「赤ちゃん」の進化学 子供を病気にしない育児の科学

西原克成著
日本教文社
刊行:2000/09/25
名古屋栄のあおい書店名古屋本店で購入
読了:2010/03/01

究極の免疫力

西原克成著
講談社インターナショナル
刊行:2004/07/22
名古屋名駅の三省堂書店名古屋テルミナ店で購入
読了:2010/03/08
うちの娘が離乳食をあまり食べたがらないので、ネットを探索してたら、これらの本の著者の西原氏が 離乳食は遅くて良いと言っていることを発見したので、買って読んでみた。 この2冊で重点の置き方はちがうものの、共通の部分も多いので (たくさん本を書いている人にはありがちなことだが)、まとめて感想を書く。 全体としてみると、書いてあることが正しそうだと思える部分と、おそろしく胡散臭く見える部分が あって、どう評価してよいかわからない本であった。 この著者が本当に患者をちゃんと治療しているのかどうか?このやり方で、 場合によっては失敗することは無いのかどうか?といったことが知りたいのだが、よくわからない。

なお、著者のホームページがあり、そこにも関連情報がある。


以下、「「赤ちゃん」の進化学」を AKA、「究極の免疫力」を MEN と記すことにする。
MEN では、「免疫病」の対策が書いてある。まず、著者の定義によると、免疫病とは、
細胞レベルの消化・吸収・代謝を障害する雑多な因子がからみあって発症する多因子性疾患 (MEN, p.147)
ということで数々の難病やアレルギーやガン (MEN, p.160) などを含む。著者によると、 それらの免疫病の原因は、「ほとんど無害の腸内の常在菌が細胞内感染をおこす (MEN, p.226)」 ことにある。アレルギーの原因も、常在菌が身体の中に入ることである (MEN, pp.157-159)。 口呼吸や冷たいもの中毒で、細胞内に細菌が感染すると、IgE 抗体がたくさん産生される。 すると、ダニの死骸やら花粉やらに身体が過敏に反応するようになる、というのが著者の説明である。

そこで、著者によると、免疫病にならない(あるいは治す)ための基本は、たった3つのことである。

  1. 冷たいものを食べたり飲んだりしないようにして、体を温める (MEN, 第4章)。腸を冷やすと、 黴菌が腸から取りこまれて体中にばらまかれ、ミトコンドリアの働きを阻害するとのこと。
  2. 口呼吸を改めて鼻呼吸に直す (MEN, 第5章)。口呼吸だと、雑菌が体に入りやすくなるし、 体を冷やしやすくなる。
  3. 8時間睡眠する (MEN, 第6章)。睡眠が足りないと、新陳代謝や造血が阻害される。
こういうことが病気にならないための基本であるとしている。されにこれに付随して加えるなら (MEN, pp.231-232)、
  1. スポーツ、とくに子供の時の激しいスポーツは避ける。スポーツには口呼吸を招いたり、関節を痛める といった弊害があり、交感神経が過度に緊張するのも良くない (AKA, pp.110-114; MEN, pp.115-116)。
  2. ものをよく噛まないで丸呑みするのは良くない。
といったことに気を付けると良いようだ。

こういう考え方を元にして、この著者はわが国の育児の6つの大きな誤りがあるとする (AKA, p.6)。

  1. 「おしゃぶり」を1歳ころ取り上げる → 4歳ころまで使わせるべきだ。そうでないと口呼吸になる。おしゃぶりは歯並びにも良い。(AKA, pp.72-79; MEN, pp.90-92)
  2. 「おんぶ」「だっこ」をしない、うつぶせ寝をさせる → 「おんぶ」「だっこ」が大切、仰向け寝にすべき。うつぶせ寝には突然死の危険がある。(AKA, pp.152-161; MEN, pp.82-86)
  3. ものをなめさせない → 舌でなめることは大切。舐め回しによって、身近な黴菌に対する抵抗力ができるし、 感覚が鋭敏になる。(AKA, pp.115-123)
  4. 乳母車を早くやめて、歩かせる、ハイハイを十分にさせない → あまり歩かせてはいけない。歩くのは身体への負担が大きく、過度に疲れる。 ハイハイが大切。(AKA, pp.90-99)
  5. 離乳食が早すぎる → 2歳まで母乳で良い。子供の腸は大人の腸とは異なる。早すぎる離乳食はアトピーやらアレルギーやらの 原因になる。(AKA, pp.22-34, 127-147; MEN, pp.75-82, 89-90)
  6. 冷たいミルクを1歳ころから与える → 冷たいものは良くない。(MEN, pp.87-89)

著者は、「自己・非自己の免疫学」を批判する。これがどの程度当たっているのかは、私にはわからない。 正当な批判かもしれないし、間違っているかもしれないし、あるいは ありもしない敵に剣を振り回しているのかもしれない。

自己・非自己の免疫学というのは、免疫が非自己を認識して排除する能力を重視したものである。 とくに臓器移植などではっきり表れる。しかし、著者によれば、移植などは人間が勝手にやるものだから、 そんなことを見ていては本当の免疫の意義が分からなくなるという。たとえば、 Major Histocompatibility Antigen Complex (主要組織適合抗原 MHC) は、臓器移植の適合性から 名付けられた名前だが、本来の役割は古くなった細胞を見分けることにある (MEN, pp.190-192)。

ウイルスや細菌には MHC は無いから、非自己であるにもかかわらず、容易に細胞内に入ってくる。 これが大量に起きて、ミトコンドリアのはたらきを阻害するのが免疫病だというわけである。 (MEN, pp.243-245)


どうもこの著者は、かなり「熱い」人らしい。今の日本の医学界をかなりダメだと非難している。 その批判はけっこう当たっているのかもしれない。というのは、日本の精神科が大学紛争によって めちゃくちゃになったという話 (MEN, p.54) は、精神病の学者の人から聞いたことがあるからだ。

日本の医学の体制が悪い根源を、明治期に遡って歴史的に説明してあるのは興味深かった (AKA, 第7章; MEN, 第2章)。

ところが、さらに批判は勢いを増し、ダーウィニズムを批判し、「エネルギー」という言葉を 物理学用語と異なる意味に用いるに至っては、かなり怪しげな匂いもしてくる。

著者は、進化は重力への対応で起こると言っていて(AKA, 第8章, エピローグ)、 ラマルク的な用不用説が正しいのだとしている (MEN, pp.203-207)。 そして、進化の総合説のようなものは瑣末な事柄しか扱っていないと言う (AKA, p.200)。 これには、エッと驚いてしまう。著者は、口腔外科医で、骨のある生物にしか興味がないというのが 一つの背景ではあるだろうけれど、いかにも乱暴な考えである。ただ、著者の専門論文を見ないと、 本当に言いたいことが正当なのかどうかはっきりとはわからない。

言葉遣いも不用意である。たとえば、

動く骨や筋肉をつくっている細胞の遺伝子の引き金が力学刺激で引かれて、骨がつくり変わって、 それで変形するのである。
まず形が変わって、遺伝子が「後追い」で変化するのである。(AKA, pp.200-201)
などという記述があるが、「遺伝子の引き金を引く」ということと「遺伝子が変化する」ことの 関連の具体的なイメージが見えない。「引き金を引く」という表現はふつう既存の遺伝子の発現に用いるので、 遺伝子が変わることとは関係がない。 それから、「エネルギー」という言葉を「質量のない物質=重力・電気・磁力・気圧・温熱刺激など」 (AKA, p.206) などというふうに説明されると、物理学を学んだ私としては、これだけで嫌になってしまう。 言いたい気分は分からなくはないけど、そんなことに「エネルギー」などという言葉を使うのは 物理学音痴だと言いたくなる。さらには、「宇宙を構成する時間と空間と電磁波動エネルギーと質量のある物質と、 物質に備わった引力、力学エネルギーの五種がすなわち、宇宙にあまねく存在している「色即是空のもの」 なのです」 (MEN, pp.252-253) なんて書かれると「トンデモ系」という言葉が散らついてしまう。

こういう「熱い」人は、本当に「トンデモ」な場合と、本当に熱い研究者で時代を拓く人である場合とがある。 そのどちらであるかは、本からは分からない。ただ、AKA に元東大総長で元文部大臣で物理学者の有馬朗人氏が 推薦文を書いているところを見ると、後者なのだろうと期待はする。


私にとって肝心の離乳食、これがまたわからない。著者は、日本の離乳食は早すぎで、2歳まで母乳で育てよと書いている。 著者の言いたいことは、一応理解できるのだが、その根拠が薄弱に見える。 とくに「アメリカでは、二歳まで母乳で育てます」(AKA, p.28) などと書いてあるのは、 何の根拠に基づくのだろう?たとえば、 アメリカ小児学会の 2005 年の提言を見ると、6カ月までは母乳で良いが、それ以降は、鉄分などを補給するために離乳食も だんだん導入するようにというようなことが書いてある。 WHO の web page にも同様のことが書いてある。たしかに、断乳の必要は無いということは書いてあるけれども、 2歳まで母乳だけで良いということはどこにも書かれていない。 著者の言うとおりにして、子供が貧血になることはないのだろうか? 著者のホームページ によれば、著者は全く心配ないと考えおり、母親がしっかり鉄分やミネラルを取れば良いとしている。 しかし、その根拠は不明で、親が本当に心配する点が十分に証拠づけて書かれていないことは、不満である。 日本人のアメリカ・コンプレックスを利用した質の悪いレトリックかと勘繰りたくなる。

ついでに言えば、日本の保険制度がアメリカに比べて全くなっていないので、日本の医療が 崩壊しているようなことも書かれている (MEN, pp.9-17 など) 。日本の制度が良くないのは そうかもしれないけれど、さりとてアメリカの制度の欠陥も良く指摘されるところなので、 こんな比較の仕方は、私にはやはり嫌な感じがするところである。

一方で、この著者を信じたくなる要素もある。それは、私自身がこれらの本で書かれた悪い例、すなわち、 離乳食が早くて口呼吸になり、そのせいで(?)少しアレルギーがあり、歯並びも悪い、ということに 当てはまる気がするからだ。その因果関係が正しいかどうか私にはわからない。しかし、思い当たる節が 無きにしも非ずなのである。


そういうわけでまとめると、これらの本はいろいろ興味深い部分を含んでいて信じたくなると同時に、 胡散臭いにおいがぷんぷんする困った本なのであった。