月の王

夢枕獏著
光文社文庫 ゆ 1-9、光文社
刊行:2002/06/20
作品初出:1981, 1982, 1985, 1989 「SFアドベンチャー」
文庫の元になった単行本:1989/05 トクマ・ノベルズ
廃棄してあったものを拾った
読了:2005/08/16
怪異譚の大好きな夢枕獏が古代インドを舞台にして書いた妖怪話。豪傑の王子アーモンと その従者で祈祷師のヴァシタが活躍する物語集(「傀儡師」を除く)。解説によると、 こういうジャンルはヒロイック・ファンタジーと言うのだそうだ。確かにぴったりした名前だ。 ただの妖怪退治では面白くないので、最後は肉親や恋人の愛情と結びつけるという趣向にして あるもの(第一話、第二話、第四話)など。そういうちょっと情が入るところがファンタジーな部分だ。

文章の特徴として段落がやたら短いということがある。 ほとんどが一文で終わっている。「傀儡師」を除いては老ヴァシタが語るというスタイルなので、 息が長くならずに読みやすくするという工夫なのかもしれない。

人の首の鬼になりたる
斬首になった男の首が、妹であり妻である女を追って怪異を起こしている。最後に首が女に会うと、 その女を殺し自分もただの腐肉になる。
夜叉の女の闇に哭きたる
子を盗られた女が夜叉になり人を襲っている。最後のその盗られた子アザドが家に帰って来て 母の夜叉を亡きものにする。
傀儡師
これだけすぐ前の物語に出てきた異形の人アザドが主人公。この物語が一番怖い。というのも アザドが最後かなり不条理な理由で蛇魔ヴ・ヴの末裔という娘と刺し違えて死ぬ(死ぬところまで 描かれていないのであるいは生き延びるかもしれないが)からである。
夜より這い出でて血を啜りたる
これは王子アーモンの怪物退治話。次々に人に取り憑く怪物が村のカップルの男女に取り憑く。 まず男に取り憑き、次に女に取り憑いたところで、女が男を殺し血を啜る。これをアーモンが退治する。
月の王
この連作の最後の作品でこれだけ夢枕 30 代後半の作品。たぶん作家も年月を経て脂が乗ってきたということも あって、一番感じが良くできている佳作。怪傑アーモンの優しさ、人と狼になることができる 月の種族の娘ヴァラーハのファンタジックな変身シーンなど、ちょっと叙情的になるところが良い。