藤堂高虎 家康晩年の腹心、その生涯

徳永真一郎著
PHP 文庫 と 2 6、PHP 研究所
刊行:1990/10/15
文庫の元になった単行本:1987/09 毎日新聞社刊「影の人 藤堂高虎」
名古屋黒川の古本屋 BOOK OFF 黒川店で購入
読了日:2006/01/29

藤堂と言えばご近所の三重の殿様ということもあるし、 NHK「その時 歴史が動いた」(2005/09/21)で再評価されていたということもあって 読んでみた。

藤堂高虎は、家康からの信頼が厚く、外様でありながら譜代並か それ以上の待遇を受けた。主君を何度も変えたために、近年まで 評判が悪かったのだが、最近評価が見直されている。考えてみれば、 家康ともあろう人が、単なるおべっか使いだけで中身がない人を重用するはずもない。 おそらく周囲から妬まれたのであろう。江戸城の縄張りまでも任せるというのは、 相当の信頼であると言うべきである。関が原や大坂夏の陣でも前線で戦っており、 とくに夏の陣では大損害を受けている。この奮戦は単なる要領の良さだけでは できないことだろう。

主君を何度も変えたと言っても、それは若いうちだけである。21 歳で羽柴秀長の 家臣になって以降は、秀長家にはその養子秀保が死んで家が断絶するまで 仕えているし、その後秀吉に仕えたと言っても、仕方なかったわけで、 最初から見限っていたのではなかろうか。そして、死後直ちに家康に乗り換えた というだけの話である。

主君を何度も変えるというのは、逆に言えばボスを見定める目がしっかり していたわけで、秀吉の死後、直ちに家康に接近したのも、結果論的ではあるが 慧眼であったと言える。本書は、比較的淡々としていて必ずしも高虎の心理を えぐるような書き方をしていないので、高虎が家康に乗った事情ははっきりしない。 まあ

秀吉の在世時代から家康はたぐいまれな高虎の能力を認め、高虎もまた 秀吉亡きあと、これに代わって天下を統一し、日本を平和に導く人は 家康のほかにないと考え、これを助けたのだ。
と書いているくらいである。しかし、高虎が豊臣家を見限ったのは、もともと秀吉が 嫌いだったためではないかとも考えられる。たとえば、2つのエピソードが 書かれている。1つは、高虎が高野山に入ったことに関して
秀長の生前、あれほど頼りにし重用しながら、その後嗣が死ぬと、あっさり 絶家にする、秀吉の非情さに対する、せいいっぱいの高虎のレジスタンスであった。
と書いてある。もう1つは、賤ヶ岳戦を高虎が述懐した言葉として
のちに七本槍と呼ばれた面々だけの手柄ではない。しかし太閤様は 自分のお側衆だけの手柄のように言われたので、わしらは、その数に入らず 骨折り損となった。
とある。朝鮮出兵も大きな要素ではなかったかと思うのだが、それに関して 高虎がどう考えたかは書かれていない。

高虎は、体格が良く(身長 190 cm 近く)武勇に優れていると同時に、 築城の名手として知られていることでも分かる通り、実務にも長けていた。 書かれているいくつかのエピソードも、高虎が賢くて合理的だったことを示している。 たとえば、

  1. 築城の名手であり、江戸城や二条城の縄張りをも任される。
  2. 参宮街道を城下に取り込んだ結果、津が江戸時代に繁栄することになった。
  3. 伊賀の忍家の保田采女を家老にして藤堂姓を与え、伊賀忍者を掌握することに 成功した。
  4. 殉死を禁じた。
  5. 能の名手であったが、槍の名手でもあり夏の陣で大坂方で戦った 喜多七太夫を助けた。七太夫は後に喜多流の祖となり、喜多流は 藤堂家の恩顧を受けた。
  6. 関が原の戦いの前に、脇坂、朽木、小川、赤座らの近江衆を利害で説得して 寝返る約束を取付けた。
などなど。
些細ではあるが、ミスを一つ発見。p.223 で、築城の三名手を、藤堂高虎、加藤清正、 黒田長政としている。ふつうは、黒田は長政の父の官兵衛孝高(如水)の方を挙げる。
ところで、最近まで高虎の評判が悪い例として、司馬遼太郎は「関が原」で 次のように描いている。
藤堂高虎というのは秀吉手飼いの大名(伊予板島で八万石)だが、このところ たのまれもせぬのに徳川家の間諜をみずからつとめ、殿中の情報をせっせと 持ってきている妙な男である。
(中略)
主家を自分でえらぶ男で、一つ家への中世的な忠誠心などはじめからなかった。 この点、中世的な武士道のすきな家康には多少理解しがたい型の男だ。 [新潮文庫上巻 p.212]

家臣を統御するにも利と射倖心で釣り、みずからの処世法も利と射倖心で 動いている。もっとも、豊臣大名の中では
――応接は高虎に。
といわれたほどに、交渉ごと、お祝いの使者、もめ事の調停、宴会の接待などに 長じた男だ。そういう露骨な功利主義をおおいかくすすべも知っている。 [新潮文庫上巻 p.272]