紫式部 源氏物語

三田村雅子著
NHK 100分de名著 2012 年 4 月、NHK 出版
刊行:2012/04/01 (発売 2012/03/24)
福岡姪浜の福岡金文堂姪浜南店で購入
読了:2012/04/25
「100分で名著」シリーズ、昨年は哲学系のものが多かったのだが、今年は文学系が多くなりそうだ。なにしろ、司会が伊集院光に代わっているのだから。 今回は、源氏物語の解説である。源氏物語を「名著」と呼ぶべきかどうかは私は疑問だと思うが、記念碑的な著作であることは確かなわけで、描かれている人間模様がどう読み解かれるかが面白いところ。

放送の中では、ゲストとして出ていた林望のコメントが面白かった。夕霧や柏木のことを野暮天と言うなど、ちょっとしたユーモアが感じられるコメントをしていた。

以下、テキストと放送のメモ。


テキストのメモ

とくに注意を引いた部分をメモしてゆくことにする。

第1回 2012/04/04 光源氏のコンプレックス

第2回 2012/04/11 あきらめる女、あきらめない女

登場する女性の紹介、とくに、六条御息所、紫の上、明石の君
六条御息所
六条御息所は、光源氏との間に子供ができなかったために、葵の上に比べて立場が弱くなってしまう。 六条御息所の生霊やらもののけがたびたび出てくるのは、光源氏の心のやましさの反映である。
紫の上
源氏物語には、桐壺更衣、藤壺中宮、紫の上と連なる「紫のゆかり」が出てくる。紫の上は、愛する藤壺の姪で、 藤壺そっくりであったので、源氏が引き取って養育する。やがて事実上の正妻となる。 紫の上は、表裏が無い性格で、光源氏が誰よりも心を許せる相手となった。
明石の君
明石の入道の娘で、光源氏との間に姫君を生む。明石の入道は、経済力はあるけれども格が低い。 それで、明石の君は、心を抑える性格になった。

第3回 2012/04/18 体面に縛られる男たち

「若菜」の帖から、光源氏の後半生となり、中高年になった源氏の危機が描かれる。源氏は、紫の上がいるのに、若い女三の宮を正妻に迎える。女三の宮は藤壺中宮の姪であって、やはり「紫のゆかり」につながる。しかし、この結果、源氏は、紫の上と女三の宮の間で苦しむことになる。源氏は、紫の上が最高の伴侶であったことに気付いたのだが、女三の宮は朱雀帝の娘だから大切にしなければならず、二人の間で煩悶する。紫の上が心労から病に倒れ、源氏がその看病をしている間に、女三の宮は柏木と密通して薫が生まれる。そして、女三の宮は源氏の棘のある言葉に耐えられず、出家する。

第4回 2012/04/25 夢を見られない若者たち

「匂宮」の帖からは、源氏の死後の子孫たちの物語になる。とくに最後の十帖である「宇治十帖」は、上手にできた物語になっている。ここでは、女三の宮と柏木の子である薫と、源氏の孫の匂宮、そして二人と関係を持つ浮舟が主人公になる。薫は、真面目で礼儀正しいが優柔不断である。匂宮は、活発だが思慮分別が足りない。二人ともまだ母親からあまり自立していないお坊ちゃまである。薫は浮舟に惹かれて、浮舟を宇治に住まわせる。それを聞きつけた匂宮は、強引に浮舟を奪う。二人の間で悩んだ浮舟は入水自殺を図るも、僧に助けられて、出家する。「宇治十帖」が書かれた時期は、藤原道長政権に翳りが出てきており、それを反映して夢の無い物語になっているのではないだろうか。

放送のメモ

第1回 2012/04/04,07/04

[紫式部の人となり]
父は学者で、教養あふれる女性だった。20代後半で結婚したが、間もなく死別。そのうち源氏物語を書き始めた。 最初は同人誌みたいなものだった。そのうち評判が広がり、藤原彰子の家庭教師になって、彰子の父の藤原道長がパトロンになった。源氏物語は、一条天皇も気に入った。 紫式部は、人付き合いは下手な人だったらしい。だからこそ、長大な物語を書いたのであろう。

[初めの方のあらすじ]
光源氏は帝と桐壺の子。桐壺は、天皇の寵愛を受けたために、壮絶ないじめに遭った末死去。光源氏は皇族からは外される。帝はやがて桐壺に生き写しの女性藤壺を娶る。 光源氏は葵上と結婚する。が、光源氏と葵上はうまくいかない。光源氏は藤壺の面影を追い求めて、次々と禁断の恋に走る。

[光源氏の人生曲線]
人生最初は下降線で、須磨へ下ったところがどん底。それを抜け出すと、都へ呼び戻される。 それは、光源氏と藤壺の子である冷泉帝が即位したから。光源氏は、やがて太政大臣になり、39 歳で准太政天皇になる。

[光源氏の名前の由来]
光源氏はニックネーム。顔色の良い美しい皇子だったから。一方で、天皇になりそこなった皇子たちを「光」という言葉で形容することが以前からしばしばあった。

第2回 2012/04/11,07/11

今日はヒロインの女君たちに焦点を当てる。

[雨夜の品定めの場面]
男たちの下世話な女談義.中流の女性の話で盛り上がったりする。

[ヒロインたち]
一帖だけに短く登場する女性と、長く登場する女性とがいる。長く登場する女性の代表格が、六条御息所、紫の上、明石の君である。

[六条御息所]
光源氏の年上の愛人。身分は高く、裕福で教養がある。正妻の葵の上が先に身ごもり、かつ年上という引け目もあった。葵祭で、正妻葵の上の一行に恥をかかされる。生霊となって、葵の上にとりつく。世間体が大事だった人。いつも不安感ばかりで精神的に追いつめられる。

[紫の上]
光源氏が一番愛した女。光源氏は、北山で、ある少女に目を留める。藤壺の姪で、藤壺に似ていた。少女のときから連れてきて、やがて妻に迎える。言い換えると、光源氏は紫の上を拉致監禁した上で、良い女性になるように育て、無理矢理妻にしてしまう。でも、正妻にはなれず、やがて身分の高い女三の宮が正妻になる。

[明石の君]
都落ちの日々のうちに結ばれた女。明石の入道の娘。源氏は、娘を連れて行って、紫の上に育てさせる。姫君は、やがて東宮に入内する。明石の君は、結局、子供を取られて、源氏もあまり通ってこなくなったわけで、寂しい思いをする。

第3回 2012/04/18,07/18

源氏物語の弾性たちを「若菜」の帖を中心に見て行く。

ゲスト 林望

林「男の気持ちもよく描かれているし、あらゆるタイプの男が描かれている。 紫式部は、女も男も書けた作家。男女の両方が描けたというのは、奇跡に近い。」
三田村「「若菜」は、光源氏の老いの始まり。権力の頂点で老いが始まる。」

ストーリー「源氏は、朱雀帝の娘である女三の宮を正妻に迎える。紫の上は出家を望んだが源氏はそれを許さず、紫の上は精神的に追いつめられて、病に伏せる。 源氏は、若い女三の宮に飽きたらず、改めて紫の上のかけがえのなさを認識する。」

三田村「源氏は、「僕、現役だよね」ということを示したかったので、結婚したのではないか」
林「作者の立場から言えば、紫の上の良さを引き立たせるために女三の宮を登場させた。正妻ではない紫の上の引け目を際立たせるようにした。」
林「今までメインルームにいた紫の上がアネックスに追いやられる。源氏は、紫の上に本当は惹かれながらも、形の上では女三の宮のもとに通わないといけない。その分裂が源氏を精神の崩壊に追い込む。」
三田村「年をとってきた紫の上の不安が描かれる。紫の上は優等生的に振る舞おうとする。光源氏は、紫の上の大切さを認識するが、正妻をほったらかすわけにはいかない。」
林「紫式部は、ハッピーな物語など無いと主張している。」

ストーリー「次に源氏の息子世代の夕霧と柏木が登場する。夕霧は、高学歴、まじめ、政治的に有能。」
三田村「夕霧は、まじめだが融通が効かない。」
林「夕霧は、野暮天。いかに魅力が無いかが筆を尽くして描かれている。」
ストーリー「柏木は、女三の宮と密通。柏木は、美男子、スポーツマン、音楽が得意。」
林「夕霧は、魅力的ではないストーカー。柏木は、ワンパターンで求愛してしまう野暮天。」
伊集院「ダメ人間が登場し始める。」
林「優れた作者は、それまでのストーリーを壊してゆく。」

ストーリー「女三の宮と柏木の不義密通に源氏が気付く。藤壺と源氏との密通のしっぺ返し。」

林「源氏は柏木に「いつまでも若いと思うなよ」なんて意地悪なことを言う。柏木は源氏にいびり殺される。このあたり、源氏はイヤなやつ。」
三田村「紫の上は心が離れてゆく。紫の上と源氏の心のすれちがい。」
林「源氏は、紫の上が死んだ後、腑抜けのようになる。」
三田村「本当は、紫の上は源氏にとって一番大切で、源氏は紫の上にとって一番大切であるにもかかわらず、最後までお互いの言葉と思いがすれ違う。」

第4回 2012/04/25,07/25

今日は「宇治十帖」。源氏が死んだ後の若者群像。

ゲスト 香山リカ

三田村「夢を捨てたときに新たなドラマが生まれる。」 島津「宇治十帖は、迷える若者たちの物語。」

ストーリー「宇治十帖は、匂宮(源氏の孫)と薫(柏木と女三の宮の子)の物語。彼らはスーパースターではなく、普通の人。 薫は、美男子、優柔不断、根が暗い。まじめで、本気で「下心はありません」と言って女性をくどく。 自分が光源氏の本当の子ではないかもしれないと悶々と悩んでいる。」
香山「最近は、自分探しをしている人が多い。ある程度豊かな時代の反映ともいえる。自己愛的。」
三田村「薫はひとりごとが多い。和歌でもひとりごとを言っている。つぶやキスト。」

ストーリー「匂宮は、美男子、天皇の息子、情熱家、明るく社交的。」
三田村「匂宮は、わがままなお坊ちゃんでトラブルメーカー。」
ストーリー「匂宮は薫に対する対抗意識が強い。匂宮という名前も、薫が香しいので、それに対抗して香をきつくたきしめていることから。匂宮は、薫が愛した女性しか愛せない。」

背景「宇治十帖は、都から離れた宇治が舞台。宇治十帖は、今日で火事が頻発したりした不安な時代に書かれた。」

ストーリー「薫は大君に惹かれる。しかし、大君は薫を受け入れるつもりはなく、想いはかなわぬまま、大君は亡くなる。やがて、薫は大君の異母妹の浮舟に惹かれる。それを知った匂宮は、薫を装って強引に浮舟と想いを遂げる。冷静な薫と情熱的な匂宮。浮舟はやがて匂宮に惹かれるようになる。薫と匂宮の二股関係に悩んだ浮舟は、川に身を投げる。」
三田村「宇治十帖の時代は、道長の時代にかげりが出てくる。」
香山「浮舟は、情熱的な匂宮に惹かれる。今のトレンディードラマみたい。」
三田村「浮舟は身分が低かったので、薫は安心して近寄ったのではないか。薫は、浮舟に大君のイメージを重ねていた。」
島津「薫も匂宮もひどい!」
ストーリー「浮舟は、匂宮の情熱的な愛に溺れながらも、心は千々に乱れる。」
三田村「浮舟にしてみると、匂宮では将来が心配だ。一方、薫はしっかりしている。そこで、心は激しく揺れ動く。悩みは深い。」
三田村「浮舟はいつも自分をみつめている。」

ストーリー「浮舟は助けられたが、記憶を失う。立ち直った後、出家する。浮舟は一人で生きて行こうとするのだった。」
香山「浮舟は新しい人生を歩みだすところがすごい。」
三田村「浮舟は、弱さと強さが交錯しているところが好き。書くことで自分に気付いて、書くことで新たな生き方を見出だす。」
三田村「書くということで、浮舟と紫式部が重なる。」
香山「宇治十帖では、普通の人の物語が展開されている。」