を買ったのは、いま学科図書館や学部の図書館のあり方に ついて少し考えなければいけない立場にあるからである。 その考えるヒントにと思って読んでみた。そういう立場で読むと、 啓発的な論考がたくさんあって参考になった。

複数の論考の単なる集合体であるため、内容が薄いものもあるし、 同じような考察が異口同音に繰り返されている場所がけっこうある。 平均的に言えば、前半の論文の方が考察が深い。だんだん実際的な 問題になってくると、同じような考察をしながら、結局結論がないし、 議論の深みもない。なかなか結論が出ないのは、抱えている問題が難しいから どの論文でも同じなのだが、そこに至る議論の過程には 深いものと浅いものの違いがある。

以下のような論考の集合体である。

Patricia Battin and Brian L. Hawkins 「舞台の設定―発展か革命か、 さもなければ崩壊か」
本書全体の内容への導入部
Donald Kennedy 「変化のために」
著者は Stanford 大学の名誉学長で、さまざまの観点から大学の変革が 必要とされる時代背景を描いている。学費等の問題はアメリカと日本で 事情が異なる部分があるが、大部分の事柄は日本にも当てはまる。 学長の役割の問題も日本とアメリカで異なるかもしれない。 日本にも当てはまることとして、以下のような問題が挙げられている。
John Seely Brown and Paul Duguid 「デジタル時代における大学」
大学とは何であるのかを整理しながらこれからの大学の姿を探ってゆくという よく考えられた論考。大学の役割のひとつは卒業証書や学位を授与すること である。それは何を表すのだろうか?知識の証明書であるというのは一面的に 過ぎる。より重要なのは、大学の人的ネットワークと共同体の中での活動に 参加したということなのだ。学習するためには共同体文化の中に住むことが 必要である。この共同体は隣組のようなものではなく、実践の共有によって 築かれたものである。共同体のメンバーを結び付けるものは仲間意識ではなく、 共有する実践と概念である。とくに大学院で行われる教育と研究は、 専門分野の共同体へ学生を導くことによって行われる。一方で、 生涯学習へのニーズが高まり、それを支援するための遠隔教育や オンライン学習が行われている。しかし、これらの方法では共同体への 参画は制限される。その中で、インターネットはどのような役割を 果たしうるだろうか?インターネットは双方向性であると言っても 限界があり、既存の共同体を支えるのには強力だが、共同体を形成するのには それほど役に立たない。
以上のことを踏まえ、これからの高等教育の一つの可能な姿として 次のような体制を考えてみた。独立した多様な学位授与団体があって、 学生や教員はそれらの団体と契約する。教員や学生は一箇所には拘束されず、 それぞれのニーズに応じて一つもしくは複数の施設に属する。地域性や ニーズに応じて現場経験のようなものも組み込めるような柔軟な課程も 考えられる。
Stanley Chodorow and Peter Lyman 「新たな情報環境における大学の責務」
この考察は、大学という制度の歴史から語り始めている点が勉強になる。
Samuel R. Williamson 「変化が唯一の定数になるとき―技術時代における教養教育」
学生のタイプに応じたきめ細かな指導が必要である。情報技術はそれを 容易にするかもしれない。ただし、情報技術によって費用を削減できる わけではない。人材をどれだけどう配置するかも重要である。
Peter Lyman and Stanley Chodorow 「学術コミュニケーションの将来」
Douglas Greenberg 「駱駝引きと招かざれざる者―デジタル研究図書館における 品質管理」
従来の図書館で重要なことは (1) 階層構造をしているので、目的の情報へ 向かって行くやりかたがはっきりしていることと (2) 情報の信頼性が 複数のゲートキーピング構造で保証されていることである。インターネットでは この両方がない。情報はフラットに配置されていて、しかも変化する。 質の保証もないし、しかも偽造が容易である。しかし、質の管理ができれば、 電子情報には従来にない利点がある。たとえば、一次資料へのアクセスが容易に なるとか、テキストだけでなく音声や画像も含めて多角的な利用ができること などである。
Susan Hockey 「情報資源に対する学術研究上の新しい要件」
学術情報資源にどのようなフォーマットが適切かを議論している (とくに人文科学の観点から)。いままで CD-ROM の製作がいろいろ なされているが、ソフトウェアの継続性の問題があり、共通フォーマットが なければ結局は努力が無駄になる。HTML は共通フォーマットだが、 コード化タグが貧弱であり、検索に使えない。SGML は上記の問題への 最も適切な解決法である。豊かな表現力があり、ASCII コードによる プレーン・テキストなので転送が容易である。SGML 形式の Document Type Definitions として TEI, EAD などがあり、 これらを利用するのが便利である。ただし、検索システムなどは 未発達である。
なお、この節は巻末の注・引用文献が抜けている。
Brian L. Hawkins 「伝統的図書館存続の危機と高等教育への脅威」
われわれが図書館に関して抱えている問題とその解決の方向を 実に明快にとらえている。 まず、図書費高騰に伴う経済的な破綻や人件費の削減が説明される。 しかし、電子化に伴って図書館モデルが変わればそれが解決される道が あると説いている。学術情報を配布する権利を出版者に渡すのでは なく大学が保持できるようにすること、情報を電子化して集中化することで 多くの大学が重複して情報を保持しないですむようにすること、 情報の探索システムの重要性、生涯学習のためにすべての人が 情報にアクセスできるようにすることなどがなどが方向性として 挙げられている。大学にとって大事なのは、大量の情報を保持することでは なく、大量の情報に効果的にアクセスできるようにすることだ。
Richard N. Katz 「将来における学術情報資源の管理」
学術情報のデジタル化が進むとして、情報の流れがどう変わるかを議論している。 従来の情報の流れは
著者→出版者→図書館→利用者
であった。これからは
著者→利用者
だと思っている人も多いようだが、世の中そんなに甘くはない。 情報の質の管理やコントロールが不可欠なので、 次のようなコンソーシアム・モデルが良いであろう。
著者→学術機関のコンソーシアム・学会・学術出版社など→ 大量蓄積・頒布企業→利用者
コンソーシアムのようなものが質のコントロールを行う。一方、 電子情報は大量蓄積をする方が経済的にスケールメリットがあるので、 専門企業が頒布と商業会計を担う。これが図書館の役割に取って代わる。

大学の方針としては、以下のような選択がある。

  1. 印刷媒体と電子媒体の両方の収集者であり続ける。この場合、 費用の増加は避けられない。
  2. 特定の領域のコレクションに特化する。
  3. 知的な魅力の高い大学であれば、大学が学術情報の供給者となることを 目指すという選択もありうる。コンソーシアムや出版社と競争するのである。 この場合は、優れた編集能力や情報提供技術を持っている必要がある。
  4. 大学の構成員が学術情報を利用しやすくすることに力を注ぐ。 大学への帰属意識を育むような技術を導入する必要がある。
この他に考えないといけないこととしては、以下のようなことがある。 (1) ネットワークへの投資 (2) 専門家の間のコラボレーション (3) 検索技術の向上 (4) 利用者の認証方針の再構成(コストの問題を考えた上で) (5) 技術のスタンダードの構築 (6) 著作権問題の解決
Paula Kaufman 「構造と危機―学術出版の市場と市場細分化」
学術出版に関して最近良く言われている危機がまとめられている。 大学図書館において問題なのは、図書に関しては専門細分化による出版点数の 増加、雑誌に関しては価格急騰である。市場変革の提案が以下のように いくつかなされているが、合意がなされていない。(1) peer review と 出版プロセスの分離:投稿者は peer review の資金に対して投稿料を払う (2) 出版前の peer review を出版後の peer review に転換 (3) 知的所有権の 再検討 (4) 新しい出版経路を開拓して価格高騰を抑制
Donald J. Waters 「デジタル保存システムへの諸段階―技術的、政治的、経済的考察」
デジタル保存システムの基盤構築に関しての3つの問題点
(1) 保管施設がどのように構築されるべきか?現在混乱しているが、 各種の研究が進んでいる。
(2) 今は、図書館がライセンス契約でデジタル資料の利用権を得ている。 現状では、契約という方式は出版者と図書館の双方に利益をもたらす 良い方法である。
(3) 検索システムは重要だが、まだ不十分で研究が進んでいる。
Michael E. Lesk 「デジタル図書館の技術的限界」
クリントン大統領は「すべての子供たちが、キーボードを操作することで、 今までに書かれたすべての本、描かれたすべての絵、作曲されたすべての 交響曲を手にいれることができるようなアメリカ」を求めている。 これを実現する上でのさまざまな制約を論ずる。
入力に関する制約
著作権許諾の問題、スキャンを速く安く行うには?、OCR はまだ不十分、 マルチメディアの目録をどう作るか?
内容分析の問題
テキスト分析が行えれば検索が的確になるが未だ困難、要約の自動化も まだ困難、長い文章から欲しい箇所をどうやって見つけ出すか?、 マルチメディアをどう検索するか?、多言語資料をどう検索するか?
インターフェースの限界
コンピュータ画面の解像度はまだ紙に及ばない、音声合成はまだ未熟、 モバイル環境ではまだ問題が多い、障害者の利用問題、 異なるニーズの人を支援できるか?、情報の組織化、必要な情報の順位付け、 ブラウジングを効果的に行う方法、ネット上の共同体での情報交換
Jose-Marie Griffith 「なぜウェブは図書館ではないのか」
web は図書館ではない。必要な情報がすべてあるわけではないし、信頼性も 不明だし、目録もなければ検索も難しい。そこで、これからの図書館員には、 情報探索ができたり、そのためのツールやメタデータの作成をしたり、 情報分析をしたり、といったような役割が求められる。その上で、 個人←→共同体、分裂←→結束という2次元の方向性の上で図書館や 高等教育のモデルを考える。
Deanna B. Marcum 「ビジョン 2010 ―デジタル技術と高等教育の将来」
ビジョン 2010 というプロジェクトで、デジタル時代の大学で何を 創り出したら良いかが話し合われた。成果にそれほど特筆すべきことはなく、 良く言われていることのようなので、このサマリでは省略する。
Brian L. Hawkins and Patricia Battin 「情報資源専門職」
図書館と情報技術の両方に通じた情報資源専門職が必要であるという けっこう刺激的な論考。専門職は、両方の技術を知っているだけではなく、 大学全体での学習・教育・研究支援におけるそれらの資源の利用を考える 必要がある。図書館員、情報技術者の縄張り意識を崩さなければならない。 図書館と情報技術部門はユーザのすべての要求を満たすことは現実的には できない。そこで逆に、出来る範囲で新しい戦略をユーザに売ってゆく ことが求められる。
Patricia Battin 「転換期におけるリーダーシップ」
現在のような激動する時代には柔軟な思考のリーダーシップが必要である。 紙からデジタルへといっても、紙が消失するわけではない。次々に新しい 構想が必要となる。そのなかで将来のリーダーを育ててゆく必要がある。
Susan Rosenblatt 「図書館コレクションと図書サービスのパフォーマンス尺度の開発」
従来図書館の質は、コレクションの規模や経費などで測定されてきた。 最近はレファレンス・サービスなどもこれに加えることも多い。 しかし、そもそも出版物が増加してゆくなかで、現在図書館は資料収集を 十分に行えなくなってきている。そこで、規模を図書館のパフォーマンスの 尺度とすることには問題が出てきた。そもそも図書館の役割を考え直す必要が あり、そもそも教育・研究という大学の使命に対して図書館がどのような 役割を果たすのかを考え、それに応じたパフォーマンス尺度を考える必要がある。
Brian L. Hawkins and Patricia Battin 「行く手に待ち受けているものは何か」
短いまとめ