以下、サマリー。
[第1回 世界文学はおもしろい 10 月 5 日]
従来の世界文学全集は、世界各国の代表的な文学を束ねたものだった。
それは、日本の 1960 年代ころの教養主義を前提に成り立っていた。
しかし、今、世界文学全集を編むとすれば、現代に生きる文学の全集でなければならない。
第二次世界大戦後、世界は大きく変わった。植民地が独立した。女性が書くようになった。
人が世界中を移動するようになった。ここに、外国文学ではなく、グローバルに通用する
本当の世界文学が成立するようになった。このような意味での世界文学を紹介していきたい。
[第2回 恋はサスペンス―『マイトレイ』 10 月 12 日]
恋愛小説が成立するには、恋愛を妨げる数々の邪魔が必要だ。邪魔がなければ、単なる情事にしかならない。
恋愛を妨げるものがあまりなくなった現在、恋愛小説が成立するためのひとつの状況は、異文化・異民族の
間の恋だ。この小説は、ルーマニア人の青年とインド人の令嬢の間の恋を巧みに描いている。
これはかなり実話である。作者のエリアーデは、ルーマニア人の宗教学者で、宗教学徒として
インドに留学した時の体験を書いたというわけだ。
[第3回 名作を裏返す―『サルガッソーの広い海』 10 月 19 日]
作者のジーン・リースは、ドミニカ島生まれでウェールズ、アイルランド、スコットランド系の血を引いている。
それで、17歳で渡ったイギリスでは差別を感じることになる。彼女は、シャーロット・ブロンテの
『ジェイン・エア』を読んだ時、ジャマイカ出身の白人の女バーサの小説内での扱いに同じような差別を感じたに
違いない。そこで、バーサの苦難の前半生を描くことで、その差別に反発したのが『サルガッソーの広い海』だ。
ジーン・リースは、そのようにして『ジェイン・エア』を巧みに裏返してみせた。
[第4回 野蛮の幸せ―『フライデーあるいは太平洋の冥界』 10 月 26 日]
『ロビンソン・クルーソー』を土台にした作品は多い。これもその一つ。
『ロビンソン・クルーソー』においては、ロビンソンとフライデーはそれぞれ文明と野蛮を象徴していた。
しかし、レヴィ=ストロースの文化人類学を経て、20世紀の世界は、野蛮が野蛮ではないことを知った。
そして、文明が戦争で殺戮を起こすことを知った。そこで、作者のトゥルニエは、フライデーを主人公にした
物語を作った。フライデーは遊ぶ人、自由人になり、ロビンソンは真面目で思索的な人になった。
[第5回 戦争は文学を生む―『戦争の悲しみ』 11 月 2 日]
戦争は昔から文学になってきた。とくに20世紀になって戦争が人々に深刻に影響を与えるようになった。
ベトナム戦争は、ベトナム人にとって殊に悲惨だった。自分の国で同じベトナム人同士が殺し合う。
それは、勝者である北ベトナムの兵士にとっても同じことだった。作者のバオ・ニンは北ベトナムの兵士だった。
戦争を描こうという衝動と戦争で受けた心の傷に引き裂かれて苦しむ作家がこの小説の主人公だ。
それは間違いなく作者自身の姿の反映であろう。主人公は、殺戮に傷つくだけでなく、
恋人との関係も戦争で傷つけられる。この戦争は、勝者にとっても悲劇でしかなかった。
[第6回 アメリカを相対化する―『老いぼれグリンゴ』 11 月 9 日]
アメリカからメキシコにやってきた男女が描かれている。男は、「老いぼれグリンゴ」であり、
実在のジャーナリストのアンブロース・ビアスをモデルにしている。グリンゴは、妻とは離婚、二人の息子は死に、
孤独に苛まれアメリカに絶望し、死に場所を求めて戦乱のメキシコにやってくる。女は、ハリエットという
31歳の独身の女性で、父親は行方不明、人生を変えようとメキシコに来ていた。グリンゴは
アローヨ将軍の部隊で勇敢に戦う。ハリエットはアローヨ将軍の愛人になる。そして、グリンゴは、
ハリエットの父親代りとなる。結局、グリンゴはアローヨ将軍に射殺され、ハリエットはその遺体を持って
アメリカに帰る。
このような物語の中で、アメリカとメキシコが対比される。アメリカは、先住民を追い詰めて殺したために、
白人国家になり、白人の原理で繁栄する。メキシコは、混血(メスティーソ)の国で、近代化が遅れた。
そのため、現在まで多くのメキシコ人がアメリカに職を求めて密入国している。この小説は、その反対、
すなわち、アメリカに絶望しメキシコで人間性を取り戻す男女を描いている
―繁栄しているけれど冷たい国アメリカと貧しいけれど暖かさの残る国メキシコ。
[第7回 アメリカ化する世界―『クーデタ』 11 月 16 日]
「普通のアメリカ人」を描くのが得意なアップダイクが、珍しくアフリカの架空の国「クシュ」を描いた物語。
その架空の国を利用してアメリカを描くのが目的。主人公で語り手のエレルーは、若いころアメリカに留学した
ことがあって、やがてクシュの大統領になる。クシュは、イスラム・マルクス主義の国で、エレルーは反米的な
政策を取る。ところが、親米派にクーデターを起こされ、フランスに渡り、この物語を書く。このようにして、
外から見たアメリカが描かれている。
[第8回 さまよえる良心―『アメリカの鳥』 11 月 23 日]
20 世紀後半の「教養小説(若い主人公の精神的な成長をたどるという小説の一ジャンル)」と位置付けられる作品。
主人公のピーター・リーヴァイは 1949 年生まれで、池澤夏樹と同い年である。ピーターは、ユダヤ系イタリア人の父と
アメリカ人の母の間に生まれたアメリカ人である。そして、18,19歳ころになってフランスに留学する。
そのような環境だから、主人公はアメリカとヨーロッパのはざまで悩みつつ成長してゆく。
アメリカが大切にしているイノセンス、学校で学んだカントの倫理学、社会の歪といったものの間で
揺れ動く主人公の姿がアメリカとヨーロッパの文化を投影している。