石油の推定埋蔵量は、楽観派の USGS の見積もりによれば、確認埋蔵量が 1 兆 7 千億バレル、 未発見の石油が 9 千億バレルである。これから産油量のピークを予想すると 2030 年ころになる。 しかし、この数字は疑わしい。悲観論者は、確認済みと未発見を合わせた埋蔵推定量を 1 兆バレル程度だと 考えている。そうだとすると、産油量のピークは 2010 年ころである。ちなみに、最も楽観的な 推定はエネルギー情報局 (EIA) が出している。アメリカの政策立案者はしばしばこれを頼りにしている。
世界最大の産油地域が中東であることには変わりがない。各国政府にとって重要なのは OPEC 非加盟国の 石油がいつピークを迎えるかである。最近 OPEC 非加盟国では巨大油田が見つかっていない。 ここ30年間に開発された油田で大きなものは、カザフスタンのカシャガン油田と クウェートのクラ・アルマル油田である。このうち、カザフスタンがOPEC 非加盟国である。 しかし、カシャガンは初め 550 億バレル採れると言われていたものの、 それは過大な見積もりだったようだ (FoE Japanによると 130 億バレル)。
1980 年代半ば以降、燃料電池開発を牽引してきたのは Geoffrey Ballard 率いる Ballard Power Systems 社である。アメリカの自動車メーカーや石油会社は 燃料電池に否定的な態度を取った。しかし、Daimler Benz 社は燃料電池車開発を決断し、 1993 年には Ballard 社と提携した。1996 年の NECAR II の発表によって、 他社も燃料電池車が無視できないと気付き、こぞって開発計画を発表した。 2000 年には「水素バブル」がやってきたが、2001 年にはバブルが崩壊した。
その後、水素に対する関心は冷めてきている。燃料電池車には依然としていろいろな問題がある。 信頼性や耐久性は不十分だし、燃料補給、燃料格納の問題は解決されていない。価格は、まだ ガソリン車よりはるかに高い。燃料電池車の開発を本気で進めるならば、強い政治的なイニシアチブが 必要だが、そのような環境は今のところ無い。
石油と政治の歴史
大気中の CO2 濃度は産業革命以前は 270 ppm、現在は 370 ppm である。 今のままの二酸化炭素排出の増加が続けば 2100 年までに 1100 ppm になる。気候モデルによれば 大気中の CO2 濃度が 550 ppm を超えると危険である。21 世紀中にこのレベルを超えるのを 回避するのは困難な状況にある。京都議定書は破綻してしまった。アメリカの政治家は、自動車会社、 電力会社、石炭産出州などを敵に回すことはしたくなかったので、結局何もしなかった。 とはいえ、京都議定書方式は厳格すぎてあまり現実的ではない。コストのかからない方法を 柔軟に考えてゆくべきだ。
気候保全政策への動きは 2001 年 9 月の同時多発テロですっかり消えてしまった。 二酸化炭素排出量削減の見通しは非常に暗く、 今や「気候変動への適応」を考えるべきだと主張する人も多くなってきた。
(吉田注)ここの二酸化炭素による地球温暖化の説明は厳密に言えば問題がある。
そもそもエネルギーと経済活動とは表裏一体である。経済先進国のエネルギー消費は大きい。 技術の進歩によってエネルギー効率は高まる。しかし、それによってエネルギー消費量が 減るわけではない。企業の側は、より多くの富を得るために、エネルギー消費量を増やして 商品の生産量を増大させる。消費者の側は、より贅沢な暮らしを望むようになってエネルギー消費量を増やす。 たとえば、アメリカでは 1980 年代以降、ピックアップ・トラックや SUV が流行って、石油消費が増えた。
もともと、ガスは危険で運搬が難しい物質であった。パイプラインも高価である。ところがLNG技術の 進歩で運搬が容易になり、利用可能なエネルギー源となった。ただし、パイプラインやLNG運搬の 安全性が石油より低いことには変わりはなく、地政学的不安定性は残っている。
電力供給が需要の増大に追いついていないことから、ガス発電が増えてきている。石油が高くなってくる一方で、 石炭や原子力はいろいろな問題をかかえている。それでガス発電が石油に代わる唯一の選択肢になってきている。 さらに、ガスを使うと小規模な発電も可能で、分散型発電システムができるかもしれない。
とはいえ、最近のガス需要の増大に供給が追いついていない。とくに、アメリカでは、国内供給が減少してきており、 備蓄が減っている。こういう状況では、大きな価格変動が起こりやすい。価格変動は、ガスを原料とした プラスチックメーカーなど製造業には大打撃となる。
ガス経済への移行にはいろいろ困難もあるが、次世代エネルギーへのつなぎとしては不可欠である。
太陽エネルギーや風力エネルギーの発電能力が天気次第である点は、水素によるエネルギー貯蔵で 解決できる可能性はある。しかし、コストが非常に高い。
石炭や重質原油の脱炭素化ということも有望視されている。炭素分をガスにして発電する。排気は 水素と二酸化炭素で、水素は回収して利用し、二酸化炭素は回収して地下に貯蔵する。しかし、 二酸化炭素の回収と固定は、コストがかかるし、技術的にもまだ不十分。
省エネは放っておいて進むものではない。石油業界は、需要を増やしてほしいので、省エネを望まない。 消費者は機器の価格の安いものを購入しがちだが、そういったものはエネルギー効率が低いことが多く、 結果的にライフサイクルではエネルギー消費量が多くコストも高くなるものを買ってしまいがちだ。 企業も、たとえば建物を建てるときに入札を行ったとすると、建設費が最小化されるが、 一方でこのような建物では熱や電気が浪費されがちである。ライフサイクルでのエネルギー消費を 抑えることが結果的にコストを減らすことになることをよく意識しなければならない。
さらに大きな問題は、エネルギー効率が上がってもエネルギー消費量が増大するという従来の傾向である。 自動車の燃費が上がっても、その分大型化してパワフルなものが売れるようになっている。 電気製品のエネルギー効率が上がっても、その分住宅が大型で贅沢なものになってきている。 この傾向を変えなければ、省エネは実現できない。
中国では、急激な需要増大を石炭でまかなうことになるので、環境汚染度は非常に高い。 量が逼迫しているとき、質のことはかまってはいられないのだ。
ガスは、石油よりも輸送が難しいので、巨額の投資が必要になる。価格リスクのため、 収益性が不透明なので、発展が遅い。
そこで問題は石油に戻る。しかし、その信頼性は低下してきている。これから増加する需要に対応する 供給が可能なのかどうかはっきりしない。石油の値段が上がらないと増産のための投資ができないから、 石油の高価格が続くのは不可避である。一方で、大産油国サウジアラビアの政情も不安定になってきている。 このような中、世界中で石油の獲得競争が起きてきている。
(吉田注)石油の信頼性の話 (pp.398-401 のあたり)で、将来増やさないといけない OPEC 加盟国の産油量を 1日あたり 300 万バレルと書いたり、2009 年までに 510 万バレルと書いたり 250 万バレルと書いたり していて混乱する。これらの数字は出典がそれぞれ違うのだろうが、整理されていないので ごたごたしている。
完全に市場任せでは次世代エネルギーへの移行ができない。そこで、炭素税等の環境税を導入するという 考え方が出てくる。環境に対する付加は、病気や気候変動を引き起こし、医療費や生産性の低下という形で 経済コストが跳ね返ってくる。このような外的コストを内部化すればよい。それが環境税である。 別の方策として、二酸化炭素に関しては、上限を設定して排出権取引と組み合わせるという 「キャップ・アンド・トレード制度」がEU諸国で試みられている。
ドイツでは、風力発電やバイオマス発電などの新エネルギーが急速に伸びている。 1986 年のチェルノブイリ原発事故をきっかけに反原発の動きが高まり、 1990 年には再生可能エネルギーで発電した電力を電力会社が買うことを義務付けた。 1999 年に成立したシュレーダー政権の下で、さらに再生可能エネルギーに補助金を出すなどの 優遇措置が取られるようになった。この結果、再生可能エネルギー産業が伸びている。 ただし、一方で、大型車や多くのエネルギーを消費する住宅の人気が高まるという問題もでてきている。 ちなみに、ドイツでは、水素経済への期待は低い。
アメリカでは、炭化水素産業や自動車業界が多額の献金をすることで、政治家は炭化水素エネルギー経済を 維持する行動を取っている。自動車労組も、日本やドイツとの競争をおそれて、自動車の燃費制限を 凍結させた。再生可能エネルギーに対する補助金もわずかだし、エネルギー政策が短期的であることから 代替エネルギーへの投資はリスクが大きい。ブッシュ政権はとくにエネルギー業界や自動車業界からの 献金に支えられており、エネルギー生産量を増大させることにしか関心がない。さらに、ブッシュ政権は 気候保全策を妨害している。一方で、アメリカ国民はエネルギー問題に関心が薄いばかりか、場合によっては 目をそらしている。
しかし、著者は楽観的なシナリオも希望的可能性として考えている。それは、アメリカが政策を 大転換して進歩的エネルギー政策を取り始めるというものだ。一気に新しいエネルギーに行くのではなく、 過渡的な経済体制を考える(ブリッジ・エコノミー)。その課題は (1) 天然ガスの輸入を増やすこと (2) 炭素税などの炭素排出ペナルティーを導入すること、(3) 自動車の燃費改善などでエネルギー消費量を 減らすことの3つである。(1) により、水素経済への橋渡しができる。(2) により、二酸化炭素を 放出しないエネルギーの利用技術の開発が進む。(3) により、エネルギー安全保障と気候保全問題が 改善される。このようなブリッジ戦略がうまくいけば、電力業界でも再生可能エネルギーの開発が 進むであろう。さらには、世界のエネルギー秩序も変わる。中国やインドでも、アメリカの援助により クリーンコール技術が導入されるということになるかもしれない。
未来の予測は難しい。そこで重要なのは、多様な選択肢を準備しておくことだ。なるべく 多くの技術を開発しておくのが良い。どれかが失敗しても他を選べる。
今から手を打っておくことが重要である。後になるとより解決が難しくなる。
(吉田注)悲観的な将来予測の話では、エネルギー価格が上昇すると、景気後退とインフレーションが 同時進行するスタグフレーションを招く、としてある。しかし、昨今の石油価格の高騰を見ると、 石油価格が上昇して、石油業界が儲かり全体としても景気が上向いているように見えるのが不思議なところである。