「普天間」交渉秘録

守屋武昌 著
新潮文庫 9530, も 36 1、新潮社
刊行:2012/09/01
文庫の元になったもの:2010/07 新潮社刊
福岡空港の SORA Books 2ビル出発店で購入
読了:2012/12/20
元防衛事務次官で、退任後収賄で有罪となった著者が、防衛事務次官時代の記録を綴ったものである。 著者は、収賄は無かったと書いている。本書では、主として普天間の辺野古移設問題が 取り扱われており、さらに防衛庁の省格上げ問題も扱われている。 本書を読むと、官僚のトップがいかに神経ばかりすり減らすような無駄なことを させられているかがわかる。政治や行政というのは魑魅魍魎がうようよしているようだ。 その中で、著者が普天間問題や省格上げ問題に奔走してきたようすが書かれている。 ここに書かれていることは実名だからすべて本当のことだと思う (もちろんまだ公に出来ず伏せられていることもありそうだけど)。 そもそも、何日の何時に何をしたというような細かいメモを著者が残していたことに驚く。

この本は、事務次官として、立場上やらなければならないことをいかに誠実にやったかが 書かれている。あまり書かれていないことは、次官就任前の普天間問題のいきさつとか 普天間問題や省格上げ問題の根本的な考え方の是非に関する議論である。とくに、普天間返還の 元となった 1996 年の SACO 合意に関する著者の立場は、「次官になったときには すでにあったものであり、普天間基地の危険を減らすために必要だったことであり、 それを忠実に実行してゆくことが次官としての役目」ということである。それから、 しばしば問題になる思いやり予算等でアメリカが日本から過大にお金をせびり取っていると 見られる問題に付いては触れられていない。アメリカとの問題で扱われているのは、 辺野古の建設予定地の位置に関する厳しい交渉の様子である。

まず、著者が次官のときの関係する閣僚がだれであったかということをまとめておく。 Wikipedia 等の情報を元にして表にしてみる。守屋氏が次官だったのは、2003/08/01 から 2007/08/31 までの4年間余りである。これは異例の長さであり、守屋氏の優秀さを 官邸が評価したためであると、本書からは推測される。途中で守屋おろしも何度か起きたようだが、 その都度官邸が守ったようだ。だが、最後は小池大臣にかなり強引に辞めさせられる。

総理大臣小泉純一郎 (2001/04/26-2006/09/26)安倍晋三 (2006/09/26-2007/09/26)
防衛庁長官・防衛大臣石破茂 (2002/09/30-2004/09/27)、大野功統 (2004/09/27-2005/10/31)、額賀福志郎 (2005/10/31-2006/09/26)久間章生 (2006/09/26-2007/07/04)、小池百合子 (2007/07/04-2007/08/27)
沖縄県知事稲嶺恵一 (1998/12/10-2006/12/09)仲井真弘多 (2006/12/10-)
名護市長岸本建男 (1998-2006/02/07)、島袋吉和 (2006/02/08-2010/02/07)島袋吉和 (2006/02/08-2010/02/07)

著者によれば、普天間移設問題が進まないのは、第一義的には稲嶺、仲井真両沖縄県知事と 島袋名護市長のせいである。結局、みんな利権のために不誠実な対応を続けている。 要するに北部振興策という名の下に金を吸い取りながら、不当な要求を繰り返し、 計画が進まないようにしている。 この3者とも自民党推薦で辺野古移設賛成を掲げて当選したというところがおもしろいところである。 しかし、辺野古移設に賛成するような人は利権まみれなのだろう。そういう人が首長であるおかげで、 防衛大臣や総理大臣や著者が苦労しているのがわかる。自民党も人を見る目が無いものである。 とくに島袋名護市長は、滑走路を海側にずらして環境を破壊するという主張を何度も繰り返し、 呆れたものである。埋め立てが多いほど建設費がかさむので、地元建設業界が潤うと言うわけで、 とんでもない首長がいたものである。稲嶺沖縄県知事は、海上に軍民共用空港を作るという 選挙公約を掲げて当選したにもかかわらず、任期中の8年間ほとんど何もしなかった (e.g. pp.36-39, 324-325)。

そういうわけで、辺野古移設が進まないのは、世間でなんとなく思われているのとは異なり、 防衛庁(防衛省)が強引なためでも、環境派が反対するためでもない。 本書によれば、守屋次官は、環境派の反対を避けるために、新基地をできるだけ 陸側に寄せる案でアメリカの合意を取りつけていた。それが、沖縄(県知事と名護市長)が 無理矢理沖に出すというので妥協したのが現在のV字型案のようである。 いったんV字案が決まってからも、沖縄はやっぱりもっと沖に出すという主張を何度も繰り返して、 引き延ばしをする。ケビン・メアの「沖縄はゆすりの名人」という発言も このへんを背景に考えないといけないのかもしれない。太平洋セメントの諸井虔相談役も 以前こう言っていたそうである。

政府は沖縄に悪い癖をつけてしまったね。何も進まなくてもカネをやるという、悪い癖を つけてしまったんだよ [p.218]
守屋氏としては、環境派の反対を避けるためにも、できるだけ米軍基地内に作りたくて、 陸上案もだいぶん検討したようである (pp.62-68)。しかし、山が邪魔になるということで 断念し、海上に少し出した案にしたとのことである (pp.76-81)。

そのような背景があるので、本書の中では、沖縄県知事や名護市長はボロクソに書かれている。 さらに、外務省、外務大臣も、アメリカ寄りだし、守屋氏を中傷する情報を流していることが 示唆されている。防衛大臣の中では大野氏の評価が高く、額賀氏もやや手ぬるいけど高評価、 久間氏、小池氏はボロクソである。久間大臣は、沖縄の利権首長たちにちょっと譲るような 発言をしたり、アメリカを怒らせる発言をしたりしたが、結局沖縄との交渉がうまくいくわけでもなく、 最後には失言問題で辞任してしまう。著者は、にっちもさっちもいかなくなった久間大臣が、 わざと失言して辞任したのではないかと推測している (pp.416-420)。 小池大臣は、仲井真沖縄県知事と島袋名護市長の意に添うように、守屋氏を辞めさせたという 情報がある (p.433)。しかも、人事に関する不文律を勝手に破った (pp.429-434)。 一方、小泉、安倍の両総理大臣はブレないし、守屋氏をサポートしてきている。 私は、小泉首相がブレないので人気があるというのが、いままでよくわからなかったが、 こういう意味だったのかと気付いた。もっとも安倍総理大臣は、小池防衛大臣を任命したという 意味では、人を見る目が無いのであろう。

普天間の辺野古移設問題を考える上では、マスコミが使いがちな反対派と賛成派の二分法で 見てゆこうとすると何も見えない。少なくとも以下のような分類が必要である。

もちろんこれでも簡単化のし過ぎだろうが、少なくとも上のような方向性はあるだろう。交渉がもつれるのは当然である。 守屋事務次官が相手にしていたのは、主として米国と沖縄の利権派首長たちで、時には結託して向かってくるので、やっかいである。地元土建業者から米国に賄賂がわたっていた疑いもある。

防衛庁の省昇格に付いては、とくに二階俊博国会対策委員長の尽力があったことが書かれている (e.g. pp.294-296, 311-313)。 ここでは、国会対策というのもなかなか無駄な努力をたくさんしないといけないものだということが 書かれている。

国会対策の基本は、無駄を承知で弾を数多く打つことである。政局は時々刻々と変わるから、 決め手は存在しない。丁稚のように低姿勢で、あらゆるところに頭を下げ続けることである。 [p.297]
しかし、論理ではなくこんなことで日本の政策が決まっているのかと思うと恐ろしい気もする。 それとともに、政治家は威張っているなと思う。