9条どうでしょう
内田樹・小田嶋隆・平川克美・町山智浩 著
ちくま文庫 う 29 2、筑摩書房
刊行:2012/10/10
文庫の元になったもの:2006/03 毎日新聞社刊
H君より借りた
読了:2012/12/24
護憲(とくに9条を守ること)と言えば、日本ではいわゆる革新政党が支持しており、
改憲は保守の自由民主党の党是だったために、「護憲=革新=非現実的」と見られがちだが、
私から見るとこれは全くおかしい。自衛隊を認める立場の護憲は「護憲=保守=リアリスト」である。
自衛隊は違憲だと言って、自衛隊を認めないか、憲法を認めないかという二者択一の問題にするのが
「革新=非現実的=イデオロギスト」なのである。自衛隊は違憲だと言った瞬間、
改憲派も護憲派も等し並に「革新=非現実的=イデオロギスト」になる。
理由は以下の通り。
保守主義というのは、そもそも今までうまく行っていたものはうまく行く理由があるに違いないのだから、できるだけ変えず、変えるとしても少しずつの変更で行きましょうという構えである。
だから、憲法9条を守るということは、「今まで60年余り日本は9条で平和でいられたのだから、
とりあえずどうしてそうだったかをよく考えて、変えるのには慎重でありましょう」
ということなので、これは全く保守的な態度なのである。
そして、リアリストというのは、論理や理想よりも、現実がどうであるかを重視する態度である。
現実は、自衛隊と憲法9条はなんとか共存しているし、
憲法9条は日本が戦争に巻き込まれるのを防いでいると思うので、そのことを重視すれば、
護憲はリアリストの立場である。
私としては、憲法9条が、好戦国家アメリカに対する小さな抵抗装置として働いていることで、
今のところ一応満足している。アメリカに抵抗するのは、「普通の国」でも難しいということは、
イラク侵攻によって示されている。日本の場合は、憲法くらいでないとなかなか抵抗できない。
そういうわけで、憲法9条問題は、いわゆる「保守vs革新」という陳腐な構図で語られてはならない。
この本の論者はみんなそのような「保守vs革新」を離れて議論をしており、興味深く読めた。
以下、各論者の論点を箇条書きにまとめる。とくに、いつもながら、内田氏の議論は、視点が普通の議論と違っていてなるほどと思わせる。
- 内田樹「憲法がこのままで何か問題でも?」
- 法律は悪いことをさせないためにある。憲法9条は戦争をさせないためにある。
改憲論者は戦争をして良いように9条を改めようとしている。これがおかしいことは、
殺人罪を考えてみると分かる。もし刑法を「自衛のために殺人して良い」と書き改めたならば、
殺人者は人を殺せる条件を探し出すだろう。
- 「武」の本質は、封印されることにある。憲法9条は、自衛隊の武の正当性を根拠づけている。
- 外交で大切なのは、整合的なことではなくて、リスクをヘッジすることである。
- アメリカの占領政策は、日本というリスクを最小化しようとした。そのために、
平和憲法を制定するとともに、アメリカの後方支援部隊として自衛隊を作った。
このことによって、アメリカは好都合な同盟国を得た。
- 日本は、戦争をするなという命令だけを聞く護憲派と、戦争の手助けをしろという命令だけを聞く改憲派に分裂した。これは人格分裂という狂気である。
日本は、アメリカの奴僕国家であるという現実を直視することを避けて狂気を選んだ。
そのことによって、日本に取っての真の問題は内政問題であって外交問題ではないという信念が定着した。日本がアメリカの従属国であるという現実を見ないで生きることが出来た。
- 日本は、病とともに生きるのが良いと考える。日本はこれまで、問題に直面することを先送りするという疾病利得を得てきた。
- 日本はしばしば必要以上にアメリカを怒らせている。たとえば、首相の靖国参拝は、アメリカが決めた A 級戦犯を否定しているのだから、アメリカに対する挑戦である。
日本人は中国や韓国の反応ばかり気にしているが、本当に不快になるはずなのはアメリカ市民である。
これに無頓着な原因は、日米間には重要な問題が無いという非現実的な仮定を採用したことによる。
- それでもなお、日本は病識を持ちながら病み続けるのが良いであろう。
アメリカの占領政策も、日本が従属国だということを日本人に意識させないように注意深く行われていた。そのおかげで、日本は反米国家にならず、アメリカは親米従属国作りに成功した。
これは日本人にとっても良い選択だったと考える。
- 改憲論者は、疾病利得を過小評価しており、改憲したら何が起こるかをちゃんと考えていない。
9条を廃止したところで、アメリカは日本の主体的軍事行動をを許さないだろう。
アメリカは、その上、国防予算を上げろと言い、アメリカの武器を買えと言ってくるだろう。
アメリカは、アメリカ人が行きたくないような無意味な戦場に自衛隊を派兵することを提案するだろう。
それによって、日本はアメリカの従属国であるという現実に直面することになるはずだ。
- 改憲論を取るならば、アメリカと戦争をする権利を持つということでなければならない。
すると、改憲後には、日米安保条約を破棄し、駐留米軍基地を廃止し、核兵器開発をするというのでなければ筋が通らない。しかし、アメリカがそれを許すという見通しがあるのだろうか。
- 改憲しないと北朝鮮が攻めてくるという人がいる。しかし、日米安保条約が空文であると考えない限り、現実的にはあり得ない。かりに日米安保が機能せず、日本が侵略されたらどうなるだろうか。
アメリカは日本という同盟国家を失う。そして、日本は好戦的な復讐国家となり、アメリカと刺し違えることを悲願とするだろう。それは世界にとっての悪夢となるのではなかろうか。
- 町山智浩「改憲したら僕と一緒に兵隊になろう」
- 著者は実のところ、軍隊好きの兵隊オタクだ。でも、改憲には慎重でありたい。
- 平和や不戦を憲法に謳った国はたくさんある。そのような国でも軍隊はある。
日本国憲法が特異なのは9条2項である。
- 憲法の大事な部分を変えている国など無い。よくドイツは改憲しているという人がいるが、変わっているのはテクニカルな細かい部分だけで、重要な部分は変わっていない。もちろん戦争禁止条項はそのままである。
- 押し付け憲法も良くある話だ。アメリカ憲法も金持ちの白人男性が作ったもので、それ以外の人に取っては押しつけだ。
- 憲法は目指すべき目標であって、現実にあわせて簡単に変えるものではない。例えば現実に差別があるからといって、14条の「国民の平等」を撤廃するだろうか。
- 憲法は国家権力が守るべき法律である。だから国民の義務は最小限書かれていれば良い。改憲論者の中には愛国心に関する条項を入れようとするものがいるが、憲法というものがわかっているのだろうか。アメリカ憲法は、人民が政府と闘う権利まで保証している。
- 改憲の中曽根試案では、民族と国民を同一視している。しかし、近代国家における国民は特定の民族を指すものではない。
- 改憲派の人は兵隊になれ。年齢は関係ない。歳をとっても兵隊はできる。
- 改憲派の人は、自虐史観が日本人の誇りを傷つけたと言う。しかし、改憲派も、日本は今のままじゃダメだという具合に日本の悪口ばっかり言って、日本人の誇りを傷つけている。
でも、日本はそんなにダメじゃない。
- 小田嶋隆「三十六計、九条に如かず」
- 9条は国防に役に立っている。極東アジアの現状からすると、
「平和ボケ」の表情を浮かべて暮らすことが、最も平和的な生き方である。
- 憲法は理想を表明する装置であり、理想は高く掲げなければならない。
- 日本国憲法は、国民の生命を何より優先して防衛するという優れた国家観の表明である。
- ネット右翼の人々は、韓国を毛嫌いしながら、日本が韓国のような国になることを理想としている。
たとえば、国のために命を投げ出すとか、国のために団結して闘うとか、仮想敵国の不幸を喜ぶとか。
韓国は徴兵制だし、これにみんなあてはまる。
- 平川克美「普通の国の寂しい夢ー理想と現実が交錯した二十年の意味」
- 憲法は、政治をする者たちに規範を与えるものである。
- 改憲をしなくてはいけないような世界情勢の変化は無い。
- 憲法のおかげで、戦後60年間、国際紛争を直接の原因とした一般国民の死者は出ていない。
- 憲法には理想が埋め込まれている。政治家はそれにリアリティを与えるように努力し続けなければならない。憲法は権力者の自由を制限するために存在している。
- 正義を振りかざすことは、戦争の原因となる場合が多い。アメリカのイラク侵攻も正義の名の下に行われたが、大義が無いことがすでに明らかになっている。
- 現在の憲法には、在野の学者の憲法研究会や憲法懇談会の案が影響を与えている。その意味では、現行憲法は日本とアメリカの理想主義者の合作なのである。
- 現実はすでにあるものではなく、作り出すものである。理想を軽蔑する者は、軽蔑されるような現実しか作り出すことは出来ない。現実的であるとは、理想と現実のギャップに折り合いをつけて行こうとする態度である。理想を嘲笑する者に改憲をしてもらいたくはない。