初歩者のための熱力学読本

岡田功著
オーム社
刊行:1969/04/10
東大生協で購入(たぶん)
読了日:2005/06/17

現在熱力学を教えているので、ずっと昔に買ったまま読んでいなかったものを 取り出して読んでみた。

私の記憶では、大学1年生の時に化学熱力学を教えた先生が推薦していたので 買ったのだと思うが、そのまま読まずに積んであった。今読んでみると、 いろいろ歴史的なエピソードも交えながら書いてあってそれなりにおもしろいのだが、 大学生当時読まなかったのはむしろそういうのをかったるいと感じたせいだろう。 今読んでみるとこういう書き方もおもしろいと思っても、私が大学生の時は、 あまり歴史などに寄り道をせず直線的に結論に到達するような本の方に 魅力を感じたように思う。今の大学生はどう思うのだろうか?

もうひとつは、私は大学生の時だと、教科書はかなり丁寧に読んでいきたいと 思っていて、そのためには論理的にきっちりしているものでないといけなかった。 ところが、この本は以下にも書くように、そういう意味ではあまりきっちりして いない部分もある。もともと、論理性よりもだいたい分かった気にさせることを 重要視して書かれている本なのでそういうものではある。したがって、 本来軽く読み飛ばすべき本なのである。しかし、そういう区別が付くのは、 むろん熱力学をよくわかった後の話なので、そういう意味では、そのときは 読まなくて良かったかなという感じもする。

全体的に言えば、細かいことを気にせず、「ふーん、そんな感じか」という ふうに読むのには適しているが、丁寧に読むのには向かない本である。 いかにも化学の学生向けの練習問題が解答付きでたくさんあるので、 そういう点では初学者が役に立つことも多いだろう。


いろいろ書いてあるので、細かく言えばどうかなと思う部分もある。 揚げ足取りに近いところもあるが、以下に覚え書き程度の意味で記しておく。

p.23 13行目に始まる段落
気体の分子間に働く引力がすべて van der Waals 力であるかのように 読める記述がある。しかし、van der Waals 力の定義の仕方は人に依っていて、 広い意味では分子間引力すべてだが、狭い意味では中性無極性分子の間に 遠距離で働く引力(いわゆる分散力)を指す。なので、少し注意が必要。

p.23 最後から 2 行目に始まる段落
絶対零度での内部エネルギーと零点エネルギーを混同しているように読める。 零点エネルギーは絶対零度での振動のエネルギー(運動エネルギーと振動の 位置エネルギー)を指す。これに対し、絶対零度での内部エネルギーは、 零点エネルギーと(原子が最も安定な平衡位置にあるときの)位置エネルギー を足したものである。後者は、たいてい原子が離れ離れになっている時を エネルギー=0にして計算するから、大きな量である。

p.26 8 行目に始まる段落
質量とエネルギーの同等性を説明しておいて、エネルギーだけについてだけの 保存則は成り立たないと言っている。しかし、通常の言い方では、質量を 静止エネルギーと言い換えて、静止エネルギーも含めてエネルギー保存則が 厳密に成り立つ、とするのが普通だし合理的でもある。

p.36 例 1 の解 (1) に少し誤りがある。この場合、理想気体でも実在気体でも ΔU=0 であることに変わりはない。理想気体と実在気体の違いは温度が変わるか どうかである。

p.62-64 ある過程が不可逆であることを示すのに、第2種永久機関を使えば 状態を元に戻すことができるから、という説明をしている部分がある。 これは気持は分かるけど、論理的にはおかしい。なぜなら、可逆過程でも 第2種永久機関を使えば状態を元に戻すことができるからである。論理的には、 可逆だったら(その逆の過程があり得たとすると)熱力学第二法則に違反する ことが起こる、というふうな背理法にするべきである。

p.104 はじめの (2)
恒温槽と装置の温度差を0に保つのが断熱過程だとしているが、これは 等温準静的過程であり、熱のやり取りがあるので断熱過程ではない。

4.7 節のカルノーサイクルの説明で、「高熱源」「低熱源」ということばが 用いられているが、「高温熱源」「低温熱源」とするほうが普通。

p.121 13 行目
単なるミスプリ:(誤)dH = CV dT (正)dH = CP dT

p.149 ボルツマンの式の説明
「熱力学的確率」ということば(=「熱力学的重率」)は、 私にはどうもなじめない。私は「重率」のほうが好きである。 理由は、確率というと1以下の量であってほしいからだ。 もちろん、世の中では「熱力学的確率」も使われているので、 間違いではない。