科学哲学入門 知の形而上学
中山康雄著
勁草書房
刊行:2008/10/20
名大生協で購入
読了:2009/10/08
著者がもともと物理の人であるせいか、理系人間にも比較的分かりやすい科学哲学の本である。
第 I 部で論理実証主義に始まる科学哲学の流れが簡潔にまとめられており、第 II 部では著者の考え方が
述べられている。第 I 部は簡潔で、それぞれの章で過去の考え方に対する現代的な見方や著者の見方が
書かれていて過去の考え方の問題点の整理ができているのが良い。
第 II 部の著者の考え方は私にもしっくりくる部分が多い。
著者は、どうやらものごとへの名前の付け方への関心が強いらしい。ものごとにはきちんと名前を付けておかないと、
議論が混乱したり、概念をうまく整理して表現できなかったりする。そこで、語る対象となるものごとを
きちんと整理して定めて名前を付けることが重要であるという考えのようだ。そのことが第 II 部の
内容であると言ってよい。
全体的には比較的分かりやすいとはいえ、とくに第 I 部では説明が簡潔すぎて分かりづらい部分が
ところどころに見られる。たとえば、p.153 あたりの「ストロング・プログラム」の説明は、
私がもともと科学社会学を良く知らないせいもあり、さっぱりわからない。あるいは、メレオロジーという言葉が
時々使われているのだが、その説明は第 II 部に入って第7章 p.175 までいかないとなされない、など。
著者の考え方(第 II 部)のサマリー
- 第7章 言語の多元性・多層性
- 物理的世界の実在性と齟齬をきたさないような存在論が語られる。著者の主張を短く述べると以下の通り:
世界は一つの物理法則にしたがうのだが、世界の部分に対する名前の付け方や概念の当てはめ方、あるいは
世界を部分に分割するやり方は言語に依存するので、世界を語るやり方は多様である。
- 第8章 事実の分類
- 事実を3つに分類する。物理的事実と内省的事実と社会的事実である。内省的事実は、心の状態である。
ここでは意識に上る(自覚を伴う)状態に限る。さらに、共同体の構成員が共通に持っている信念を
共有信念と呼び、それを基にした事実を社会的事実と呼ぶ。たとえば、「地球が動いている」という事実は、
現在は、物理的事実でありかつ社会的事実でもあるが、天動説の時代には、物理的事実ではあっても
社会的事実ではなかった。社会的事実のうち、制度を前提としているものを制度的事実と呼ぶ。
- 第9章 知の伝承と集団的認識論
- 知は集団によって伝承されるものである。伝承されるものの例として、慣習、問題解決のアルゴリズム
(たとえば、実験のやり方)、信念構造(信頼性を込みにした信念)、プロトタイプ(カテゴリーの典型例。
たとえば、問題の解き方とかモデルとか)、道具や装置、規範体系などがある。何が伝承されるべきかが
判断されるときには権威が重要である。自然科学においては、科学者集団に内在的に権威が確立されていることが
重要である。知の生成と伝承とは異なる。社会構成主義では、往々にして知の生成にのみ関心を向けるが、
科学において伝承されるのは有用な知だけだということも重要である。
- 第10章 社会的構成とは何か
- 社会的構成は、社会的事実を対象としている。社会構成主義者は、ほとんどのことがらが
社会的に構成されると見ており、しかも現在の在り方に問題があるのでそれを変えるべきだという
イデオロギーと結合している。科学は、経験的にテストされるから、単なる社会的構成物ではない。
理論の評価は、経験的テストとかすでに受け入れられている理論との整合性とかから判断される。