群れはなぜ同じ方向を目指すのか? 群知能と意思決定の科学

Len Fisher 著、松浦俊輔 訳
白揚社
刊行:2012/08/10、刷:2013/01/10(第4刷)
原題:The Perfect Swarm
原出版社:Basic Books (Perseus Books グループ)
原著刊行:2009
福岡天神のリブロ福岡天神店で購入
読了:2013/07/11
広い意味での複雑性の科学の中から、日常的な意思決定に役立つことを取り出してまとめてある解説本。 視点もユニークだし、引用されている研究は、ごく最近の新しいものを含んでおり新鮮だ。 この手の研究がいろいろあることは知っていたが、まとまった解説を読んだことが無かった。 これはコンパクトにまとまっていて良い本である。

一般向けの本だけれども、参考文献と索引はきちんとしているのが良い。日本語の本だと、よく参考文献が無いのがあって困るが、 翻訳書なので充実している。参考文献は、この本で言えば、誰に聞いたら詳しく分かるかを示すネットワークのリンクの役割を果たすものなので (本書 第7章 pp.167-168 参照)きわめて重要なのだが、日本の出版業界にはそのことが浸透していないらしい。 このような考え方が浸透することを望むものである。


サマリー

第1章 群知能―集団から生まれる新しい知性

群知能 Swarm Intelligence

第2章 群れと自己組織化

群れが全体的に動くダイナミクスの源は何か?
イナゴの群れ
イナゴは3つの規則に従って動いているだけである。これだけで群れの行動が説明できる。その規則は、 正面にいるイナゴについていく、脇にいるイナゴに遅れないようにする、後ろのイナゴとの距離を保つということである。 整列、回避、引き寄せ、という言い方もできる。[吉田注:2つの言い方は微妙に違うように思う。]
ミツバチの群れ
ミツバチは単に群れているだけではなくて学習をする。尻振りダンスが有名だが、これだけでは説明できない。 というのも、巣は暗いので、ダンスが見えているミツバチはほんの少数だからである。正しい説明は、 少数の目標を知っているミツバチがほんの少し速く飛んでいるということで、残りのミツバチはイナゴと同様の規則にしたがって飛んでいれば、 自動的にみんなついてゆくことになる。人間でも、街中で数人の人が上を見上げると、他の人も同じ方を見上げるということが起こる。 明示的なリーダーがいなくても、見えないリーダーが集団を導く。

第3章 最短ルートの見つけ方

アリはどうやって、エサを最短ルートで巣まで運ぶのだろうか?アリは、自分の通った道にフェロモンを付けており、他のアリはそのフェロモンをたどる。 長い距離を選んだアリが戻るころには、短い距離を選んだアリの方が多数になっているだろう。このようにして、短い距離が強調されてゆく。 これを数値計算の最適化問題に応用したものに「蟻コロニー最適化」がある。

イナゴ、ミツバチ、アリの群れの性質を応用してより効率的な社会を作ることができる。 ポイントは、隣人に学ぶということと、正のフィードバックがかかることである。

第4章 渋滞と群集の力学

人々が密集しているときの動きに関するいろいろな知見について。

第5章 集団の知恵―多数決か平均か

「みんな」の意見はだいたい正しい。これには、多数決の場合と平均を取る場合がある。 何らかの値を求める問題では、平均を取るのが良い。 選択肢から選ぶような問題では、多数決が良い。 前提条件としては、集団の各メンバーが独立に考える必要がある。

平均を取るのは、統計の問題である。次の多様性予測定理というものがある。

集合的誤差=個人的誤差の平均―予測の多様性
ここでの誤差は全部二乗して正にしてあるものなので、ここから言えることは、集団の誤差は、個人の誤差よりも小さい、ということである。 多様性の知恵と言うことだ。

多数決はコンドルセの陪審定理に基づく。答えの選択肢が2つの問題で、集団の個々のメンバーが正しい答えを選ぶ確率が 1/2 以上ある場合、 多数決が正しくなる確率は集団が大きくになるにつれて 1 に近づく。

第6章 多様性から合意へ

集団の合意形成は難しい。いくつかの側面について議論する。
周囲に合わせる
クォーラム反応(定足数反応)とは次の行動様式のことである。 近所の個体(人)があることをしていると、それをしている個体(人)の人数とともに急速にみんなそれをするようになる。 これは動物でも人間でも見られる行動である。たとえば、共産主義下のモスクワで、行列があっという間に延びたときのように。 これは騙されることもあるけれど、自分で十分に判断をする暇がない時は有効なことも多い。
投票
投票にはさまざまな欠点があることがすでにわかっている。たとえば、3つ以上の選択肢に順位を付けて選ぶようなときには、 コンドルセの逆説と呼ばれる事態が発生する。アローの不可能定理というものもあって、望ましい6つの性質を同時に満たすことはできないことが証明されている。
集団思考 (Group Think)
集団内の社会的圧力によって、そのメンバーの思考があるパターンに巻き込まれることがしばしばある。これを逃れるには多様性を尊重する必要があるが、 一方で多様性を尊重すると合意形成が難しくなる。多様性をうまく利用できれば、集団の知恵 (Group Intelligence) となる。
群知能 (Swarm Intelligence)
群知能とは、集団内の個体どうしのによる局所的な相互作用から創発的に生じる現象のことである。この意味で、集団の知恵とは異なる。 典型的な成功例が web であり、群知能を利用したビジネスが swarm business である。swarm business においては、 企業はプラットフォームを提供するだけであり、知識は集団で共有され (e.g. Linux)、集団のメンバーが大事にされる。

第7章 ネットワークの科学

ノードとリンクから成る網のことをネットワークという。端成分として、ランダムなネットワークと秩序だったネットワークとがあり、 現実のネットワークはどこかその中間にある。

small world という概念がある。これを象徴的に表した言葉が「地球上にいるだれとでも6人たどればつながっている」、あるいは「六次の隔たり」である。 つまり、人間どうし、意外と少数のリンクでつながっているということである。世界は狭いねえ、というわけである。人々のネットワークは、 典型的には、緊密なクラスターと、そのクラスター間をつなぐ少数のランダムなリンクという構造を取っている。

世界は狭いとはいえ、実際に、リンクをたどって目的の人にたどり着くのは難しい。情報を伝えるには、インセンティブも必要である。

ネットワークの中には、多くのリンクを持っているハブと呼ばれる存在がいることがある。ハブを利用すると情報伝達が速くなる。 ネットワークのリンクは、しばしばべき乗則を示す。この場合、リンク数の分布が長くテールを引くということで、すなわち、 多数のリンクを持っているハブが少数だが存在することを意味する。このようなハブは自己組織化の結果として出現する。 ハブやべき乗則を生み出す一つのメカニズムにマタイ効果がある。 マタイ効果とは、リンクが多い人には、さらにリンクが付け加わりやすい傾向があるというものである。

方向性のあるネットワークも考えられる。web 上のリンクがそうである。あるサイトから別のサイトへのリンクはたいてい一方的である。

こういった知見を利用して、情報を広げるにはどうしたら良いのだろうか。これは、たとえば、マーケティングをどうすると効率的かという問題である。 ハブを利用するのが一見一番効率的である。しかし、実際は、ハブには情報が集まって来過ぎるので、お願いしてもなかなか情報を広めてもらえないかもしれない。 むしろ一定数の個人を説得する方が良いらしい。マーケティングは、実際はなかなか難しくて、一発ではなかなか当たらない。 最初にメッセージを受け取る人の数を多くする(種火を大きくしておく)ようなことが良いらしい。あとは、前述のように、 情報を伝えてくれるためのインセンティブを用意することも必要である。

第8章 意思決定のための単純な規則

問題が複雑な場合の意思決定は、往々にして単純な規則に従うのが良い。未来は分からない要素が多いので、複雑なモデルを使うと、 かえって予測誤差が増えてしまうことがあるからだ。Gigerenzer のグループは 10 種類の規則を挙げている。
  1. 再認(見覚え、聞き覚え):見覚えや聞き覚えがあるものを選ぶ。
  2. 流暢性:第一印象で選ぶ。これは、決めないといけない時間までに情報が入ってきそうにない場合に使える。
  3. 集計:選択肢について長所と短所を並べ、(長所の数)-(短所の数)が一番多いものを選ぶ。
  4. いいところから取る:二者択一の場合、選択基準に優先順位を付けて、上の基準から順番に比べていき、優劣がついた時点で優れている方を選ぶ。 それ以下の選択基準は考えない。
  5. 満足化:選択肢が最初に期待水準を超えたものを選ぶ。秘書問題というものがある。100人の人を面接して一人を選ぶとする。 担当者は次の応募者の面接をする前に採否を決めなければならず、不採用になった応募者を改めて採用することもできないとする。 この場合、良い人を採用するにはどうすればよいか?答えは、まず37人と面接してこのなかからは選ばない。その後、その37人の誰よりも良い人が 最初に見つかった時その人を採用する。
  6. 均等に賭ける:資源を、さまざまの選択肢に等しく配分する。
  7. 何もしないという初期設定を利用する:何もしないという初期設定があれば、それを利用する。
  8. しっぺ返し:協調と非協調という選択肢があるときは、まずは協調から始める。相手が協調しないとわかった時に、こちらも協調を止める。
  9. 多数派を真似る:多数派と同じ行動をする。
  10. 成功例を真似る:成功した人に倣う。ただし、真似をしようとする人と同じ資質を自分も持っていなければならない。

予測が困難で、緊急事態が起こりうる環境にいるときは、あらかじめ単純な行動規則を設定しておくのが良い。Eisenhardt と Sull は5つの類型を挙げている。

  1. How to Rule:特定時の事態が起こった時の行動をあらかじめ決めておく。
  2. Boundary Rule:あらかじめ「ある量がここまでならば、何かをして良い」というようなルールを決めておく。
  3. Priority Rule:有限な資源を配分するための優先順位を決めておく。
  4. Timing Rule:締め切りを決めておいてそれを守ることを最優先する。
  5. Exit Rule:何が起こったらあることをやめるか、を決めておく。

第9章 パターンを探せ!

周期律表の発見のように、パターンを見つけることが大発見につながることがある。

偽物のパターンを発見するのに使える法則を2つ紹介する。

ベンフォードの法則
何桁にもわたる幅を持つ数の集合があったとすると、その分布は数の対数が一様になることが多い。そうすると、上一桁の数字は 1 や 2 など 小さいものが多くなる。したがって、そうした分布に従わない数の集合は人為的に作られたものである可能性が高い。
ラムゼーの定理
ある集団が大きいと、かならずその集団の中に何らかのパターンが見られるようになる。したがって、データ量が多い場合は、 パターンが一見あるように見えても、それは単なる偶然の産物かもしれないことを疑ってかかる必要がある。

第10章 日常生活に役立つ34のルール

全体のまとめ