モチーフとして数多く登場する春や宇宙や電車などが、 若さというか幼さ(良い意味で)を感じさせる。 掲載されているが書かれたのが1950年頃、ということは終戦からまだ5年しか経っていない。 歌謡曲の「青い山脈」もまた同時代の歌で、 同種の明るさが感じられる気がするのはその時代の空気であろうか。
以下、掲載されている詩のいくつかを取り上げてみる。 自作解説や英訳などを一緒に読むとわかることもあったので、そんなことを中心に書く。
人々の祈りの部分がもっとつよくあるように理屈より祈りが重要だと言っているところに、詩人の戦争への不安感が反映されている。
人々が地球のさびしさをもっとひしひし感じるように
ねむりの前に僕は祈ろう
日本語の方は、それぞれの連の一行目が場所、二行目は「おとし物」と「遺失物係」、 三行目は「僕」がしたこと、という具合に対応している。 これに対して、英語の方は音の呼応があって、 一行目は S という強い子音で始まり強勢が3カ所、 二行目は sound of waves と station of the past が響き合い、 三行目は I で始まり、 something と sadder がともに s の音で始まる。 英語だと題名が Sadness なので、s の音がいたるところで響きあうことになっている。
あの青い空の波の音が聞えるあたりに
何かとんでもないおとし物を
僕はしてきてしまったらしい
透明な過去の駅で
遺失物係の前に立ったら
僕は余計に悲しくなってしまったSomewhere in that blue sky
where you hear the sound of waves,
I think I lost something incredible.
Standing at Lost and Found
in a transparent station of the past,
I became all the sadder
二十億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした
新しい夏がやってくる最後の3つの問いは、作者によれば、 当時の作者の未来に向かった性急な意志のあらわれだそうだ。 実際、何についての問いなのかがあまりはっきりしない。英訳も難しいだろうと思って見てみると
そして新しいいろいろのことを僕は知ってゆく
美しいこと みにくいこと 僕を元気づけてくれるようなこと 僕をかなしくするようなこと
そして僕は質問する
いったい何だろう
いったい何故だろう
いったいどうするべきなのだろうと
what are all these things,ということで all these things つまり、 その前に書かれている「新しいいろいろのこと」に関する質問であるということになっている。 この解釈も十分ありうるけど、もっと漠然とした焦燥感かもしれず、 それが作者自身の解説による「若い性急さ」のあらわれなのだろう。
what's brought them on,
what can I do with them?
この飲みものはお伽話見方によっては、育ちの良い坊やの別荘でのおやつの時間(だと思う)への逃避ではある。 しかし、さらにひっくり返して言えば、育ちの良い坊やの気持ちが素直に現れているとも言える。
このクラッカアは小麦色の牧場
あの雲は古風なフーガ
せめてお三時を夢にしよう
堆積と褶曲の圧力のためだろうかとなっているところが
With accumulation and tectonic shifting,と訳されている。でも、地球科学者なら
Under the pressure of sedimentation and folding,と訳すはずだ。堆積も褶曲も地球科学用語だから、こっちを使ってほしかった。
吾亦紅(われもこう)からとなっているところの英訳が
共産党問題を
女郎花(おみなえし)から
女権拡張問題を
蛍袋から
住宅問題を
連想しろとてそれは無理だ
There's no sense in asking me to assochiateとなっていることで、確かに蛍袋は bell-flower なのだが、 そのほかの2つの植物は日本語と英語が対応していない。なぜだろうか? そもそも日本語の詩の方でなぜこの植物名が書かれているのかがはっきりとはわからない。 私の勝手な想像だと、吾亦紅は「私も赤い」と読めるから共産党を連想させ、 女郎花は「女郎の花」→「強い女の花」と読めばフェミニズムを連想させ、 蛍袋を「蛍の住処」と読めば住宅を連想させるということだろうか。 あるいはもっと深い意味があるのだろうか? すると、英語の方はどうだろう?red poppy で連想するのは、 Remembrance Day (あるいは Veterans Day, Poppy Day)と呼ばれる 戦没者記念日なのだが、共産党との関係は?単に赤いということで関連づけているのだろうか? daphne(学名で言えばジンチョウゲ)で最も連想しそうなのは、 ギリシャ神話のダフネであろう。 ダフネがフェミニズムの原点だと書いてある 論文を見つけた。 女性の自立を連想させるというのは理解できる。 また、ダフネがアポロンの求愛を拒否したという神話からのネーミングであろうが、EC に The Daphne Programme という女性や子供に対する暴力を防止する計画がある。
the red poppy
with the Communist Party,
the daphne
with women's rights,
or the bell-flower
with the housing problem.