ウイルス 究極の寄生生命体

山内一也著
NHK 人間講座 2005 年 2 月〜 3 月期、日本放送出版協会
刊行:2005/02/01
名大生協で購入
読了:2005/03/31
ウイルスの話。最近は報道などでもいろいろな知識を目にすることが多くなったが、 そういうものがまとまった形で説明されている。最近いろいろウイルスの話を聞くに付け、 怖いという部分もあるが、一方で生命の進化とも密接に結びついたお友達という部分もあって ウイルスへの興味も出てきた。この講座では、病気の側面の話が多いけれど、それだけでは ないという話もあってそれなりに楽しめる。私としては、お友達な側面の方を もっと聞きたいのだけれど。

以下、各回の雑然とした感想とかサマリーとか。

第1回:ウイルス・30億年の歴史
ウイルスの世界へのイントロダクション。ただ、少し賛成し難い部分もある。 それは、以下のような内容だ:「人のウイルスはすべて動物に由来する。人は 多くのウイルスに感染するが、その多くは軽い病気をもたらすだけである。」。 私が聞きかじっているところからすると、次のような見方の方が正しいのでは ないだろうか:「人を自然宿主とするウイルスも数多い。その多くはまったく症状を 引き起こさない。自然宿主が人ではないウイルスは人に病気を起こすことが多く、 致死的なものもある。」。著者は医学系の人だから、話が病原性のウイルスに偏っているようである。 しかし、最終回の放送では、ウイルスが病気をもたらすものだけではないことを かなり強調していた。
第2回:ウイルスにより起こる病気
ウイルスは多くの場合粘膜を通して感染する。病気を起こすメカニズムには、直接 細胞を破壊するものだけでなく、免疫反応が細胞を破壊するもの(B型肝炎など)、 免疫機能が破壊されるもの(HIV)などがある。病気の経過もさまざまで、 急性のもの、慢性のもの、潜伏感染をするもの(ヘルペスなど)、スローウイルス などがある。プリオンは、スローウイルスの研究から発見されたが、ウイルスとは 別物であることがわかった。
第3回:ウイルスの正体を求めて
ウイルス研究の歴史
第4回:ウイルスの生き残り戦略
生体にはウイルスを排除しようとする機能がある。
  1. 物理的あるいは化学的な排除機構
    • 咳、くしゃみによる排出。
    • 胃酸による攻撃。
    • 涙による不活化、排出。
  2. 自然免疫
    • マクロファージ:異物を飲み込んで分解。
    • ナチュラル・キラー細胞:ウイルスに感染した細胞を破壊。
    • インターフェロン:感染した細胞で作られる蛋白質で、正常な細胞にウイルス抵抗性を与える。
    • 発熱:免疫反応を強める。
  3. 獲得免疫
    • 液性免疫:B細胞が血液中に抗体を産生する。抗体は細胞外のウイルスに取り付いて働きを失わせる。
    • 細胞性免疫:T細胞がウイルスに感染した細胞を破壊する。
ウイルスはこれらの排除機構をさまざまの仕組みで避けながら存続している。
第5回:ウイルス感染への対応―ワクチン、抗ウイルス剤の開発
ウイルス対策の主役はワクチンである。ワクチンには生ワクチンと不活化ワクチンがある。 生ワクチンは弱毒ウイルスを感染させるもの、不活化ワクチンはウイルスを殺して接種するものである。 これらの開発が始まったのは20世紀始めである。最近では組み替え DNA 技術を利用した ワクチンも開発されてきた。その例は、天然痘ワクチンに狂犬病ウイルス遺伝子の一部を埋め込んで作った 狂犬病ワクチンで、ヨーロッパで野生のキツネの狂犬病を退治するのに成功した。

ウイルス独自の増殖メカニズムを抑制する抗ウイルス剤も作られている。 ただし耐性を持つウイルスが出てくるので、だんだん効果が落ちる事態も発生している。

第6回:新たなるウイルスの出現―マールブルグウイルスの衝撃
1965 年、西ドイツとユーゴスラビアの医学研究所で、アフリカ産ミドリザルが原因で出血熱が集団発生した。 数ヵ月後にウイルスが発見されマールブルグウイルスと命名された。このウイルスの自然宿主は 未だにわかっていない。1969 年にはラッサ熱、1976 年にはエボラ出血熱が発生したが、先進国の問題ではないと 思われ、1980 年頃には、人類は感染症を克服できると考えられていた。ところが 1990 年代になって、 エマージング感染症の危険性が叫ばれるようになった。1980 年代後半には AIDS が広がり、 1995 年にはエボラ出血熱が大発生、1996 年には BSE、2003 年には SARS と新たな病気が次々と 登場してきた。エマージングウイルスには、自然宿主の野生動物から人への直接の感染が多いが、 野生動物から家畜やペットを通じて人に感染する例もある。
第7回:地球村で広がるエマージングウイルス
最近のエマージングウイルスの例として、西ナイル熱、SARS、高病原性鳥インフルエンザを取り上げる。
西ナイル熱
西ナイル熱は、アフリカ、中東、ヨーロッパで見つかっていたが、1999 年、 ニューヨークで突然見つかり、以後米国中に広がった。西ナイルウイルスは、 日本脳炎と同じグループのもので、健康な人には大きな症状が出ないが、高齢者や 体力の低下している人では脳炎になり、死亡することもある。日本脳炎が、蚊と豚の 間で感染環を作っているのに対し、西ナイルウイルスは蚊と野鳥の間で感染環を作っている。
SARS (重症急性呼吸器症候群)
2002 年中国で出現し 2003 年に WHO が気付いた。新種のコロナウイルスが原因。 それほど感染力は強くないようだが、飛沫感染するので広がりやすい。自然宿主は不明。
高病原性鳥インフルエンザ
1878 年、イタリアで最初に見つかった。1997 年、香港の鶏で大発生。 2003 年には韓国で、2004 年には日本を含むアジア各国で発生した。 人から人へ容易に感染するタイプに変異することがおそれられている。
第8回:ウイルスとともに生きる
ウイルスに関係する現在から今後の社会的問題について書かれている。 未知のウイルスの出現に対する対策、異種移植によるエマージングウイルスの危険性、 バイオテロの危険性、病原体の管理の問題などである。

最終回の放送では、テキストで触れられていないことも放送されて、ウイルスが 病気をもたらすだけではないことがより強調されていた。テキストになくて、 放送で説明されていたことは以下の2点である。

  1. 自然宿主の中では、ウイルスはたいてい宿主と共存し、宿主に病気をもたらさない。 その例としては、オーストラリアで、野ウサギ退治のためにウサギ粘液腫ウイルスが ばらまかれた結果が挙げられている。このウイルスは蚊の媒介によって急速に広がる。 ウイルスをばらまいた当初は確かに野ウサギは激減した。しかし、やがてウサギが 抵抗性を持ち始め、ウイルスが弱毒化して、次第にウサギとウイルスとが平和共存するようになった。 そこで野ウサギ殲滅作戦は失敗した。
  2. ヒトの中にいるヒト内在性レトロウイルスは、ヒトの胎児を守る役割をしている。 このレトロウイルスはヒトの遺伝子の中に住み込んでいる。胎児は、父親の遺伝子を 半分持っているので、母親にとって見ると異物である。にもかかわらず、母親からの 攻撃を受けないのは、リンパ球を通さない特殊な膜で守られているせいである。 この膜を構成するシンシチン syncytin をレトロウイルスが作っている。