Roberts 「石油の終焉」のサマリー

lasu update : 2006/03/25

第一部 エネルギーの歴史

第1章 燃料の王座 石油が石炭を駆逐した日

エネルギー革命の歴史:都市型の生活にエネルギーは不可欠である
10000BC ころ 農耕の始まり
農業は重労働ではあるものの、それ以上のエネルギーを農作物から得ることができる。
4000BC ころ 家畜に労働をさせることの始まり
人間よりも効率の良い動力の利用。
古代 エネルギー経済のしくみの登場
燃料である薪炭を流通するしくみができた。
ヨーロッパ中世
製鉄の発展などにより、木材不足が深刻化。
1712 年 ニューコメンの熱機関の成功
石炭を燃料として坑道の排水ができるようになり、炭鉱を深く掘ることができるようになった。 それによって、本格的な石炭利用が始まった。
世界初のエンジン。熱機関の利用というエネルギー利用法の革命を起こした。
19 世紀前半
蒸気機関車、蒸気船が普及。
石炭業界と金融界で新しいビジネスモデルができる。
1901 年 Spindletop, Texas における油田の発見 (Al and Kurt Hamil 兄弟)
日産 10 万バレルの油井を発見。石油時代の幕開け。
ちなみに、Spindletop は岩塩ドームである。
19 世紀後半 内燃機関の登場
自動車の燃料として、石油が不可欠なものになる。
20 世紀前半
石油が外交や戦争と深く結びつくようになる。
1960 年 OPEC 結成
石油をめぐって世界の政治不安が増大。
1970 年 アメリカで産油量がピークに達して減少に転じる。

第2章 推定埋蔵量の秘密 楽観派と悲観派の暗闘

アゼルバイジャンでの石油生産が期待されたほどうまくいっていないことを例示として象徴的に用いて、 石油生産の未来が暗いことを説明している章。

石油の推定埋蔵量は、楽観派の USGS の見積もりによれば、確認埋蔵量が 1 兆 7 千億バレル、 未発見の石油が 9 千億バレルである。これから産油量のピークを予想すると 2030 年ころになる。 しかし、この数字は疑わしい。悲観論者は、確認済みと未発見を合わせた埋蔵推定量を 1 兆バレル程度だと 考えている。そうだとすると、産油量のピークは 2010 年ころである。ちなみに、最も楽観的な 推定はエネルギー情報局 (EIA) が出している。アメリカの政策立案者はしばしばこれを頼りにしている。

世界最大の産油地域が中東であることには変わりがない。各国政府にとって重要なのは OPEC 非加盟国の 石油がいつピークを迎えるかである。最近 OPEC 非加盟国では巨大油田が見つかっていない。 ここ30年間に開発された油田で大きなものは、カザフスタンのカシャガン油田と クウェートのクラ・アルマル油田である。このうち、カザフスタンがOPEC 非加盟国である。 しかし、カシャガンは初め 550 億バレル採れると言われていたものの、 それは過大な見積もりだったようだ (FoE Japanによると 130 億バレル)。

第3章 輝ける未来 燃料電池と水素経済

水素をエネルギーとした社会という明るい未来像が語られることが多い。 水素はエネルギー効率が高く、生成物も水だけなのでクリーンだからだ。 しかも、燃料電池を使えば、自動車の燃料になりうる。さらに、 水素経済の支持者は、水素がエネルギーを貯蔵できることから、 水素をエネルギーの「通貨」とする社会を考えた。

1980 年代半ば以降、燃料電池開発を牽引してきたのは Geoffrey Ballard 率いる Ballard Power Systems 社である。アメリカの自動車メーカーや石油会社は 燃料電池に否定的な態度を取った。しかし、Daimler Benz 社は燃料電池車開発を決断し、 1993 年には Ballard 社と提携した。1996 年の NECAR II の発表によって、 他社も燃料電池車が無視できないと気付き、こぞって開発計画を発表した。 2000 年には「水素バブル」がやってきたが、2001 年にはバブルが崩壊した。

その後、水素に対する関心は冷めてきている。燃料電池車には依然としていろいろな問題がある。 信頼性や耐久性は不十分だし、燃料補給、燃料格納の問題は解決されていない。価格は、まだ ガソリン車よりはるかに高い。燃料電池車の開発を本気で進めるならば、強い政治的なイニシアチブが 必要だが、そのような環境は今のところ無い。

第4章 エネルギーと政治 石油地政学の世界

石油地政学の重要なポイントは3つある。1つは、アメリカである。アメリカは、 世界最大の石油消費国であるとともに、世界第3位の産油国である。2つ目は中東である。 中東の石油は、量が多く生産費用がきわめて安い。とくにサウジアラビアは、 世界一の生産能力を持つ上に、石油の品質が高く採掘が容易である。そのために 生産量の調整が容易で、世界市場をコントロールすることができる。3つ目は石油価格である。 輸入国、産油国、石油会社が、価格を都合良く操作することを狙っている。

石油と政治の歴史

結局、石油地政学の究極の問題は、高コストの OPEC 非加盟国の石油が底を突くまで、サウジアラビアを はじめとする OPEC 諸国が生き残れるかどうか、である。

第5章 地球温暖化の危機 二酸化炭素と気候変動

人為的二酸化炭素排出による地球温暖化が起こっている。 地球温暖化は、ロシアにとっては悪くないかもしれないが、しかし、とくに発展途上国にとっては 大きな災難になることが懸念される。

大気中の CO2 濃度は産業革命以前は 270 ppm、現在は 370 ppm である。 今のままの二酸化炭素排出の増加が続けば 2100 年までに 1100 ppm になる。気候モデルによれば 大気中の CO2 濃度が 550 ppm を超えると危険である。21 世紀中にこのレベルを超えるのを 回避するのは困難な状況にある。京都議定書は破綻してしまった。アメリカの政治家は、自動車会社、 電力会社、石炭産出州などを敵に回すことはしたくなかったので、結局何もしなかった。 とはいえ、京都議定書方式は厳格すぎてあまり現実的ではない。コストのかからない方法を 柔軟に考えてゆくべきだ。

気候保全政策への動きは 2001 年 9 月の同時多発テロですっかり消えてしまった。 二酸化炭素排出量削減の見通しは非常に暗く、 今や「気候変動への適応」を考えるべきだと主張する人も多くなってきた。

(吉田注)ここの二酸化炭素による地球温暖化の説明は厳密に言えば問題がある。

第二部 エネルギー秩序

第6章 果てしなき欲望 急成長する中国

中国では、自動車保有率が著しく増大しつつあり、エネルギー消費量が増大している。 エネルギー消費量の急増は輸送部門だけではなく、電力や業務用でも増えている。 中国の石油需要は、年 7 % の割合で増大している。

そもそもエネルギーと経済活動とは表裏一体である。経済先進国のエネルギー消費は大きい。 技術の進歩によってエネルギー効率は高まる。しかし、それによってエネルギー消費量が 減るわけではない。企業の側は、より多くの富を得るために、エネルギー消費量を増やして 商品の生産量を増大させる。消費者の側は、より贅沢な暮らしを望むようになってエネルギー消費量を増やす。 たとえば、アメリカでは 1980 年代以降、ピックアップ・トラックや SUV が流行って、石油消費が増えた。

第7章 副業から本業へ ガス経済の将来性

近年、ガス産業が拡大してきている。ガスは、量が多いし用途も広い。液体燃料や水素に加工できる。 二酸化炭素の排出量も相対的に少ない。そういったことから、次世代エネルギーの橋渡しとして期待されている。 しかし、現在石油メジャーが競ってガス市場に入ってきている本当の理由は、石油供給(とくに OPEC 非加盟国のもの) の将来見通しが悪くなってきていることにある。巨大油田の発見は非常に難しくなり、備蓄は減少してきている。

もともと、ガスは危険で運搬が難しい物質であった。パイプラインも高価である。ところがLNG技術の 進歩で運搬が容易になり、利用可能なエネルギー源となった。ただし、パイプラインやLNG運搬の 安全性が石油より低いことには変わりはなく、地政学的不安定性は残っている。

電力供給が需要の増大に追いついていないことから、ガス発電が増えてきている。石油が高くなってくる一方で、 石炭や原子力はいろいろな問題をかかえている。それでガス発電が石油に代わる唯一の選択肢になってきている。 さらに、ガスを使うと小規模な発電も可能で、分散型発電システムができるかもしれない。

とはいえ、最近のガス需要の増大に供給が追いついていない。とくに、アメリカでは、国内供給が減少してきており、 備蓄が減っている。こういう状況では、大きな価格変動が起こりやすい。価格変動は、ガスを原料とした プラスチックメーカーなど製造業には大打撃となる。

ガス経済への移行にはいろいろ困難もあるが、次世代エネルギーへのつなぎとしては不可欠である。

第8章 新たなエネルギーを求めて 苦闘する代替エネルギー

単細胞緑藻のクラミドモナスには水素を生成する能力がある。とはいえ、実用化にはまだ時間がかかる。 これに限らず、代替エネルギーにはいろいろな制約があり、化石燃料に取って代わる段階にはない。

太陽エネルギー
問題点:いまだにコストが高い。晴れているときしか使えない。広い面積が必要。
風力発電
利点:技術的にはタービンを回すだけなので簡単。燃料費がタダなので、燃料価格の変動のリスクがない。 小規模発電が可能。
問題点:適度な風が吹いているときしか使えない。広い面積が必要。

太陽エネルギーや風力エネルギーの発電能力が天気次第である点は、水素によるエネルギー貯蔵で 解決できる可能性はある。しかし、コストが非常に高い。

石炭や重質原油の脱炭素化ということも有望視されている。炭素分をガスにして発電する。排気は 水素と二酸化炭素で、水素は回収して利用し、二酸化炭素は回収して地下に貯蔵する。しかし、 二酸化炭素の回収と固定は、コストがかかるし、技術的にもまだ不十分。

第9章 意外な解決法 省エネのもたらす効果

省エネ、すなわちエネルギー効率の向上は非常に重要である。エネルギー効率が大幅に改善すれば、 将来のエネルギー危機がかなり軽減される。歴史的には、1970 年代のエネルギー危機を契機として 省エネが進んだものの、その後の石油価格の下落により、とくにアメリカでは省エネが推進されなくなった。 とくに湾岸戦争の勝利は、石油の確保が保証されていることを象徴するものだった。

省エネは放っておいて進むものではない。石油業界は、需要を増やしてほしいので、省エネを望まない。 消費者は機器の価格の安いものを購入しがちだが、そういったものはエネルギー効率が低いことが多く、 結果的にライフサイクルではエネルギー消費量が多くコストも高くなるものを買ってしまいがちだ。 企業も、たとえば建物を建てるときに入札を行ったとすると、建設費が最小化されるが、 一方でこのような建物では熱や電気が浪費されがちである。ライフサイクルでのエネルギー消費を 抑えることが結果的にコストを減らすことになることをよく意識しなければならない。

さらに大きな問題は、エネルギー効率が上がってもエネルギー消費量が増大するという従来の傾向である。 自動車の燃費が上がっても、その分大型化してパワフルなものが売れるようになっている。 電気製品のエネルギー効率が上がっても、その分住宅が大型で贅沢なものになってきている。 この傾向を変えなければ、省エネは実現できない。

第三部 エネルギーの未来

第10章 エネルギー安全保障 第三世界とエネルギー争奪戦

エネルギー安全保障は今危機的な状態にある。基本的には、エネルギー需要の急増に対し、 供給がやっとこさ追い付いているような状況である。OPEC 非加盟国の産油量が減少している一方で、 OPEC 加盟国は政治的に不安定である。このような状態では、エネルギーの質よりも量の問題が 優先されがちだ。貧しい国々では、最低限のエネルギー水準さえ満たされていない。

中国では、急激な需要増大を石炭でまかなうことになるので、環境汚染度は非常に高い。 量が逼迫しているとき、質のことはかまってはいられないのだ。

ガスは、石油よりも輸送が難しいので、巨額の投資が必要になる。価格リスクのため、 収益性が不透明なので、発展が遅い。

そこで問題は石油に戻る。しかし、その信頼性は低下してきている。これから増加する需要に対応する 供給が可能なのかどうかはっきりしない。石油の値段が上がらないと増産のための投資ができないから、 石油の高価格が続くのは不可避である。一方で、大産油国サウジアラビアの政情も不安定になってきている。 このような中、世界中で石油の獲得競争が起きてきている。

(吉田注)石油の信頼性の話 (pp.398-401 のあたり)で、将来増やさないといけない OPEC 加盟国の産油量を 1日あたり 300 万バレルと書いたり、2009 年までに 510 万バレルと書いたり 250 万バレルと書いたり していて混乱する。これらの数字は出典がそれぞれ違うのだろうが、整理されていないので ごたごたしている。

第11章 神の見えざる手 次世代エネルギー経済と市場

いくら優れた技術でも経済的に成り立たなければ実際に採用されない。そこで経済的な問題を しっかり考える必要がある。新たなシステムを採用するには投資が必要で、一方、以前からのシステムは 最大限に利用しないと先行投資が回収できない。そこで、従来の体制をできるだけ維持しようとする 傾向が生まれてくる。アメリカの電力産業はその良い例で、環境負荷が高いにもかかわらず、 石炭発電が全電力供給の半分強を占めている。環境負荷を下げる技術を使うと費用がかなりかかる。

完全に市場任せでは次世代エネルギーへの移行ができない。そこで、炭素税等の環境税を導入するという 考え方が出てくる。環境に対する付加は、病気や気候変動を引き起こし、医療費や生産性の低下という形で 経済コストが跳ね返ってくる。このような外的コストを内部化すればよい。それが環境税である。 別の方策として、二酸化炭素に関しては、上限を設定して排出権取引と組み合わせるという 「キャップ・アンド・トレード制度」がEU諸国で試みられている。

第12章 動かざるアメリカ 化石燃料への挑戦

エネルギー体制の変化を決めているのは政治である。エネルギー政治の登場人物は5つに分けられる。
  1. 発展途上国:安いエネルギーを求めており、長期的な問題を考えている余裕がない。
  2. ヨーロッパ諸国:新しいエネルギー経済へ向かって動いている。次世代エネルギー技術も進んでいる。
  3. エネルギーの生産者 [産油国、石油産業、石炭産業など]:炭化水素燃料に固執し、それを守り抜こうと 政治的影響力をふるっている。
  4. エネルギー秩序を変えようとしているグループ [NGO、活動家、国際機関など]: 経済力がないので、説得に頼る。しばしば、経済的な現実面を無視する。
  5. アメリカ:エネルギーの最大の消費国。現状維持志向。

ドイツでは、風力発電やバイオマス発電などの新エネルギーが急速に伸びている。 1986 年のチェルノブイリ原発事故をきっかけに反原発の動きが高まり、 1990 年には再生可能エネルギーで発電した電力を電力会社が買うことを義務付けた。 1999 年に成立したシュレーダー政権の下で、さらに再生可能エネルギーに補助金を出すなどの 優遇措置が取られるようになった。この結果、再生可能エネルギー産業が伸びている。 ただし、一方で、大型車や多くのエネルギーを消費する住宅の人気が高まるという問題もでてきている。 ちなみに、ドイツでは、水素経済への期待は低い。

アメリカでは、炭化水素産業や自動車業界が多額の献金をすることで、政治家は炭化水素エネルギー経済を 維持する行動を取っている。自動車労組も、日本やドイツとの競争をおそれて、自動車の燃費制限を 凍結させた。再生可能エネルギーに対する補助金もわずかだし、エネルギー政策が短期的であることから 代替エネルギーへの投資はリスクが大きい。ブッシュ政権はとくにエネルギー業界や自動車業界からの 献金に支えられており、エネルギー生産量を増大させることにしか関心がない。さらに、ブッシュ政権は 気候保全策を妨害している。一方で、アメリカ国民はエネルギー問題に関心が薄いばかりか、場合によっては 目をそらしている。

第13章 未来の構築 世界の進むべき道

エネルギーの専門家は悲観的な将来像を描くことが多い。急増するエネルギー需要と 炭素排出量の削減を両立させることなど現在の世界情勢を考えれば実現不能だ、というわけである。

しかし、著者は楽観的なシナリオも希望的可能性として考えている。それは、アメリカが政策を 大転換して進歩的エネルギー政策を取り始めるというものだ。一気に新しいエネルギーに行くのではなく、 過渡的な経済体制を考える(ブリッジ・エコノミー)。その課題は (1) 天然ガスの輸入を増やすこと (2) 炭素税などの炭素排出ペナルティーを導入すること、(3) 自動車の燃費改善などでエネルギー消費量を 減らすことの3つである。(1) により、水素経済への橋渡しができる。(2) により、二酸化炭素を 放出しないエネルギーの利用技術の開発が進む。(3) により、エネルギー安全保障と気候保全問題が 改善される。このようなブリッジ戦略がうまくいけば、電力業界でも再生可能エネルギーの開発が 進むであろう。さらには、世界のエネルギー秩序も変わる。中国やインドでも、アメリカの援助により クリーンコール技術が導入されるということになるかもしれない。

未来の予測は難しい。そこで重要なのは、多様な選択肢を準備しておくことだ。なるべく 多くの技術を開発しておくのが良い。どれかが失敗しても他を選べる。

今から手を打っておくことが重要である。後になるとより解決が難しくなる。

(吉田注)悲観的な将来予測の話では、エネルギー価格が上昇すると、景気後退とインフレーションが 同時進行するスタグフレーションを招く、としてある。しかし、昨今の石油価格の高騰を見ると、 石油価格が上昇して、石油業界が儲かり全体としても景気が上向いているように見えるのが不思議なところである。