中世神話

山本ひろ子著
岩波新書 新赤 593、岩波書店
刊行:1998/12/21
名大生協で購入
読了日:2007/06/27
中世神話の紹介。中世神話は、神仏習合を背景にして、記紀神話の上に創造されたものである。 今では国家神道の嵐に押し潰されて、知る人もほとんどいない。それを発掘してみせているのが本書である。 とくに、東海地方にある伊勢神宮や津島神社(津島天王社)の成り立ちにも深く関係するので、私にとっては興味深い。

本書はそれほど読みやすくはない。以下、サマリーを作りながら読んでいて気付いたのだが、 文章の論理がかなり錯綜している。本に書いてある順番でサマリーを書こうとすると、うまくいかない。 文章の順番を入れ替えて、途中に入り込んでいる脇道を切り捨ててようやくサマリーが書ける、という代物である。 そして、そのようにサマリーを書きながら前を読み返しつつ読んでいかないと、何が書いてあるのか こんがらがってわからなくなる。整理すればもっとわかりやすいのに、というのが文章構成法上の私の感想である。

ただし、古い文献の引用が全部現代語訳されているのは、私のような素人にとっては読みやすい (玄人には邪魔かもしれないが)。古い文献の日本語は、ちょっとした古語辞典や漢和辞典だけでは 太刀打ちできないことが多いからだ。

というわけで、以下、サマリー。


サマリー

第1章 屹立する水の神

本章では鎌倉時代中期に形成された伊勢神道のロジックを紹介する。 伊勢神道は外宮の神官の渡会氏が作ったために、外宮の地位を内宮と同程度以上に高めることを目的としている。 そのため、単なる御饌(みけ)の神(天照大神の食事の神)であったはずの 外宮の祭神「豊受大神」に天照大神を凌駕する地位を与えるというロジックが必要になる。ところが、 豊受大神は名前からしても食物の神でしかありえない。「トヨ」は美称、「ウケ」は「食」を意味しているからである。 804 年撰進の「止由気宮儀式帳(とゆけのみやぎしきちょう)」によれば、豊受大神は、天照大神の食事の神として 丹波国から迎えられた。この神の地位を天照大神と同程度以上上げなければならないのだから、かなり無理がある。 そこをどうクリアしているのかを説明するのが本章の内容になる。

伊勢神道のバイブルは「神道五部書」と呼ばれる以下の書物である。これらは鎌倉時代に書かれた。

  1. 宝基本記(ほうきほんき)
  2. 御鎮座次第記(ごちんざしだいき)
  3. 御鎮座伝記(ごちんざでんき)
  4. 御鎮座本紀(ごちんざほんぎ)
  5. 倭姫命世紀(やまとひめのみことせいき)

伊勢神道においては、豊受大神を天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)とを同一神であるとする(「御鎮座伝記」)。 天御中主神は「古事記」冒頭に出てくる神である。記紀神話においては、天御中主神は最初にひとこと出てきて 後は姿を消してしまう神である。中世神話ではこの神が重要視される。その考えの先駆けとみられる記述が、 渡会家行「類聚神祇本源」に引用されている「大和葛城宝山記」の「神祇」の項にある。 そこでは、インド系の神である梵天(ブラフマー神)と天御中主神とが同一視されている。 「類聚神祇本源」は多くの文献からの厖大な引用集であり、「大和葛城宝山記」は 葛城修験系の人が書いたと考えられる書である。

もともと丹波国の食事の神だったはず豊受大神と天御中主神とを同一視するために、神道五部書は以下の2つの ロジックを用いた。

第一に、食事の神の役割を豊受大神から切り離して、名前の似たトヨウカノメとトヨウケビメに負わせることにしている。 トヨウカノメは「丹後国風土記」に出てくる天女である。伊勢神道書では、トヨウカノメは外宮の酒殿の神になっている。 トヨウケビメは記紀にあらわれる穀物神で、ワクムスヒの子である。 「御鎮座伝記」によれば、天照大神が丹波に滞在していたときに豊受大神が天から降りてきて、 一緒に酒を飲んだことになっている。そこで、その神酒を献上するのがトヨウケビメである。

第二に、豊受大神には、食事の神ではなくて、水の神としての性格を持たせることにする。それを言うのに、 豊受大神は「御饌都(みけつ)の神」ではなく「御気都(みけつ)の神」だという駄洒落のような言い方をしている。 「みけつ(御気都、あるいは御気津)」は「水」のことである。豊受大神誕生の神話も水に関連させてでっち上げる。 「御鎮座伝記」によると、水がなくて飢餓状態が訪れたとき、イザナギ・イザナミが八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)を 空にささげたところ、豊受大神が化生したということになっている。 このように豊受大神を水の神にしてしまいたい背景には以下のようなことがある。

第2章 天の瓊矛(ぬほこ)と葦の葉

本章では、中世神話において、神仏習合を背景として、国生み神話がどう変容してくるのかを解説する。 記紀の国生み神話は、だいたい以下のとおりである。
イザナギ・イザナミが「天の瓊矛」を指し降ろして探って引上げると、滴り落ちた潮からオノゴロ島ができた。
一方、記紀の開闢神話には「葦牙(あしかび)」なるものが出てきている。 これが上の国生み神話と混ざって変容する。

中世神話においては、第一に、矛で探るものが「大日如来の印文」になっているものがある。 そして、「大日如来の印文」と関連して「金輪(こんりん)」がでてくるものがある。金輪に関連するイメージには 以下のようなものがある。

第二に、「天の瓊矛」が「独股金剛杵(どっここんごうしょ)」と習合し、それが「国の柱」に変容するものがある。 金剛杵は、密教においては、魔や妄想を破砕する法具である。瓊矛は独股金剛杵と習合したために、 「ぬほこ」ではなくて「とほこ」と読まれるようになってゆく。「国の柱」は、伊勢神道においては、 内宮・外宮正殿の床下に立つ「心御柱(しんのみはしら)」と同一視されることになる。 一方で、別の混ざり方として、「葦牙」が「葦の葉」のイメージに変わり、それが独股金剛杵と同一視され、 天の瓊矛と習合するというものもある。

第三に、「葦牙」が「葦の葉」のイメージに変わり、それが元になって我が国ができるとしているものがある。 いくつかの大きな神社の縁起でそのような例が見られる。津島天王社の縁起では、天照大神が天の逆鉾で探ると 地主神が葦の葉に乗って浮かんできて、その葦の葉が元になって国ができたということになっている。 日吉社の縁起でも、天照大神が矛で探ると葦の葉に当たり、そこで地主神が登場する。 このような縁起にしておくことで、これらの寺社では、一地方の地主神を「日本国の地主神」に格上げしたのである。 また、神仏習合との関わりでいくと、上記の二社では、地主神は薬師如来と習合している。

第3章 降臨する杵の王

本章では、天孫降臨神話の変容を見てゆく。まず、記紀神話は、だいたい以下のとおりである。
高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)もしくは天照大神が、孫のホノニニギを天降りさせて国土の王とした。 そのためにあらかじめ国を平定しておいた。天降りの時に天孫ホノニニギに持たせたものには、諸説ある。 「日本書紀」本文では、ホノニニギは真床追衾(まとこおうふすま)で覆われていた。「日本書紀」一書(あるふみ) 第一や「古事記」では、三種の神器を持たせたことになっているし、さらに随伴神を伴っている。
なお、高皇産霊神はホノニニギの母方の祖父で、天照大神は父方の祖母である。おそらく、 元々の伝説では高皇産霊神が天孫降臨を指令したことになっていたのだが、 のちに天照大神にすり替わったらしい。戦前の国家神道では天照大神一本槍である。 しかし、中世ではむしろ高皇産霊神の方が重要で、両部神道書の「天地麗気府録(てんちれいふきろく)」や 伊勢神道書では、高皇産霊神は天御中主神の子であるとしている。 そこで、「大和葛城宝山記」では、ホノニニギは、伊勢外宮に豊受大神(=天御中主神) と合祀されていることになっている。

中世神話においては、天孫降臨神話の様相がだいぶん変わる。両部神道書の「天地麗気府録(てんちれいきふろく)」では、 おおむね

杵独王(きどくおう)を国土に差し向けて平定させる。そのとき、「追の真床の縁の錦の衾」、「八尺流の大鏡」、 「赤玉の宝鈴」、「草薙剣」を持たせる。そして次のような神勅が与えられた。「伝来の鈴を手に取って、 無窮無念の境地に至れば、私は鏡の中に在るだろう。」
という話になっている。司令神が誰であるかは明記されていない。

以上の話の変容には3つのポイントがある。

伊勢神道と関連したところでは、猿田彦大神も天孫降臨に関係して重要である。 それは、「日本書紀」一書第一や「古事記」などでは、猿田彦は天孫ホノニニギを先導した後で 伊勢に行ったことになっているからである。猿田彦の子孫とされたり、あるいは時によって猿田彦と同一視される神に 大田命(おおたのみこと)がいる。伊勢神道書の「倭姫命世記」によると、 倭姫命が八咫鏡を鎮座させる場所を探しているときに、今の伊勢神宮のある場所に案内したのが大田命である。 大田命は、伊勢内宮で「宇治大内人(うじのおおうちんど)」という職掌を担ってきた宇治土公(うじとこ)氏の 先祖とされる。「御鎮座伝記」では、猿田彦は、大田命だけではなく、国底立神(日本書紀の最初に少しだけ出てくる 「国常立尊」の異称)やら興玉神とも同一視されている。興玉神は、神格がはっきりしないが、 宇治土公氏と関係が深い地主神のようである。

終章 伝世されなかった神器

北畠親房は「天の瓊矛」がどこに行ってしまったのかという問題に関心を持った。 第一の候補は、皇孫が降臨した時に携えていた矛である。こういう矛があることは、「旧事本記」や「古語拾遺」に書かれている。 第二の候補は、出雲の国譲り神話に登場する「国平定の矛」である。第三の候補は、伊勢神道書に書かれているもので、 伊勢神宮の鎮座地を指し示すために天から投げ下された「天の逆矛」である。親房は、結局のところ、 そのどれでもなく、天の御柱になったのだろうと論じている。