理系人に役立つ科学哲学

森田邦久著
化学同人
刊行:2010/06/10
名大生協で購入
読了:2010/07/17
科学哲学の入門書で、私が今まで読んだ中では最も平易で最も網羅的なものである。 入門書としてはよく書かれている。 科学哲学の全体像を見ながら、科学哲学の抱えている問題点がよくわかるようになっている。
以下、サマリー(+私の感想)

I 部 科学の基礎を哲学する

1章 科学と推論
科学において使われる推論のパターン。 演繹と帰納、さらに帰納の中には、枚挙的帰納法、アブダクション、アナロジーなど。
2章 科学の条件
科学の線引き問題。検証可能性、確証可能性、反証可能性。
3章 科学と反証
クワインの全体論、観察の理論負荷性。
4章 科学の発展
クーンのパラダイム、ラカトシュの研究プログラム、ラウダンの研究伝統。 さらに、社会構成主義。
5章 科学と実在
科学的実在論と反実在論。反実在論には、操作主義、道具主義などがある。 論理実証主義者は道具主義の立場である。
反実在論が依拠する議論には、過小決定の問題、悲観的帰納法がある。 ファン・フラーセンは、反実在論の立場で構成的経験主義を作った。 構成的経験主義においては、理論の真偽は問題とせず、経験的妥当性のみが問題であるとした。
実在論を擁護する議論に奇跡論法がある。 最近の実在論の立場としては、介入実在論、構造実在論がある。
アーサー・ファインは、第三の道として NOA(自然な存在論的態度 Natural Ontological Attitude)を提案した。
著者の考えでは、科学者の役に立ちそうなのは、介入実在論である。

II 部 科学で使われる概念を見直す

6章 説明とはなにか
論理実証主義者は DN 説明を説明であるとした。 説明には、そのほか、因果説、統合説などがある。 因果説はいかにも自然だが、論理実証主義者は因果の実在を認めないので DN 説明を考えた。 説明の中には因果的でないものもあるので統合説が現れた。 ファン・フラーセンは、「なぜ」という疑問には文脈があるから 説明も文脈に依存するという「説明の語用論」を展開した。
[吉田感想] 説明には文脈によっていろいろあるというのは、 全くその通りだと思うので、その多様性を理解することが重要なのだと思う。
7章 原因とはなにか
因果についての議論には、単一性・実在性を認める立場と認めない立場とがある。 認めない立場は規則説で、規則的にものごとが継起することをもって因果であるとする。 認める立場では、原因を分析するやり方に、反事実条件文による分析、マーク伝達理論、 保存量伝達理論などがある。ジェイムズ・ウッドワードは「介入理論」を提唱した。 介入理論では、因果の単一性は認めない。
[吉田感想] ものごとの原因は、たいていの場合たくさんあって入り組んでおり、 さらには多くの背景となるものごとがあるのだから、 それを一つもしくは少数の文の分析でわかろうとするのがそもそもおかしい感じがする。
8章 法則とはなにか
法則は、必然的ではないとする立場(規則説)と必然的であるとする立場とがある。 規則説では、法則と単なる偶然的な規則とを区別するために、普遍性、投射可能性、 演繹体型の中に位置づけられることなどを考える。 後者の議論では、必然性のとらえ方の議論にまだすっきりしたものはない。 可能世界を考えたり、普遍者を考えたりする議論がある。ウッドワードの介入理論も使える。
[吉田感想] 地球科学者としては、法則を科学の目的だと考えられるのは困るので、 むしろ法則を科学全体の中で適切に位置づけてゆくのが大事だと思う。
9章 確率とはなにか
確率には、客観的解釈と主観的解釈がある。 客観的解釈には、「相対頻度解釈」、「仮説的な相対頻度解釈」、「傾向性解釈」などがある。 各々の解釈には、それぞれ不十分な点がある。 確率は、理論の確証度の測定などにも応用できるかもしれない。
[吉田感想] 確率は、なかなか一筋縄では行かない。 それは、問題を解いていても時々感じるところである。 確率にはいろいろあるのだと思ってしまってもよいのかもしれないが、 著者によれば、その場合は、それらの異なる概念に同じ「確率」という言葉を用いる理由を 説明できなければならないのだそうだ (p.166)。 数学的には皆同じように扱えるから、では突っ込み不足なのだろう。
10章 理論とはなにか
論理実証主義においては、理論を構文論的にとらえていた。 しかし、これでは同じことがらを別のやり方で表現するということがうまくとらえられない。 そこで、1960 年代から意味論的なとらえかたが出てきた。 そのとらえかたでは、理論はモデルであって、言語外のものである。 モデルは、文、図などさまざまのもので表象される。

III 部 現代科学がかかえる哲学的問題を知る

11章 量子力学の哲学
波動関数の解釈と収縮の問題。EPR パラドックスと非局所相関。 不確定性関係の意味、とくに時間とエネルギーの不確定性関係。
12章 生物学の哲学
進化論の検証(反証)可能性。「機能」とは?道徳の起源は?生命とは?
[吉田感想] ここで紹介されている問題のうち、進化論の検証(反証)可能性は 科学哲学の問題だが、その他の話題は科学で解決される問題だと思う。 たとえば、「機能」を進化と結びつけて論じているところで、 ハトの羽は飛ぶ能力を与えるので生存に有利だという意味で「羽には飛ぶという機能がある」 と言いうると言っておいて、ではペンギンの羽は困るじゃないかという難癖をつけている。 しかし、ペンギンの羽には泳ぐ機能があるので別に困らないんじゃないかと私は思う。 進化というのは、目的があるわけではないので、羽に一方で飛ぶ機能があり、 一方で泳ぐ機能があっても困らない。

ミスプリ1カ所(第1刷)

p.171 l.10
(誤)排反しない → (正)排反する