やさしく学ぶ免疫システム インフルエンザ、アレルギー、エイズと闘うメカニズム

松尾和浩著
サイエンス・アイ新書 SIS-011、ソフトバンククリエイティブ
刊行:2007/02/24
名大生協で購入
読了:2009/07/20
免疫学のお勉強をしたくなって読んだ。サイエンス・アイ新書らしく図を多用してあって わかりやすい。著者がエイズワクチン開発にかかわっているということで、 最後の1/3はエイズの話である。

サマリー

第1章 身体を守る免疫システム

第1章は免疫の基本。免疫の働きには、「自然免疫」と「獲得免疫」がある。自然免疫は、抗原に 非特異的で、獲得免疫は、抗原に特異的である。自然免疫には以下のようなものがある。
好中球
異物を食べる。傷口に出る「膿」は、好中球が細菌と闘った残骸。
マクロファージ
異物を食べる。が、その力はあまり強くない。好中球と違って、死んだ細胞も食べる。 好中球やリンパ球を呼び寄せる作用を持つケモカインを分泌する。抗原提示をする。
ナチュラルキラー細胞 [リンパ球系]
癌細胞やウイルスに感染した細胞を破壊する。
一方で、獲得免疫には以下のようなものがある。リンパ球系の B 細胞や T 細胞がかかわる。 どちらもリンパ球系の幹細胞から分化してきたものである。
液性免疫
B 細胞の働きによる。B 細胞の名前は bone marrow (骨髄) に由来する。抗体の働きのこと。
B 細胞は、抗原を捕まえると、その断片をヘルパー T 細胞に提示する。ヘルパー T 細胞が サイトカイニンを放出すると、B 細胞は成熟化して「抗体産生細胞 or 形質細胞」となり、 抗体分子を大量に分泌するようになる。成熟前の B 細胞は IgM 抗体だけを持っている。 成熟後は、サイトカイニンの種類によって、5 種類の抗体のいずれかを産出するようになる。
抗体やそれと共同作用する補体に取り付かれた抗原(細菌やウイルス)は、やがてマクロファージや好中球に 食べられる。ウイルスに抗体が取り付くと、標的細胞への感染が阻害されるという作用もある。
B 細胞の一部は「メモリー B 細胞」となり、長い間免疫の記憶を残すことになる。
細胞性免疫
T 細胞の働きによる。T 細胞の名前は thymus (胸腺) に由来する。
T 細胞は胸腺で「教育」されて、自己と非自己を区別できるようになる。T 細胞には、 キラー T 細胞とヘルパー T 細胞とがある。キラー T 細胞は、ウイルス感染細胞や突然変異細胞を殺す。 ヘルパー T 細胞は、抗原提示細胞により活性化されて、貪食細胞を呼び寄せたり、B 細胞やキラー T 細胞の 活性化を促進する。ヘルパー T 細胞には Th1 と Th2 の2種類がある。Th1 は、ナチュラルキラー細胞や キラー T 細胞、マクロファージを活性化して、おもに細胞性免疫にかかわる。 Th2 は B 細胞を活性化して液性免疫にかかわる(とくに寄生虫への反応では重要)。
抗体には以下のようなものがある。

異物を取り入れる入り口での防御として、粘膜免疫も重要である。IgA 抗体が中心になる。 粘膜免疫で面白いのは、食べ物は排除しないという「経口免疫寛容」という仕組みである。 これにはまだわかっていない点が多いが、サプレッサー T 細胞が関与しているらしい。

第2章 細菌、ウイルス、原虫感染と免疫

免疫システムをかいくぐって病気をおこすものがある。ここでは、ウイルスの例としてインフルエンザウイルス、 細菌の例として結核菌、原虫の例としてマラリアを紹介する。マラリアには、免疫システムを抑える働きがあるらしい。

[豆知識] BCG ワクチンは、1921 年に開発された古いタイプのワクチン。 BCG は、Calmet と Guérin (BCG の C と G) が牛結核菌から作った弱毒性の桿菌 (BCG の B は Bacillus)。 これを接種するのが BCG ワクチンである。小児の結核性髄膜炎と粟粒結核を減少させる効果がある。 成人の結核にはあまり有効でないようだ。

第3章 免疫システムの異常とアレルギー

アレルギーとは、過剰な免疫反応のことである。I 型から IV 型まであるが、いわゆる世間でいうアレルギーは I 型である。ここでは、その I 型アレルギーの説明をする。

スギ花粉症のような I 型アレルギーは次のようにして起こる。アレルゲンがやってくると、 B 細胞が IgE 抗体を作り出す。そして、アレルゲンをくっつけた IgE 抗体が、肥満細胞に取り付く。 すると、肥満細胞がヒスタミンなどのケミカルメディエーターを放出する。 ケミカルメディエーターがいろいろな反応を引き起こし、さらに好酸球を呼び寄せて、これも 鼻づまりなどの原因になる。

第4章 ガンと免疫システム

ガン細胞は、突然変異により増殖の抑制がはたらかなくなった細胞である。通常は、免疫機能で 退治される。しかし、それをすり抜けたガン細胞は増殖して人体に死をもたらす。

ガンへの攻撃では、ナチュラルキラー細胞が重要な役割を果たす。ガン細胞では、しばしば MHC クラス I 分子(キラー T 細胞に対して抗原を提示する台座)の発現が低下する。 とくにこのようなときにナチュラルキラー細胞が活躍する。

第5章 免疫システムを破綻させるエイズ

HIV は CD4 という分子を表面に持った免疫細胞に感染する。CD4 を持っている細胞とは、 ヘルパー T 細胞、マクロファージ、樹状細胞などである。とくに免疫システムの司令塔である ヘルパー T 細胞がやられると、免疫系全体がはたらかなくなる。HIV の起源は、アフリカの チンパンジーの SIV ウイルスである。HIV は変異を起こしやすいので、ワクチンを作るのが難しい。

HIV は、免疫細胞に付着して、内部の殻を細胞内に送り込む。殻からウイルス RNA が出てくると、 逆転写酵素で DNA に逆転写される。この逆転写ではよくミスが起こるので、多くの変異が生まれる。 DNA は宿主の DNA に組み込まれて、ウイルスの RNA や蛋白質が作られるようになる。 できたウイルス RNA と蛋白質は、新しい HIV となって、細胞表面から出芽、放出される。

第6章 人類とエイズウイルスの闘い

エイズの治療薬やワクチンが開発されてきた。

治療薬に関しては、現在では、「逆転写酵素阻害薬」(逆転写を邪魔する)と 「プロテアーゼ阻害薬」(蛋白質を正しい大きさに切断するのを邪魔する)とを併用する 「多剤併用療法」がふつうに用いられる。

しかし、HIV ウイルスには変異が極めて多いために、ワクチンの開発が難しい。

第7章 BCG ベクターを用いたエイズワクチン開発

著者が開発中のワクチンの紹介。著者が開発しているのは、BCG 細菌と ワクシニアウイルス DIs (DIs は変異型ウイルスの名前) をベクター(運び手)として用いるものである。 ベクター細菌やベクターウイルスの遺伝子に HIV 遺伝子の一部を組み込んで、まず BCG 細菌を接種し、 次にワクシニア DIs を接種するという方法である。BCG 細菌やワクシニアウイルスは安全性が高いし、 この方法で効果があることがサルでは確かめられた。今後、人での効果を確かめたい。