古事記
三浦佑之 著
NHK 100分de名著 2013 年 9 月、NHK 出版 [電子書籍]
刊行:2013/09/01(発売:2013/08/27)
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読了:2013/09/25
言わずと知れた古事記だが、子供のころ、子供用に書き直されたものを読んだきり読んだことが無いような気がする。 なので、何となく断片的にストーリーを覚えていただけで、全体を通してこういう物語だと聞いたのは初めてかもしれない。 古事記が敗者に捧げる物語であるという見方が書かれていて、なるほど!であった。
放送テキストのサマリー
第1回 世界と人間の誕生
古事記「序」は不自然で、後の時代に付け加えられたものと考えられる。正史である日本書紀を編纂することを命じた天武天皇が、 同時期に稗田阿礼に歴史を口伝えで教えたというのはいかにも不自然である。古事記本文は 7 世紀後半、序は 9 世紀初頭に作られたのだろうと 著者は考えている。そう考える一つの理由は、本文では、母音が多かった時代の仮名遣いを用いているからである。
天地創造の最初の場面では、アメノミナカヌシ(天之御中主)、タカミムスヒ(高御産巣日)、カムムスヒ(神産巣日)の3柱の神が出てくるが、 すぐにいなくなってしまう。タカミムスヒは政治の神、カムムスヒは出雲ゆかりの穀物神である。
その次に、どろどろの状態の中から、ウマシアシカビヒコヂ(立派な葦の芽の男神)が出てくる。それから次々に神が生まれる。
最後に、イザナキ、イザナミが生まれる。イザナキ、イザナミはこの国の島々を生む。淡路、四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡、本州の8つの島を順に生んで、オホヤシマの国と言う。
イザナミは火の神カグツチを生んだときに火傷を負って死ぬ。イザナキは黄泉の国に行くが、イザナミの骸(むくろ)を見て逃げ帰る。
第2回 文化と農耕の起源
黄泉の国から逃げ帰ったイザナキの目と鼻から、アマテラス、ツクヨミ、スサノヲの三貴子が生まれる。イザナキは、アマテラスに高天の原、 ツクヨミに夜の国、スサノヲに大海を治めるように命じる。ツクヨミは、このあとほとんど登場しない。
スサノヲは母のいる根の堅州(かたす)の国に行きたいと言って泣く。スサノヲは追放され、アマテラスに挨拶をしに天に登る。
アマテラスはスサノヲの本心を疑い、「ウケヒ」という占いをする。それにどちらが勝ったのか判然としないが、 スサノヲはそれに勝ったと言って、大暴れ。アマテラスは怯えて岩屋にこもる。
アマテラスが岩屋にこもったので世界は真っ暗に。困った神々はどんちゃん騒ぎをしてアマテラスをだまし、外に引っ張り出す。 このことは、太陽の復活を願う冬至の祭り(古代の鎮魂祭)の起源であるともみられる。
スサノヲは地上に追いやられる。その途中で食糧神のオホゲツヒメを殺す。そのオホゲツヒメからは五穀の種と蚕が生まれる。 スサノヲはこれを持って地上に降りる。これは、農耕の起源を象徴していると見られる。
スサノヲは地上に降りるとヤマタノヲロチを退治して、クシナダヒメを妻とする。やがてスサノヲは根の堅州の国という異界の主となる。 ヲロチは暴れ川を象徴していると見ることができ、ヲロチ退治は治水事業とも見られる。そして、クシナダヒメは稲田の神である。
アマテラスとスサノヲは、兄弟でありながら対照的な存在として語られる。表にしてみると、
アマテラス
スサノヲ
高天の原の主
根(ね)の堅州(かたす)の国の主
高天の原はヤマトと関係が深い
根の堅州の国は出雲と関係が深い
タカミムスヒとゆかりが深い
カムムスヒとゆかりが深い
太陽神
稲作農耕の起源の神
おだやかな女性神
荒ぶる男性神
高天の原は天にあるという意味で垂直的な世界観があり、北方的
根の堅州の国は海の向こうにあるというイメージがあり、南方的
第3回 出雲神話という謎
オホクニヌシにはいくつか名前があって、若い時はオホナムヂという名前で登場する。
オホナムヂは八十柱の兄からこきつかわれている。八十の神々がヤガミヒメに求婚しようと稲羽(因幡)に行ったとき、 オホナムヂは荷物持ちをさせられて一人遅れる。このときシロウサギを助ける(稲羽の白兎伝説)。このときシロウサギが予言したように、 オホナムヂがヤガミヒメを妻にする。怒った八十の神々はオホナムヂを二度殺し、母神のおかげで二度蘇生する。
根の堅州の国に逃れたオホナムヂは、スセリビメと結ばれるものの、スサノヲによる試練を受ける。試練を切り抜けたオホナムヂには オホクニヌシの名前が与えられ、オホクニヌシは葦原の中つ国を統一する。
アマテラスは、自分の子を葦原の中つ国に治めさせようとして、タケミカヅチ[建御雷]を遣わして国譲りをせよと脅迫する。 オホクニヌシの息子の一人のコトシロヌシはそれを受け入れるものの、もう一人の息子のタケミナカタは抵抗し、諏訪で降伏する。 タケミナカタは、諏訪大社の祭神である。オホクニヌシは、高くて立派な住まいを要求し、これが出雲大社となる。 実際、出雲大社にはかつて壮大な神殿があったことが最近の発掘で分かっている。
出雲神話は、古事記では重要だが、日本書紀にはほとんど書かれていない。出雲がヤマトに屈した歴史が描かれているからであろう。 この出雲とヤマトの争いは、中国の史書で「倭国大乱」と書かれた事件に相当するのではないだろうか。
むかし、出雲を中心とした日本海文化圏があった。出雲、筑紫、高志(越、すなわち北陸)、州羽(諏訪)などがそれに含まれる。
古事記には、南方系(縄文系)の分化が濃厚に感じられる。これと日本海文化圏が関係しているのではないか。 北方系(弥生系)の文化の世界観は、「高天の原―葦原の中つ国―黄泉の国」というような垂直構造をしている。 一方で、南方系の世界観は、常世の国、根の堅州の国、ワタツミの宮といった海の彼方の国のイメージに反映している。
第4回 古事記の正体とは
天孫降臨で降りてくるニニギは、コノハナサクヤビメを妻にする。
ニニギとコノハナサクヤビメの子がホデリとホヲリ(海幸と山幸)である。ホヲリはホデリに意地悪をされて、ワタツミの宮に行く。 ワタツミが授けてくれた呪文や珠のおかげで、ホヲリはホデリを懲らしめ、ホデリは恭順を誓う。ホデリは隼人の阿多氏の祖とされる。
古事記の神話には南方系神話と共通するものがかなりある。
ヤマトタケルは、父王オホタラシヒコ(景行天皇)から疎まれ、熊曽や東国の討伐に行かされる。しかし、伊吹の山の神に翻弄されて最期を遂げる。 ヤマトタケルは日本書紀ではこのような悲劇のヒーローではなく、親子の確執は描かれていない。
古事記は、征服者からも被征服者からも距離を置いた語り部によって伝えられてきた物語ではないか。 敗者の鎮魂の物語なのではないか。
放送時のサマリー
第1回 世界と人間の誕生
古事記には、天皇に批判的な部分がある。それでもなぜ残ったのだろうか?もともと、古事記はひっそりと伝えられてきて、ほとんど読む人がいなかった。 読まれるようになったのは、本居宣長以来。
イザナキ・イザナミの国造り伝説。国が生まれ、神が生まれる。
神は「成り出た」とされる。誰かが作ったのではなく、自然に出てくる。
イザナミは火の神を産むときの火傷が元で死ぬ。イザナキは黄泉の国に行くが、見てはいけないというものを見たためにイザナミを取り戻せずに 元の世界に戻る。その後、イザナキは体を清めて、独力で神々を生み出す。
黄泉の国のイザナミが去りゆくイザナキに 1000 人殺すと言ったのに対し、イザナキは 1500 人生み出すと答える。これも死生観を反映しているようで興味深い。
第2回 文化と農耕の起源
母に会いたいと泣きわめくスサノヲ。スサノヲは、アマテラスに別れを告げに高天の原に向かう。しかし、スサノヲは乱暴狼藉。それを見て、 アマテラスは岩屋にこもる。どんちゃん騒ぎでアマテラスが岩屋から出てくると、スサノヲは罰せられる。
アマテラスは秩序、スサノヲは無秩序。
岩屋神話の背景は冬至かもしれない。冬至のお祭りで、太陽が再び戻ってくる。
スサノヲは食糧神オホゲツヒメを殺してしまう。オホゲツヒメの死と引き換えに穀物の種が現れる。
地上に降りたスサノヲはヤマタノヲロチを退治。ヲロチは暴れ川を象徴している。知恵によって川を治めた。 この結果、種を持っていたスサノヲは田の神クシナダヒメを妻にする。これが農耕の起源。
第3回 出雲神話という謎
古事記は出雲が中心。大国主(オホナムヂ)が中心人物。
苦しんでいる因幡の白兎のところにオホナムヂがやってくる。兎は向こうの島からサメをだましてこちら岸までやってくる。 サメは騙されたと気付いて兎に傷を負わせた。その兎をオホナムヂが助ける。兎の予言通り、オホナムヂはヤガミヒメと結婚する。 しかしそのために兄神たちにいじめられる。
出雲は、文化的に進んでいた。日本海文化圏があった。筑紫⇔出雲⇔高志(コシ=北陸から新潟)というつながりがあった。
根の堅州の国に逃れたオホナムヂはスサノヲの娘スセリビメと結ばれる。スサノヲの試練を乗り越えたオホナムヂは大国主となる。
海の向こうに異郷があるというタイプの神話は南方に多い。天上に異郷があるというタイプの神話は北方に多い。 これらが混在しているのが古事記の特徴。
大国主は建御雷に中つ国を譲る(国譲り)。大国主は、国譲りの時に高い社殿を望む。近年 48 m の社殿が発掘された。 これは、日本海文化圏がヤマトに制圧されたことを反映しているのだろう。
出雲神話は日本書紀にはほとんど現れない。古事記は、在野の歴史書ではないか。古事記には、敗者の歴史が書かれている。 古事記は、出雲に思い入れを持って読むとおもしろい。
第4回 古事記の正体とは
ニニギは高千穂に降りる。山の神は2つの娘を嫁がせようとする。岩のような娘と花のような娘。 ニニギは岩のような娘を送り返す。山の神は怒り、永遠性を拒否したのだから短命になるぞと予言する。
海幸山幸伝説。海幸は山幸の失敗を許さない。山幸はワタツミの宮に行って、結婚し、報復の方法を教わる。 山幸の孫が神武天皇。
ヤマトタケル伝説。景行天皇の息子ヲウスは、クマソや東国を平定させる。古事記では倭建命と書かれ、日本書紀では日本武尊と書かれる。 日本書紀では単に美化されているのに対し、古事記の方はドラマチックで悲劇性が高い。古事記の方には、敗れた側の視点がある。
古事記は、鎮魂の語り。