磁力と重力の発見

山本義隆著
みすず書房
刊行:2003/05/22
名大生協で購入
読了:2008/01/02
だいぶん前に買ってあったが、分厚い(全3巻)ので、しばらく放っていた。 地球磁場に関する一般向けの講演をする機会があったために、思い立って読み始めた(講演には間に合わなかったが)。 読んでみると、定評のとおり素晴らしく良い本である。ふだん聞いたこともない近代科学以前の科学史が、 非常に明快な筆致で描かれている。各章の終りには、章ごとの要約がすっきりまとめられているのもわかりやすい。

内容としては、磁力が歴史的にどう見られてきたかの変遷を中心に、それがいかにしてニュートンによる 万有引力の発見までつながったかを描いている。現代的な眼からすると、磁力と重力なんて全然別の力のように 思えるが、そうではない。磁力は、近代以前には、非接触ではたらくことがわかっている力の代表であり、 神秘的なものだと思われてきた。で、このように非接触ではたらくことがわかっている力がすでにあったからこそ、 万有引力という概念に到達できたのである。とくに、天体が動く原因を磁力に求めたギルバートやその影響を 受けたケプラーが、近代力学の形成を先導した。一方で、近代思想の代表と考えられているデカルトやガリレイの 機械論はその後の近代力学の形成につながらなかった。

これを読んで、とくに興味深かったことは、近代力学の形成の系図がケプラーに始まり、フック、ニュートンと 受け継がれるという見方だ。従来私が知っていた通俗的味方だと、コペルニクス→ガリレイ→ニュートンという ような系図で地動説と近代力学の形成が語られているが、これは正しくなかった。ケプラーこそが、天文学と 物理学とを結び付け、近代力学への扉を開いた。ケプラー以前の天文学は、軌道の幾何学であり、天体の運動の 原因は問うべきではないものであった。地動説に殉じたと言われるガリレイにとってさえも、天体の運動は、 円という「自然運動」であるにすぎなかった。ケプラーの路線を受け継いだのは、大陸の合理論・機械論から 少し距離のあったイギリスの研究者であった。フックは万有引力の法則にほとんど到達していた。 そのフックのプログラムを数学的にきちんと完成させたのがニュートンであった。

私の専門の立場からすれば、地球磁場の発見の歴史という意味でも興味深かった。むかし磁針が北を向く理由は、 天の力であるとか小熊座の力であるとか考えられてきた。それがギルバートによって地球起源だと はっきり述べられるまでの考え方の変遷が興味深い。

以下、初めて知って驚いたこととか面白かったことをいくつか書いておく。

(1) ルネサンス期において、「オカルト occultus」は、「隠れた力」、すなわち磁力のように根拠が分からず 五感では感じられない作用、のことを指していた。それを探るための手段が experimentum(実験・経験) であった。というわけで、今から見ると奇妙な言い方だが、occult science は experimental science と同じ、なのであった。その背景としては、この時代、本当の意味での知(scientia)は、事物の本性から 演繹によって導かれると考えられていたので、経験は一段低い技術と見られていたことがある。

(2) ルネサンス期の魔術思想のうち、自然魔術と呼ばれたものが近代の自然科学につながってゆく。

(3) Della Porta の「自然魔術」のからの引用をいくつか (本書 p.573)

魔術とは、自然哲学の実践的部分を指している。
この学(自然魔術=実験科学のこと)の専門家は金持ちでなければならない。金に不自由していていては この分野では仕事にならないからである。私たちを豊かにしてくれるのは哲学ではない。 哲学者としてふるまうためには裕福でなければならない。

(4) 慣性の法則を初めて正しく定式化したのは、ガリレイではなくてデカルトである。[p. 749]

(5) イギリスの王立協会 (Royal Society) が生まれたのは、ロンドンのグレシャム・カレッジであり、 当初、磁気学がかなり重要視されていた。発足は 1662 年、初代会長はブラウンカー、幹事は ウィルキンズとオルデンバーグであった。

(6) 磁極間の力が逆二乗であることが確立されたのは、「プリンキピア」よりも1世紀遅れた。 とくに、それに寄与したのは、ゲッティンゲン大学の Tobias Mayer (1723-62) とフランスの技術者 Coulomb (1736-1806) である。


これだけ大部になると、多少のミスはやむを得ない。私が発見したものを以下に記す。