恐竜はなぜ鳥に進化したのか

Peter D. Ward 著、垂水雄二訳
文藝春秋
原題:Out of Thin Air -- Dinosaurs, Birds, and Earth's Ancient Atmosphere
原出版社:The National Academies Press
原著刊行:2006
刊行:2008/02/15
名大生協で購入
読了:2008/07/11

英語版閲覧


酸素濃度の進化が動物の進化に本質的だったという主張をしている。新しい説だけれども 動物の進化を考える上でひとつのいわばパラダイムとなりうる重要な考え方だと感じた。 数年前に NHK スペシャル「地球大進化」でこの説が取り上げられていた。 そのときは、考え方が部分的にしか紹介されなかったので、取って付けたような考えだと 思ったのだが、この本を読んで見方が変わった。取って付けたものではなくて、 動物の進化に対する一貫した見方を与える魅力的な説である。

基本的な主張は以下のようなものである。

低酸素期には生物の異質性 disparity が増し(いろいろなボディプランを試みる)、 高酸素期には多様性 diversity が増大する(同じボディプランで多様な種が枝分かれする)

第1章では、動物における呼吸の重要性が語られる。動物は、酸素なしでは 生きられない。第2章では、Robert Berner による酸素濃度の歴史の研究を紹介し、 酸素濃度が低下するときに、動物の多様性が増すという仮説が述べられる。 第3章以下では、生物(とくに動物)の進化のかなり多くが酸素濃度に影響を 受けている実例を地球の歴史をたどりながらひとつひとつ説明している。

Berner による酸素濃度の変化曲線の細かいことまで信じて良いのかどうか怪しいから、 ここに書かれていることすべてが正しいとは思えない。けれども、変化曲線のうちの 主要な特徴に対応した以下の主張は、とくに説得力があると思える。

  1. シルル紀〜デボン紀前半と石炭紀後半の2度の酸素濃度の上昇に伴って 動物(とくに節足動物)が海から上陸した。 節足動物では、上陸ははっきりその2段階に分かれている。 脊椎動物は、主として第2波の時期に上陸した(両生類)。
  2. ペルム紀の高酸素期には巨大な昆虫が出現した。酸素が薄いと、大きい体には酸素が 行き渡らない。酸素が濃いからこそ巨大な昆虫が生きていた。
  3. 恐竜は三畳紀の低酸素濃度にうまく適応していた。だからこそ中生代に生態系の覇者となった。 第一に二足歩行を始めた。トカゲやサンショウウオのように横に広がった脚を持っていて四足歩行する 動物は、息をしながら歩くことができない。歩くときに肺が圧迫されるからである。恐竜は二足歩行によって この制限を外し、より酸素を効率的に取り入れられるようになった。第二に恐竜のうちの竜盤類 (恐竜は竜盤類と鳥盤類に分かれ、鳥はこの竜盤類の子孫)で、気嚢システムが発達してきた。 気嚢システムは現在では鳥が持っている呼吸システムで、このため鳥は哺乳類よりもより効率的に 酸素を吸収できている。

そんなふうに動物の進化を語る一貫した視点が説かれていて、目から鱗が落ちる思いがした。 まだ粗削りな部分もあるように思うけれど、検証が進んでゆくと教科書が書きかえられるのではないか。

訳文は読みやすく、間違いも少ないようである。上のリンクから、ネット上で英語版を閲覧できるのだが、 英文を参照する必要はほとんどなかった。さすがに科学系の本の翻訳を多く手掛けている訳者である。


索引と引用文献表が原著にはあるのに訳本にはない。出版社の方針らしい。 日本の出版社ではこれをよくやるようだが、まったく意味が分からない。 そんなことをするおかげで、価値がだいぶん減ってしまっている。 文系の人がやっている出版社の限界である。引用文献表はかろうじて、 HP上に置いてある のだが、本に付けておいてもらうともっと良いに決まっている。 もちろん、HP上にあると訂正もできるし、新しい情報も加えられるので、 それはそれで良いのだが、本を読みながら、より詳しい情報がどこにあるのか見るために 本にも書いておいてほしいのである。