熱力学入門

佐々真一著
共立出版
刊行:2000/04/10
名大生協で購入
読了日:2005/06/26

私は、地球科学の学生に物理学の基礎を教えることが多い。 そこで、良い教科書がないかどうか探してみるのだが、たいていなかなか無くて、 電磁気学や流体力学の講義では教科書を指定せず、自分流の 講義ノートで講義を行っている。で、今年度から熱力学を教えることに なったので、教科書探しを一応してみたら、良い教科書があったのである。 それがこの本である。

私が学部生向きの教科書に求めるのは次の3点である。

  1. 薄い:あまり欲張ると消化不良になる。また、厚い本は全部はなかなか 読破できないので、挫折感が残る。
  2. 難しい数学を使っていない:特に地球科学の学部生はそれほど 数学が得意でない人が多いので、高校レベルの数学の知識で読み始められる 程度に使っている数学の解説がなされていないといけない。また、数学が 難しいとそれに振り回されて、物理的な本質を見失いやすい。
  3. 物理としての論理構成が明確である:学問分野としての体系性がつかめる。
しかし、1,2 と 3 は排他的であることが多い。初歩的に書いてあるものは、 身近な例などから出発して徐々にその学問分野に慣れさせようとするために、 学問分野全体としての論理構成が分かりにくくなっているものが多い。一方で、 論理構造が明快なものは、学部レベルの物理数学が既知のものとされていたり、 網羅的で分厚すぎたりする。かくして、適当な教科書があまりないという ことが発生する。本書は、例外的に上の3条件を満たしている。

もちろん、薄いだけに例が少なく、学部生の自習向けにはあまりよくない。 しかし、講義向けにとしては、例は教員が学生に合わせて補えば良いので、 むしろ親切すぎないのが良い。

この教科書で、初学者にはちょっと読みにくいと思われるのは、論理性を 大事にしているために、細かいただし書きのようなものがけっこうある点である。 学部生に教えていると、これはちょっと学部生には意図がわからないだろうなあ、 と思いつつ、ある部分はとばしてみたり、ある部分は丁寧に説明してみたりした。

文章の端々、とくに、脚注には著者が深く考えた末の思考の断片と見られるものが けっこうあって、私でも意図がはっきりつかめないものがある。 しかし、逆にこういったものは、一度熱力学を勉強した者にとってみると、 著者が熱力学について深く考えたことを示す道しるべに見えるわけで、 著者が何をどう考えたのかあれこれ読者も考えさせられておもしろい。 私としてはいろいろ考えさせてもらった。が、学生には唐突に見えそう。


この教科書の構成上の特徴で気付いた点をいくつか書いておく。

(1) 物質の熱力学的性質を指定するのに、状態方程式と熱容量があれば 必要十分である、ということが最初の方ででてきている。もちろん、論理的には 「完全な熱力学関数」を先に出して、あとは数学的操作で状態方程式も熱容量も 導いてしまうのがすっきりしているが、それだと初学者には具体的に何をやって いるのかがつかみにくいだろう。そこで、状態方程式と熱容量を最初にもって くるのは首肯できる。論理性だけから、抽象的枠組みだけ先に出してしまうとすると、 教える側としてはやりづらい。具体性と論理性のバランスは、 常に難しいところである。来年の講義からは、最低限の準備で (この教科書よりもさらに初期段階で)状態方程式を登場させてしまおうかと 思っている次第。

(2) 仕事と熱の説明で、仕事と熱が過程の関数であることを明記してあるのは 好ましい。私が熱力学を習ったときは、微分みたいなそうでないような、 d'W なんていう記号が出てきて面食らったものだ。微分記号を最初には 出さず、過程の関数であると明記するのは、私もすっきりした気分になった。

(3) エントロピーの説明をするところでも、断熱過程に話を限っているのは、 エントロピーが熱に関する量であることをはっきりさせるという意味で明快。 ただし、エントロピーを導入するところに少し明快でないところがあり、 またエントロピーに関するまとめとか統計力学的解釈に関する話が もう少しあって良いように思う。講義では補足した。

(4) 自由エネルギーを等温仕事を使って導入するのは、この教科書の スタイルではそういう方式になるということはたしかに理解できる。 しかし、F = U - T S と天下りで導入してから 等温仕事と結び付けるほうがあっさりするので、講義ではそうした。


単純なミスプリ

(6.65) の Gibbs-Helmholtz の式に簡単なミスプリがある。