沈黙の春

Rachel Carson 著、青樹簗一訳
原題:Silent Spring
新潮文庫 カ 4 1、新潮社
刊行:1974/02/20
文庫の元になった単行本:1964/06 新潮社刊「生と死の妙薬」
原著刊行:1962, Houghton Mifflin 社
千葉稲毛海岸の古本屋 BOOK LIBRE で購入
読了日:2006/06/28

有害化学物質による環境被害を訴えた古典。ここで扱っている化学物質は、 主として殺虫剤と除草剤である。第1章の「沈黙の春」の題名の由来となる部分は 殊に有名である。
自然は、沈黙した。うす気味悪い。鳥たちは、どこへ行ってしまったのか。 みんな不思議に思い、不吉な予感におびえた。裏庭の餌箱は、からっぽだった。 ああ鳥がいた、と思っても死にかけていた。ぶるぶるからだをふるわせ、 飛ぶこともできなかった。春がきたが、沈黙の春だった。

この本は当時としてはタイムリーでセンセーショナルなのだったろうと思う。 しかし、今見てみると、やっぱり大分前の話だなあと思うし、 脅し文句が多すぎという感じがする。 7章や10章にあるような、アメリカで飛行機を使ってそこかしこに殺虫剤を 撒き散らした話など、今風には「そんなのありえな〜い!」と言いそうに なってしまう。今はさすがに殺虫剤やら除草剤をこんなにあからさまに バラ撒くことはどこでも行われていないだろう。 [2007/10/30 追記:上記のように書いたのは、誤りだったようだ。 どの程度のものか良く知らないが、最近日本では無人ヘリによる 農薬散布が行われているみたいだ。 (参考:無人ヘリコプター農薬散布 現状と問題点)]

[2007/10/30 追記: 先日、日本でコウノトリが絶滅したいきさつに関する テレビ番組を見ていたら、日本でも農薬を空から撒き散らしていたみたい。 それがコウノトリ絶滅の原因の一つであったとのこと。もっとも、 農薬が絶滅の主因とは言えないようだ。]

殺虫剤の問題は、肝心の害虫には実際はやがてそれが効かなくなることに あることが15章、16章で指摘されている。15章では、殺虫剤が 害虫の天敵をも殺してしまうので、かえって害虫が大発生することがある ということが述べられ、16章では、虫が薬剤耐性を持ってくることが 述べられている。というわけで、殺虫剤の効果として残るのは人間等への害、 ということになり天に唾したような形になる。

著者の考える解決法は、害虫に対しては生物学的な防除法を用いることである。 そのことが最終章(17章)で議論されている。ところが、本当のことを いえば問題はそんなに簡単ではない。このことは、より広い視点から この文庫の「解説」に筑波常治氏が書いている。この解説はよく書けていて、 より問題の本質を突いている。そもそも、人間が農業を始めた時点で、 生態系の自然の姿の改変がすでに始まってしまっている。それが問題の起こりで、 近代以前からすでに害虫と病気の悩みは尽きなかった。 生物学的防除法にしても、自然の生態系を崩していることに変わりはなく、 その副作用が無いわけではない。さらに、 現在でも相変わらず農薬が使われ続けていることに変わりはない。

現在では、有害化学物質汚染問題は、あからさまに生き物がバタバタ死ぬというような ひどいものではなくなっているだけに、より丁寧な分析が必要とされる。 環境ホルモンのような例がそうだ。この本でもすでに13章後半の p.241 以下で 化学物質による生殖の異常が問題とされている。しかし、環境ホルモン問題は ここで書かれているよりももっと微妙な問題である。

日本での有害化学物質汚染問題は、この本で議論されているような農薬ではなく、 まず鉱工業が原因となるものが公害として社会問題になった。それで農薬問題は 少し陰に隠れてしまった意味があるように思う。しかし、農薬をはじめとする 化学物質汚染問題が日本で無くなっているわけではない。むしろ、 現在の農薬の使用量は、日本は世界各国に比べて多いことが しばしば指摘されている。ただし、これは比較の仕方によるので、 見方によっては少ない、という話もある。いずれにせよ、日本は相変わらず 化学物質にいろいろな形で汚染されている。たとえば、日本人の毛髪には 水銀が多く含まれていると聞いたことがある。

私は専門家ではないからあまりよくわからないが、 この本で語られている個々の科学的な内容の中には 古くて今では使えないものもかなりあるだろう。たとえば、 14章では化学物質の発癌性について議論されているが、 どの程度今でも使えるのかはかなり疑問である。それで、 インターネットを見ていたら、国際的な機関 IARC(International Agency for Research on Cancer)の発癌性物質に関する 調査報告のあるホームページ を見つけた。最新情報はこういうところでチェックしておくと良いのであろう。


気まぐれに取ったメモ

3 死の霊薬

ここで取り上げられている殺虫剤

6 みどりの地表

ここで取り上げられている除草剤
2・4D、2・4・5T
人間に対する害ははっきりとはわかっていないが、細胞内部の呼吸作用が攪乱されるらしい。生殖作用にも悪影響を与えるかもしれない。これを使うと、トウモ ロコシやサトウダイコンの硝酸塩含有量が増える。