水と健康 狼少年にご用心

林俊郎著
シリーズ 地球と人間の環境を考える 07、日本評論社
刊行:2004/02/20
名大生協で購入
読了:2008/11/30
水の安全性が少し気になって読んでみた。本書は、 一口に言ってしまえば、水道水は厳しい基準を用いているから安全であるということを書いてある本である。 著者は、今の水道水不信はむしろ危険で、正当に水道水を評価すべきだと言う。 昨今、ペットボトルが普及して以来、水道水不信と相俟って、ペットボトルの水を飲んで水道水を飲まない人が 増えているが、実はそれが必ずしも健康に良いとは限らない。ペットボトルの水には水道水並の厳しい基準がないので、 安全性からいえば、水道水より危険である。本書の説明 (p.160) だと、とくに海外のものの中には、 細菌も「天然物」ということで、殺菌をしていなくて細菌がかなり入っているものまである。

世間では、しばしばトリハロメタンが悪者にされる。しかし、本書によれば、トリハロメタンにはそもそも 発がん性が認められているわけではない上に、現在の水質基準では空気や食物から取る方が多いくらいで、 水道水中のものは全く問題はない。そもそも、塩素は、病原菌やがんを減らす役割が非常に大きいことを ちゃんと認めるべきで、塩素殺菌をしていない水の方が危険だ。今のところ、他の消毒法(オゾン、紫外線、 二酸化塩素)の方が良いとは必ずしも言えない (p.93)。

著者が、水道水に関して心配を書いているのは、ただ一か所鉛のことだけである (pp.111-112)。 水道管の公道部分には問題がないが、古い家で鉛の配管がまだ残っていると、溶け出すかもしれないということである。

本書で初めて知ったのは、水中の硝酸・亜硝酸の話だ。これらは成人に対しては、 何も問題を起こさない。そもそも 野菜の方がずっと多くの硝酸を含んでいるので、食物から摂取する方がずっと多い。 問題になるのは、乳児の場合で、人工乳を作るときに水に硝酸が含まれていると、 メトヘモグロビン血症で死に至る場合がある。乳児は、胃酸が出ないので、 胃で細菌が死なず、細菌が硝酸を亜硝酸に変えてしまう。これがヘモグロビンを酸化してメトヘモグロビンに変える。 メトヘモグロビンは酸素を運べないので、これが起こると体中が酸欠になってしまって死に至る。 そこで、著者は、乳児を母乳で育てることの重要性を強調している。

最後に、著者は地球の水循環の話に1章を割いている。その中に、問題がある表現を2か所見つけた。 まず、p.188 で、海洋表層に栄養塩が少ない理由を「沈殿」によると書いているが、これは誤解を招く。 正しくは、生物が使ってしまって、その死骸などが「沈降」して、中・深層に運ばれるからと書くべきである。 それと、p.190 のエルニーニョの説明で、ペルー沖に赤道付近から暖かい海水が「南下」してくる せいで起こるようなことが書いてあるが、貿易風(東風)が弱まって赤道東太平洋に暖かい海水が 「滞留」するせいだと書くべきである (たとえば 気象庁による解説)。 著者は地球科学の専門家ではないので、この程度の間違いはしょうがないのかもしれないが。