この本は、著者がタイで6ヶ月間、僧として過ごした体験記である。読みだすと実に面白い。 この本が面白いのは、著者の学者としての視点と同時に、僧体験をしたことの個人的な感慨が素直に述べられている ところにある。本の最後で、還俗した後に流した涙の記述もドラマチックである。
私はいい知れぬ感動の中で全身で泣いていた。それは説明しようにも理由のつかぬ、 表現しようにも言葉のない感動であった。私のこれまでの生の中で、物心ついてからあのような訳のわからない 涙に泣きぬれたことはない。これが、僧修行のもたらした最大のものであった。ここだけ読むと演出過剰に見えるかもしれないが、前から読んでいくと、著者とともに 感動を分かち合うことができるのである。
この本を読むと、タイにおいては仏教と土着信仰と社会とが分かちがたく結び付いていることがわかる。 タイにおいては、一般に広まっている以下の2つの考え方が僧の社会を支えている。 (1) タン・ブン、すなわち僧を助け寺に寄進することで徳を積むこと、によって サワン(地上天国)への道が開けるという考え。(2) タイ人の宇宙観の中にあるピィー(悪霊)を 僧が払ってくれるという考え。著者は、これらのことがらを肯定的にとらえている。 こういう観念があってこそ、タイの仏教社会が成立しているからである。 思うに、仏教は、そもそも土着信仰と結びつかないことには広まらないのではないか? 日本における神仏習合もそうであった。日本では、神仏が分離されて以来仏教は力を失い、 仏教とは本来無関係の葬式との結びつきよってのみ辛うじて命脈を保っている。 仏教は、欲望を捨て去るという俗人には到達しがたい目標を置くものだし、 きわめて深遠な形而上学を伴っているので、そのままの姿では一般人のための宗教とはなりえない。 そこで、仏教が伝来した土地では、土着の信仰と渾然一体となることで超俗と世俗を結ぶ紐帯ができ、それで初めて一般に広まることになる。
(1) 仏教用語
クティ | 庫裡 |
サイ・バート | 施し |
サマネーラ | 20歳未満の見習修行僧 |
サンガ | 仏教の僧組織 |
スヴォン | 僧の下衣 |
スワットモン | 読経 |
タマユット派(ニカイ) | タイ仏教の2つの系統の一つ。厳格な修業を行う。 |
チェディ | 仏塔、パゴダ |
チーオン | 黄衣。僧が着る衣 |
チャオクン | タイの高位僧の階位名 |
デク | 僧の身の回りの世話をする小僧 |
テラワーダ | 小乗仏教、上座部仏教 |
ナーワコワーダ | 新入り僧への仏典と戒律の手引書 |
バアツ | 鉢。托鉢の時に持って行くもの |
パンサー | 7月中旬から10月下旬にかけての雨季の3ヶ月間ワットにこもって修行する。 日本でいう雨安居(うあんご)に相当する。 |
ピンタバート | 托鉢 |
プラ | 僧 |
マハー派(ニカイ) | タイ仏教の2つの系統の一つ。 |
ヨーム | 僧入りのためのスポンサー |
ワイ | タイ式の両掌を顔の前で合わせて深く頭を下げる拝礼 |
ワット | タイ式の仏教寺院 |
(2) 人名
アビロンド | 同僚のネパール人僧 |
カンティパーロ師 | イギリス人僧。厳しいが、ユーモアのセンスもある。 |
スソーバナ | 同僚のネパール人僧 |
チャオクン・テープ | 師 |
パイチューン | 著者のヨーム |
マハー・ニベー | 指導僧。暗記主義で教えてくれる。 |
ムック | デク |
(3) ワット・ポヴォニベーの構造
タムナク堂 | 読経(スワットモン)をするお堂 |
マハマクート仏教大学 | 隣接する仏教大学 |
(4) 一般語、知名など
コン・ジープン | 日本人 |
トンブリ | バンコクから見てチャオプラヤ川の対岸の都市 |