カフカは、不条理文学とも言われる。しかし、同様に変テコな世界を描いた安部公房とはだいぶん趣が違う。安倍の小説は、作り込まれ計算された感じがするのに対し、カフカは、感じたままのような雰囲気なのだ。実際、NHKの解説によると、カフカは、頭に浮かんだイメージを一気に吐き出すように書いていくタイプだったらしい。だから、読むのも一気に読んでイメージで感じるのが良いように思う。ただ、新訳文庫版収録の4編のうち後半の「アカデミーで報告する」「掟の前で」は、仕組んだ感じがあった。作家生活も年月が進むと少しずつ作風が変わってくるということだろう。
主人公のグレーゴル・ザムザは、ある日起きてみると虫になっていた。ザムザという名前も、脚の多い虫を連想させる気がするのだが、ドイツ人もそう思うのだろうか?しかし、川島氏の解説によれば、この「虫」は、ドイツ語では Ungeziefer で、必ずしも虫ではないとのこと。Ungeziefer は、害虫や害獣の総称で、人間にとって役に立たないか有害な動物を指すのだそうだ。つまり、「変身」の「虫」は、役にたたないという意味で世界から疎外されていると感じるグレーゴルの心そのもので、だから引きこもりなのだ。なお、その意味では、昔の訳の「毒虫」(青空文庫版がそう)はちょっと違うとのこと。
物語の終わりに、虫はどんどん居場所がなくなって死に、家族は解放されてホッとする。川島氏は、ここにマイナス面だけではなく、プラスのメッセージも読み取っている。それは、核家族化に伴う家族関係の過度の濃密化からの解放である。
翻訳はやはり最近のものの方が読みやすいと感じる。青空文庫版、NHK解説版、新訳文庫版を比べてみると、青空文庫版は古い翻訳なので訳がこなれておらず、光文社古典新訳文庫の訳が一番すうっと読める。中ほどの一節で以下に比べてみる。
光文社古典新訳文庫収録のほかの3編についてもいくらかメモしておく。
グレーゴルはある朝起きると虫になっていた。
「虫」は Ungeziefer で、有害な小動物のこと。虫とは書かれていない。カフカは、表紙の絵に虫を使わないように頼んでいた。Ungeziefer は、語源からいえば、「ささげものに使うことができない、役に立たない」ということ。
変身は、カフカの願望であるといわれている。虫になることで、仕事に行かなくてすむ。
カフカは、父親にコンプレックスを抱いていた。父ヘルマン・カフカは、貧乏だったが商売で成功して金持ちになった人。父は、フランツがエリートになることを望んだ。そこで、フランツは官僚になった。フランツは、作家になりたくて作家と官僚の二重生活をしていた。
カフカは、周囲との葛藤で生きづらさを感じていた。
[カフカの恋愛] 一番長くつきあったのは、フェリーツェ・バウアー。2度婚約したものの、婚約解消。一度目は、カフカが自分が結婚に向かないと考えたため。二度目は、カフカが結核にかかったため。カフカは手紙をたくさん書いた。その中には、地下室に引きこもる願望が書かれている。「変身」は、その意味でカフカの願望の反映でもある。
カフカは、結婚に対して葛藤があった。結婚しようと考えると、結婚できないと思った。葛藤が創作の原動力だった。
カフカの葛藤は、「変身」にも反映されている。当たり前のコースからドロップアウトして前に進めない状況。
とくに妹のグレーテの変わりようが印象的。食事の世話や部屋の掃除もおろそかになってゆく。仕事が忙しくなると、そうなるのは仕方がないかもしれない。
当時、プラハはドイツ人が支配していたが、チェコ人が力を付けてきた。そこで、ドイツ語を話すユダヤ人が憎まれ役になってきていた。それで、居場所のなさを常に感じる環境にあった。
作品「城」のあらすじ:Kは伯爵に呼ばれた測量士。しかし、なかなか城にたどり着けないし、来なくてよいと言われる。何とか城に入ろうと手を尽くすものの、結局城にたどり着けない。 「城」の主人公はけっこうしつこい。「変身」と「城」の間には第一次大戦があり、心境の変化があったようだ。強く生きるユダヤ人難民の姿を見て、心境が変わったのではないか。
[あらすじ]
サラリーマンのグレーゴル・ザムザは、ある朝突然虫に変身。家族はグレーゴルを部屋に閉じこめる。妹が世話をする。あるとき母親がグレーゴルを見て失神。それで父親がリンゴを投げつける。間借り人の前に姿を見せる。翌朝、グレーゴルは死ぬ。
頭木:若いとき、「変身」に共感した。
頭木:年齢が経つと、まわりの家族の気持ちもわかるようになる。
頭木:妹の視点。家具を部屋から出そうとする。これが兄を追いつめてしまう。助けるためには、相手が困っていないといけない。それで相手を困らせるという二重性。
川島:グレーテの変化。まず、兄の世話をすることで変わる。次に、仕事をすることで変わる。
カフカの言葉
将来に向かって歩くことはできません。将来に向かってつまづくことはできます。一番うまくできるのは倒れたままでいることです。
頭木:カフカは、自分の弱さに固執する。弱いということは、いろいろなことに気付くことができるということ。
頭木:私は突然難病になった。「変身」は、一緒になって泣いてくれる友だった。わかり合えていることが救いになった。
川島:カフカの書く世界は乾いている。一緒には泣いてくれない。
川島:カフカは結核になって解放されたけれども、そうすると書かなくなった。別の葛藤が始まってふたたび書くようになった。
頭木:「変身」のようにネガティブな小説も必要。
川島:解決策のない世界、人間のネガティブな面が書かれている。