地下水の世界

榧根勇著
NHK ブックス 651、日本放送出版協会
刊行:1992/10/25
名古屋桜山の古本屋こもれび書房で購入
読了:2008/08/09
私たちは、地面が水でじゃぶじゃぶであることを忘れているが、日本の平野は地下水が もともと豊富だということは水がけっこうじゃぶじゃぶなのである。そういうことを 思い起こさせてくれる本である。

水文学の専門的な部分の解説(たとえば、地下水ポテンシャルの解説)はあまり分かりやすくない (私は内容を知っているので分かるけれども、たぶん素人には分かりづらいと思う)。 しかし、実は専門的な部分はあまり多くなくて、旅行記的な話があったり、豆知識的な話が 散りばめられたりしている。この本は、そういう雑多な情報を楽しむのに良い。 そもそも地下水の水文学の面白さは、体系的な部分ではなくて、雑多な知識の博物学である点だと思う。 その意味で、この本はよく地下水学の面白さを伝えているのではなかろうか。 そういった豆知識のうち4つを以下にメモしておく。 なお、以下 blockquote で囲った部分は、引用ではなくて、書いてある文章の内容を 適宜私がまとめたものである。

(1) 昔、高校の地図帳にオーストラリアの大鑽井(さんせい)盆地などという 地名が書いてあって、どういう意味だか全然知らなかったのだが、ここに書いてあった。

「鑽井」は「井をうがつ」の意味だが、辞書にはないので、たぶん地理学者の造語であろう。 英語は Great Artesian Basin で、その中の artesian の意味は、artesian well で自噴井のことだ。 で、その artesian の語源は、フランス語の Artois 地方で、この地方で掘った井戸が自噴したことに基づく。
というわけで、いろいろつながっている。でも、今ネットを検索したら 教えて!goo に かなり詳しく書いてあった。へんてこりんな地名なので、結構疑問に思う人も多いらしい。 なお、本書の本文は、たぶんミスプリで、Artois を Artoi と書いてある。

(2) 洪積世という言葉の語源を知らなかったのだが、以下のようなことが書いてあった。

洪積世の英語の Diluvium という言葉は、ノアの洪水が語源である。そこで、現在では学問的には 更新世 Pleistocene の方が良く使われる。しかし、日本では洪積台地ということばは、今でも使われる。 それを英訳した diluvium upland という言葉を論文に書いたら、「洪水につかる台地」ということになるので 意味がおかしい、とレフェリーに言われた。

(3) 川から水が漏れることもあるという話。

黒部川扇状地の地下水の元のかなりの部分が黒部川の水である。黒部川からは毎秒 14 トンの水が漏れている。 これだけ大量の水が河川から地下水に入っているのは、周辺で大量の地下水が揚水されているためである。 このような現象を「誘発涵養」という。

(4) 被圧地下水という概念は近似的なものなので専門的にはあまり意味がないという話。 このことばも昔高校の地図帳か何かに出ていて、あまりよく理解してなかったが、意味がないと知って安心した。

被圧地下水というのは、その上に不透水層があってその全層が飽和しているという概念だが、 もともと完全な不透水層というのは存在せず、どこでもある程度の透水性はあるものだから、 その層だけ考えても仕方がないことが多い。この概念は、昔、簡単なモデルでしか 計算ができなかった時代の名残である。