ポワロの事件簿2
Agatha Christie 著、小西宏訳
原題:おそらく US 版の Poirot Investigates (1924) の最後の 3 編と
The Under Dog and Other Stories (1951) の 8 編に基づく。のちに、
UK 版 Poirot's Early Cases (1974) としてこれらすべてを含む 18 編からなる短編集が
出版されている。
創元推理文庫 225、東京創元新社
刊行:1960/11/18
原作短編初出:1923 雑誌「The Sketch」(この文庫には 1923-30 と記されているが、Wikipedia によると、全部 1923 年)
おそらく古本で買ったのだが、だいぶん前なので覚えていない。
読了:2008/09/30
何度か読み返した Poirot ものの短編集。また読み返したくなって読んだ。
以前には読書記録を書いていなかったので、これを機に書くことにした。
以下、各編に感想とか関係する雑学など
- 戦勝舞踏会事件 The Affair at the Victory Ball
- 仮面舞踏会が殺人の場である。その仮装で、punchinello と pulcinella を男女一対のように描いているのが
ちょっと変である。pulcinella は -a で終わるので、一見女性名詞のように見え、ここでも女性の仮装として
描かれている。たとえば、p.27 には「道化者のパンチネロと優雅なパルチネラ」というふうに。
ところが、pulcinella は、イタリア語では例外的に男性名詞であり、Commedia dell'arte では、
「怠け者で、哲学者ぶったおしゃべりをする道化役。白いブラウスに革ベルトを締め、木剣を吊し、
鉤鼻の仮面を付けている」(小学館伊和中辞典)人物なのである。さらに、英語の punchinello は、
Wikipedia によると、もともと pulcinella のことなので、要するに punchinello と pulcinella は同じ
キャラクターというわけだ。
- 料理女を探せ The Adventure of the Clapham Cook
- 普通の人を家から離れさせるために、適当な理由を付けてお金を払うという手を使っている点で、
シャーロック・ホームズの「赤毛連盟」に似ている。
- マーキット・ベイジングの謎 The Market Basing Mystery
- 最後のポワロのセリフの中の「シロップ」が何者かよくわからなかったのだが、
ネットで調べると、sirop de cassis は
甘い物好きのポワロのお気に入りの飲み物らしい。なお、sirop は syrup の間違いではなくて、フランス語綴り。
ここの話の流れとしては、ヘイスティングスに "What about some tea?" と言われ、
sirop があればなあと答えたもの(ポワロは紅茶が苦手)。
- 呪われた相続 The Lemesurier Inheritance
- 最後に、ロナルド少年が、ヒューゴー・リムジュリアの実の子ではなくジョン・ガーディナーの子ではないかという
疑いを匂わせているところが、読者に不穏な想像を喚起して余韻を残している。音楽でいえば、
最後に tonic で解決していない終わり方という感じである。
- 潜水艦の設計図 The Submarine Plans
- ポワロが事件を解決して、アロウェー卿に報告するやり方が格好良い。ポワロは書類を見つけなかったのだが、
「犯人の名前を伏せて書類をお返ししたら、その場合、捜査はこれで打ち切っていただけますでしょうか?」
と告げる。アロウェー卿はやがてその意味を理解し、それで了とする。格好の良さから言うと、ポワロシリーズの中でも
白眉ではなかろうか。
- ヴェールをかけた貴婦人 The Veiled Lady
- 「ヴェールをかけた貴婦人の醜聞になりうる手紙を探し出す」というストーリーは、シャーロック・ホームズの
「
The Adventure of Charles Augustus Milverton」と似ている。
しかし、クリスティは、実はその婦人が悪党だったというどんでん返しを用意した。
ホームズを意識して、結末をひっくり返してみたのであろう。
- プリマス急行 The Plymouth Express
- 犯人が駅の新聞売りの少年にチップをたくさんやるという話が出てきて、1 シリングとか半クラウン(=2 シリング半)
とかいうのが、チップにしては極めて高額だというふうに書いてある。これは現在でいえばいくらくらいなのだろうか?
それを計算してくれる web site がある。
それによると、1923 年の 1 シリングは、今の 7 ポンドくらいらしい。1 ポンド 200 円として 1400 円だから、
確かにチップとしては高い。半クラウンだとその 2.5 倍の 3500 円だから、法外である。
- 消えた鉱山 The Lost Mine
- ビルマの鉱山の話が出てくる。ビルマがイギリスの植民地だったのは、1886 年から 1948 年までで、
この小説が書かれた時はまだ植民地だった。
- チョコレートの箱 The Chocolate Box
- ここで殺害に使われるトリニトリン (trinitrin) は医薬品名で、通常の名前はニトログリセリン (nitroglycerin) である。
ネットによると、ニトログリセリン錠は舌の下で溶かして服用するものらしく、しかも甘いようである。
ということで、チョコレートと入れ替えて殺害に使ったという話になっているようだ。
どうやら、そもそも錠剤がチョコレートを使って作ってあったようだ
(
1911 年版 Encyclopedia Britannica より)。チョコレートと間違えたて食べたと書いてある
文献も
たしかにある。
- コーンウォールの謎 The Cornish Mystery
- Cornwall はイングランドの南西端だから、田舎というイメージで描かれている。
- クラブのキング The King of Clubs
- モラニアの皇太子が登場する。この「モラニア Maurania」がどこの国かが問題。ネットを検索すると、
Paradise というコンピューターゲームの中で、アフリカにある国とされていうのがたくさんひっかかる。
その中でひとつだけ
A Dangerous Double (1917) というサイレント映画の中で、ヨーロッパの小公国として出てくる
というのがひっかかった。年代から考えて、クリスティはこの映画からヒントを得たのかもしれない。