宗谷本線殺人事件

西村京太郎著
光文社文庫 に 1-48、光文社
刊行:1993/04/20
文庫の元になったもの:1990/02 光文社刊(カッパ・ノベルズ)
名古屋黒川の古本屋 BOOK OFF で購入
読了:2005/01/03
テレビドラマになっていたもの(再放送)を見て、原作がどういうものだったか がふと気になり読んでみた。西村京太郎ものを読んだのは初めてである。 これから判断すると、西村京太郎は、筋立てやトリックは凝っていてうまいが、 背景になる場所や人物像などはあんまり書き込んでいないタイプみたいで、 雰囲気はあっさりしている。これは好みの分かれるところだろう。 私としてはもうちょっと何か著者独特の雰囲気を出してほしい感じがする。

テレビドラマとの比較で言えば、筋立ては原作の方が しっかりしている。テレビドラマで少し不自然な感じがしたのは、 テレビ的演出のために多少無理をしているということがわかった。 テレビはしばらく前に見たので、記憶がはっきりしないところがあるが、 原作からの主たる変更点は次の三つである。
(1) 原作では平野康生は 49 枚の原稿を残したことになっているが、 テレビではフロッピーに非常に短い文章を残したことになっている。 これはテレビを見たときに不自然だと思った点だ。平野がいろいろ 調べているわりにほんの短い文章しか残していないのでは不自然だ。 おそらく、テレビでは長い文章を読んだことにすると動きが少なく なるので文章を短くし、平野が気付いたことを亀井刑事 (十津川警部だったかも?)が捜査により気付いたことにしたのだろう。
(2) テレビでは原作に出てくる田島を出さずに、亀井刑事に田島の役回りを やらせている。理由として考えられることは3つくらいある。第一には、 (1) のようにしたことにより、原作に出てくる作家の田島を出す意味が 少なくなったこと。第二には、複雑さを減らすこと。第三には、 亀井刑事を最初から出しておいて、警察が活躍する部分を増やすことである。 テレビ的にはともかく、小説としては田島を登場させる意味は十分に理解できる。 いきなり亀井刑事が旅行中に事件に遭遇するよりもずっと自然である。
(3) 最後の部分をだいぶん変えている。原作では十津川警部が 杉本ゆかりを使って大川昭をおびき寄せることにしているが、 テレビでは小早川京子が稚内に大川昭(テレビでは小川昭)をおびき寄せる ことにしている。これは、逮捕の場面を東京の室内ではなく稚内の野外に したかったためだろう。ただ、そのためにテレビでは、十津川警部が 最後に稚内に良いタイミングで行くというところが、出来すぎで不自然になっている。

とはいえ、テレビドラマ化が不成功かというとそうでもない。 もともと西村京太郎の人物像の描き方が比較的淡白なところを、 「濃い」俳優を使って十津川警部(高橋英樹)や亀井刑事(愛川欽也)を 個性あふれるキャラクターにしている。 それがドラマを見せるためのテレビらしい仕掛けになっている。