プルーストとイカ 読書は脳をどのように変えるのか?

Maryanne Wolf 著、小松淳子訳
インターシフト(発行)、合同出版(発売)
原題:Proust and the Squid -- The Story and Science of the Reading Brain
原出版社:Harper
原著刊行:2007
刊行:2008/10/15
名古屋栄の丸善名古屋栄店で購入
読了:2009/08/09
文字と読書と脳の関係を書いた本。興味深く読んだ。 文字は人間が発明したものなので、脳は生得的には読めないから、育ってゆく過程で 一人一人の脳が文字を読む回路を作っていかなければならない。何らかの原因でそれがうまくできないと 読字障害 (dyslexia) が起こる。そのような解説を通じて、脳が文字を高速で読めるという 日常的な営みが、実に複雑で不思議な過程であることをわからせるようになっている本である。

しかし、全体的には多少散漫な感じも受けた。ところどころ意味が取れないところがあるのが、 原文のせいなのか、翻訳のせいなのかは不明である。


以下、サマリー

第1部は、文字の発達と脳の発達の関係。文字の起源から始まっている。文字は最初は絵文字のようなものから 始まった。やがて、アルファベットのような音素を表す文字、仮名のような音節文字、漢字のような logosyllabary (音節と概念の両方を表す) が発達してくる。脳もそれぞれの字の種類に応じて 異なる働き方をする。

ソクラテスは、書き言葉に対して否定的であった。ソクラテスにとって、暗記と対話こそが 頭を働かせるために最も重要な訓練であり、書き言葉を使うと頭が働かなくなると考えたからだ。 この議論は、現代のようなコンピュータから情報があふれてくる時代に示唆的である。 コンピュータから次々に情報が集まってくると、人々はわかった気になって考えなくなるのではないか?

第2部は、子供が文字を読めるようになる過程の話。アメリカ人が書いているから、アルファベットを 読むことを主として扱っている。アルファベットの場合は、文字の名前とその読み方が違うことや 言葉が音素から成ることを認識していかなければならない。その点、仮名の場合は、音節文字だし、 音節の発音と文字の名前がだいたい同じだから簡単である。英語の場合は、さらに綴り字と音の関係が 不規則なものをたくさん覚えて、-s とか -ing とか文法的な付属物を理解しなければならない。 子どもは、そのようにして「解読する」ことを覚え、さらに「流暢な解読者」から「戦略的な読み手」へと 段階を経て成長してゆく。

人間が文字を読むとき、0.5 秒の間に、注意を向け、文字を認識し、音を認識し、意味を認識するということを やってのける。その間に脳のさまざまの領域が働く(言語によっても少しずつ異なる)。文章のさらに 深い意味を読み取るには、人生経験までもが関係する。経験が読書の質を高めると同時に、 読書そのものがひとつの経験になる。

第3部は、読字障害 (dyslexia) の話。文字は人間が発明したものだから、生得の「読字中枢」のようなものはない。 したがって、読字障害というのは、脳の神経のネットワークが作られること(あるいは壊れること)に関係する 障害である。読字障害の原因とされていることを整理してみると、4つにまとめることができる。 (1) 関連する脳の構造物そのもの(ニューロンなど)に問題がある (2) 処理速度やタイミングに問題がある (3) 構造物の間の接続に問題がある (4) 使っている回路が普通と異なる(すなわち、通常の読字回路では 左半球が優位なのだが、読字障害の人では左右が対称的であるなど右半球のウエイトが高い)。 これら4つの原因は融合していることもあるだろう。すなわち、遺伝的にニューロンの発達パターンに異常があり、 そのために通常のような回路接続が起こらず、右半球も使うようになるので、処理速度が遅くなる、 といったことが考えられる。

dyslexia の人の中には、天才的な人もいる。たとえば、トーマス・エジソン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、 アルベルト・アインシュタインなどだ。空間認識の仕方が通常の人間と異なっているらしいという様子も見られる。 たとえば、著者の息子は読字障害なのだが、ピサの斜塔を上下逆さまに描いていた!

読字は人類の発展に寄与した。デジタル技術の発達はそれをさらに進めるのだろうか?あるいは、 ものごとを深く考えない人間を増やすのだろうか?