ミラーニューロンの発見 「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学

Marco Iacoboni 著、塩原通緒訳
ハヤカワ新書 juice 002、早川書房
原題:Mirroring People -- The New Science of How We Connect With Others
原出版社:Macmillan (Farrar, Straus & Giroux; Picador)
原著刊行:2008
刊行:2009/05/25
名大生協で購入
読了:2010/06/30
ミラーニューロンの基本的な働きから始まって、それが最後には哲学的な話題へと波及する。 細胞レベルで物まねが行われるということが、人間における自己と他者の関係の基礎になっていると 考えれば、人間が群生動物であることの細胞レベルの基礎がわかったということになる。 その意味で、ミラーニューロンは、人間の社会性の根拠とか自由意志の問題などにまで関係する。

本の作りの上の不満が少しある。 私は、はじめ最初の5章を読んで、その後しばらく中断して続きを読んだ。 そのような読み方をする場合は、索引があると便利なのだが、本書にはついていなくて不便だった。 脳の図が少ないのも私のような素人には不便だった。 記述が脳のどの部分を指しているのかよくわからなくなることがあった。

ところで、別の脳の本の書評で、石浦章一氏が、ミラーニューロンに関して 「マスコミの大好きなミラーニューロンの話も出てくる。 (中略)しかし、単なる運動の時と、相手の心を推し量る時とでは、話が別だ。 一般の人には面白いかもしれないが、私はこの話は嫌いである。」と書いているのを見かけた。 確立されていないことも多いということだろうか?私は素人なので、どう評価してよいかわからない。 本書では共感の話まで出てくるから、著者は、ミラーニューロンは心の問題まで つながっていると考えている。


以下、サマリー

第1章 サルの「猿真似」

ミラーニューロンは、パルマ大学の Rizzolatti のグループが発見した。 グループの重要人物は、Rizzolatti、Gallese、Fadiga、Fogassi の4名であった。 Gallese がものをつかんだとき、猿の「つかむ」ことに関係するニューロンが、 猿自身は何もしていないのにも関わらず発火することに気付いたのだ。 重要だったのは、知覚、認知、運動を司るニューロンがそれぞれ独立してはいないということが わかったことだ。 さらに、ものをつかむときに発火するニューロンには、つかむことができる対象を 見ただけで発火するものがあることも発見された。これは、カノニカルニューロンと呼ばれる。 猿でミラーニューロンの発火パターンを調べてみると、精妙なはたらきがいろいろあることがわかる: つかむものの大きさを区別する、予備知識に依存する、行動の意図に依存する、音だけでも反応する。 ミラーニューロンが、猿の模倣学習に関係していることを示唆する結果もある。

第2章 サイモン・セッズ

模倣は人間の行動を特徴づける。これを思想などにまで拡張したのが「ミーム」の概念である。 猿で見つかったミラーニューロンが人間にもあることを確かめたいと思うのは自然である。 しかし、猿のように脳に電極を刺すわけにはいかないので、 間接的な手法を広範囲に適用していく必要がある。 その結果、人間にもミラーニューロンがあり、 猿のミラーニューロンの位置とほぼ対応していることがだいたい確実になった。 そして、人間のミラーニューロンがある左前頭葉の領域は、言語にとっても重要なブローカ野である。

模倣においては、単に行動をなぞっているだけではなく、意図が重要であることが分かっている。 そして、意図がある行動においては、ミラーニューロンが強く活性化される。 人間が他人の心を理解するのは、仮説演繹法のように行われている(理論説)のではなく、 他人のすることを無意識のうちにシミュレートしている(シミュレーション説)のである。 このはたらきは、ミラーニューロンによって支えられているのであろう。

第3章 言葉をつかみとる

子供の発達においては、身振りが言語に先立つことがある。教師の適切な身振りは学習を助ける。 ミラーニューロンはブローカ野にも存在する。こういったことから、 言語の起源が身振りにあって、ミラーニューロンが深く関わっていると推測できる。 行動を表現した文を読むと、その行動に関わるミラーニューロンが活性化される。 そこで、言語の理解には、ミラーニューロンによるシミュレーションが関わっていると推測できる。

一人で話すよりも、会話をする方が気楽で容易だ。これは考えてみると不思議なことである。 これは、ミラーニューロンによる相互模倣の結果ではないだろうか。 ニカラグアでは、聴覚障害児のための学校ができたとき、手話が自然発生した。 これもミラーニューロンが相互模倣を促進した結果に違いない。 音声の認識においても、他人の発声を聴いているとき、 脳では自分が発声しているようなミラーリングが行われているようで、 これが音声の認識にとって重要らしい。

第4章 私を見て、私を感じて

共感する力も、脳内における模倣が本質的である。 無意識のうちの模倣(シミュレーション)から共感が生まれる。 模倣を司るのはミラーニューロンで、感情を司るのは大脳辺縁系である。 この間は「島(とう、insula)」と呼ばれる領域がつないでいるようだ。

第5章 自分に向き合う

自己の認識にもミラーニューロンが関わっているようだ。 自己の認識は、他者との社会的な相互作用の中で形成される。 鏡の中の自分を自分だと認識できる動物は、霊長類、イルカ、ゾウなど社会性のある生き物である。 自分の写真の認識を試すテストをすると、ミラーニューロンが活性化する。 人は自分の写真を見るとき、まず自分を他者として処理し、 それを自分の上にミラーするという形でミラーニューロンがはたらくに違いない。 自己の認識には、右半球の縁上回(えんじょうかい)のあたりにある ミラーニューロンが重要であることがわかってきた。

第6章 壊れた鏡

赤ちゃんの発達にとってミラーニューロンは重要なようである。子供の脳の活動を調べると、 共感や社会的協調性の発達にもミラーニューロンが大きな役割を果たしているようだ。 自閉症の子供は、ミラーニューロンがうまく機能していないようだ。 自閉症の子供は、とくに表情や感情の模倣ができない。 自閉症の治療には、セラピストが患者を模倣してみせることがうまくいくきっかけになることがある。

第7章 スーパーミラーとワイヤーの効用

偶然から発見ができることもある。著者はたまたま、 片頭痛の発作を起こしている女性の脳の PET 画像を撮ることができた。 血流の減少が脳後部から前部に広がってゆくのが観察できた。

人間では、脳に電極を埋めるような研究は通常はできないが、 てんかん患者に対してはできることがある。 それによると、特定の刺激(たとえば顔)だけに反応する細胞があるらしい。 同様に、特定の行動だけに反応するミラーニューロンもあるらしい。

人間はいつも模倣ばかりしているわけではない。 このことから、ミラーニューロンの活動を制御するスーパーミラーニューロンがあると考えられる。 これに関して、著者らは電極を使った研究を始めている。

第8章 悪玉と卑劣漢―暴力と薬物中毒

メディアに氾濫する暴力は、模倣暴力を誘発する。 これにはミラーニューロンやスーパーミラーニューロンが関わっているのではなかろうか。 このような見方は、自由な意志決定という考え方が必ずしも正しくないことを示唆する。

禁煙に失敗することには、喫煙者を見てしまうと模倣したくなる ミラーニューロンの働きが関係しているのであろう。

第9章 好みのミラーリング

人は、自分が無意識に感じていることをうまく言葉にできないことが多い。 むしろ脳撮像の方が信用できる。 マーケティングで消費者の好みを探るのには、報酬系を使うのが良さそうだ。

筆者らは、被験者にコマーシャルを見せて、 ミラーニューロン、報酬系、実行管理中枢、感情中枢のはたらきを見た。 ミラーニューロンは、広告によって一貫して活性化された。 ミラーニューロンは、広告への一体感を表しているようだ。 反応は、必ずしも広告中の人物の動作と関係があるわけではなかった。

第10章 ニューロポリティクス

政治通の人と政治初心者の人とで脳の反応の違いを調べた。 政治家の顔を見せると、政治通の人ではミラーニューロンの活性が高まった。 政治問題を考えさせると、政治通の人は、デフォルトネットワークが活性化され、 初心者は、デフォルトネットワークの活動が停止した。 デフォルトネットワークとは、基本的になにもしていないときに活動し、 認知課題を行っているときに活動が低下する領域である。

筆者らは、被験者に社会的関係に関する映像を見せて、脳撮像を行ったことがある。 このとき、ミラーニューロンとデフォルトネットワークが活動した。 ミラーニューロンは自己と他者の身体的関係を担当し、デフォルトネットワークは 自己と他者の抽象的関係を担当するのではないだろうか。

第11章 実存主義神経科学と社会

ミラーニューロンの働きによって、私たちは無意識的に即座に他者を理解することができる。 これによって間主観性がすっきり理解できる。

他者との相互作用によって意味が作られ、他者との関与によって人間が作られる。 これは実存主義哲学のテーマの一つである。これもミラーニューロンのはたらきで理解できる。

ミラーニューロンの考え方は、社会のあり方に影響を及ぼすことができるであろう。 よりよい社会を作るために役立てたいものだ。


以下、メモ
fMRI(機能的核磁気共鳴画像法)の原理 pp.79-80
神経細胞の発火に必要な酸素を供給するのは、オキシヘモグロビンである。 オキシヘモグロビンが酸素を失うと、デオキシヘモグロビンになる。 オキシヘモグロビンとデオキシヘモグロビンでは、磁場に対する応答が異なる。 活性化された領域では、オキシヘモグロビンの比率が高くなるのが fMRI によって検出される。 fMRI の不便な点は、被検者が静止していないといけないことである。