本書のクライマックスに当たるのはおそらく第2章第3節の 「「庶民のなかのワルトハイム」とその家族たち」であろう。 ここには家族に元ナチスがいる人々の苦悩が書かれている。 たとえば、今は大学教師であるヴェルナーという人がいる。 その父は寡黙であった。その寡黙さの理由をヴェルナーは 14 歳のときに知った。 父は、ナチス時代にその義父(ヴェルナーの祖父)をナチスに密告して いたのだった。その後のヴェルナー、あるいは戦後の父と祖父の苦しみは 察するに余りある。
このような形で苦悩する家族は日本には少ない。それは、 この本でも書かれている通り、多くの日本人は 自分達を戦争の被害者であると捉えているせいだ。 無論、ドイツと日本とではかなり事情が異なるとはいえ、 日本人は単なる被害者であるとは言えないことを忘れてはならない。 しかし、それを忘れている人が多いことは、米国のイラク侵略に 協力してしまう小泉を支持する人が多いことでも分かる通りである。 あとから真実を知っても、政府にだまされたことにすれば済むからである。