アラビアンナイト
西尾哲夫 著
NHK 100分de名著 2013 年 11 月、NHK 出版 [電子書籍]
刊行:2013/11/01(発売:2013/10/25)
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読了:2013/11/27
今月の100分で名著はアラビアンナイト。子供用の断片的な物語は知っていても、全部読んだ人は数少ないだろう。
実際、私も子供向けとして読んだことがあるだけで、しかもそれもだいぶん昔の話だからほとんど覚えていない。
今回の解説で、一体どういう物語なのかということを初めて知ったという次第。
放送テキストのメモ
第1回 世界最長のファンタジー
アラビアンナイトは「枠物語」で、その枠は、女性不信に陥ったシャフリヤール王に、美して賢いシェヘラザードが毎晩物語をするというもの。
アラビアンナイトの原型ができたのは、9世紀ころのアッバース朝だと考えられている。9世紀の写本の断片が見つかっているので、それ以前には物語ができていたのだろう。このときの題は「千の夜の物語の書」であった。12世紀の貸本の記録で「千一夜」というタイトルが初めて現れる。
フランス人のアントワーヌ・ガランが 1704 年にアラビアンナイトを翻訳したのをきっかけにヨーロッパでブームになる。
このとき、ガランは始めは別の本だった「シンドバード航海記」をアラビアンナイトに組み込んだ。なお、「アラビアンナイト」の名前は、このときの英訳本に付けられた題名である。
ガランの持っていた写本には、282 夜分の話しかなかった(ここまでで 7 巻)。これに新たに採録した民話などを付け加えてガラン訳は 12 巻となった。
「アラジン」「アリババ」「空飛ぶ絨毯」はこの時に付け加わった話である。その後、話がいろいろ付け加えられて、今では千一夜分の物語になっている。
最後の方になると、エジプト系の話が多く入っている。
アラビア語版のアラビアンナイトは全部で4種類:
- カルカッタ第一版 (1814-1818, 全 200 夜)
- ブレスラウ版 (1824-1843, 全 1001 夜)
- ブーラーク版 (1835, 全 1001 夜)
- カルカッタ第二版 (1839-42, 全 1001 夜) :決定版とも言えるもの。その後ヨーロッパで訳される本の底本となった。
代表的な英仏訳:
- ガラン版(1704-1717, 仏訳):15 世紀の写本(3巻)を基にしている。エロチックな部分は言い換えるかごっそり削除。
- レイン版(1838-1840, 英訳):ブーラーク版がもと。エロチックな部分は省略して堅くまとめてある。学術的で堅苦しい訳。
- ペイン版(1882-1884, 英訳):カルカッタ第二版がもと。厳密で資料的価値は高いが、やや難解。
- バートン版(1885-1888, 英訳):カルカッタ第二版がもと。エロチックな場面を大袈裟に強調して書き加えている。
- マルドリュス版(1899-1904, 仏訳):ブーラーク版がもと。エロチックで、文学的にも優れている。
日本で現在出ているアラビアンナイトのいろいろな版(インターネット情報を含む):
- 平凡社東洋文庫「アラビアン・ナイト」全18巻と別巻(アラジンとアリババ):カルカッタ第二版をもとにしている。前嶋信次・池田修訳。1966-1992。
- ちくま文庫「バートン版 千夜一夜物語」全11巻:バートン版をもとにしている。大場正史訳。1949-1950(思索社)、2003-2004(ちくま文庫)。グーテンベルグ21でも電子版を購入できる。
- 岩波文庫「完訳 千一夜物語」全13巻:マルドリュス版をもとにしている。豊島与志雄ほか訳。1959/1982(岩波書店)。
- ちくま文庫電子版「千一夜物語」全10巻:マルドリュス版をもとにしている。佐藤正彰訳。1974(筑摩書房)。
第2回 異文化が出会う場所
アッバース朝のバグダッドは、世界有数の都市だったので、文化的にも高度でかつ異文化が多く流入していた。
異文化や高い文化の様子がわかる物語の例:
- アラジンと魔法のランプ:アラジンは、実は中国人。アラジンをだました魔法使いは、マグリブ(北アフリカ)出身。
- 空飛ぶ絨毯:3人の王子が行ったのは、それぞれ、インドの東のビスナガル、ペルシャの都市シーラーズ、北のサマルカンド。
- シンドバード航海記:これはインド洋貿易に関係した奇譚集。
- 背中にコブのある男:中国人、ユダヤ人、ムスリム、クリスチャンが登場する。脈診、アストロラーブといった技術が出てくる。
- 女奴隷タワッドゥドの物語:当時の学問の片鱗が語られている。
- 荷担ぎ屋と三人の娘の物語:市場に豊富な食材がある様子が語られている。
第3回 賢く手強い女たち
アラビアンナイトには、印象的な女性が数多く登場する。パワフルでキャラが立っているのが特徴。
日本の物語で良くあるような、なよなよした女性とか良妻賢母とかではない。
以下が女性が活躍する物語の例:
- 商人アブド・アッラフマーンとその息子カマル・アッザマーンの物語:豪商の息子カマル・アッザマーンが宝石商人の妻に恋をする。
その妻は策を弄して夫を翻弄し、若い恋人と駆け落ちする。
- 石に化した王子の話:浮気をしていた王妃が、王に浮気を見つけられて逆切れし、王の下半身を石に変え、町の人々を魚に変える。
- 狂恋の奴隷ガーニム・イブン・アイユーブの物語:カリフが一人の妾に夢中になったので、王妃ズバイダが嫉妬して妾を生きたまま墓場に捨てさせる。
- アリババと四十人の盗賊:賢い女奴隷のマルジャーナが縦横無尽の活躍と機転で、アリババを狙う盗賊をやっつける。
- 凄腕ダリーラ(アフマド・アッダナフとハサン・シャウマーンと女ぺてん師ザイナブおよびその母の物語):詐欺師の母娘のダリーラとザイナブが
口八丁手八丁で稼ぎまくる。
- 女奴隷アニース・アルジャリースとヌール・アッデイーン・イブン・ハーカーンの物語:賢い女奴隷のアニース・アルジャリースが
大臣の息子ヌール・アッディーンの窮地を救う。
- アリー・ビン・バッカールとシャムス・ウン・ナハールとの物語:王の寵姫と美青年の悲恋物語。
第4回 終わりのない物語
アラビアンナイトは中東ではそれほど大事にされていない。その理由は以下の通り。(1) 内容が必ずしもイスラームの教えに合わない。
(2) きちんとした文語で書かれていないので、価値があるとはみなされていない。(3) 民話に対して冷淡。
民話は、ヨーロッパや日本などでは国民のアイデンティティを高めるためにまとめられているものが多いが、
イスラーム世界は多民族的なので、あまり民衆文化を強調することはしない。
アラビアンナイトは、なぜ世界文学になったのか?以下の3つの理由があるだろう。(1) イスラームの世界観が出ている。とくに「宿命観」に注目したい。
世界は人間のあずかり知らぬ力で動いている。それは受け入れなけばならない。しかし、その受け取り方は諦観とは異なり、へこたれずにたくましく受け取るのだ。
(2) 多文化・多民族を受け入れるグローバリズム。(3) 物語の本質を備えている。すなわち、結論や教訓の無いただ面白い話が書き連ねてある。
放送時のメモ
第1回 世界最長のファンタジー
アラビアンナイトは、作者不詳。原題は「千一夜」。1704 年に、フランス語訳が出て、ヨーロッパでブームになった。「アラビアンナイト」は英訳が出たときに付いた名前。
ペルシャの王が、女性不信に陥り、女性を次々に殺すようになる。
そのとき、シェヘラザードが王に近づき、毎晩物語を語る。
シェヘラザードは、話の続きを期待させるように策を弄する。
いわば、元祖「朝の連ドラ」である。
話が複雑な入れ子構造になっていることがある。
17世紀末、東洋学者のガランが「千一夜」を翻訳。最初は「シンドバッド」を翻訳したのだが、それが「千一夜」の一部だと聞いて、「千一夜」の写本を入手した。その写本には「シンドバッド」は入っていなかったのだが、ガランは、その2つをマージした。さらに、いくつかの話を混ぜた。その後もヨーロッパでブームになってから、いろいろな話が加わって、話が増えていった。
で、結局千一夜分になったわけだが、そもそも「千一夜」は「たくさんの夜」という意味で、もともと千一夜分は無かったのではないか。
第2回 異文化が出会う場所
- 「背中にこぶのある男」
- 話が入れ子構造になっているし、国際色豊か。
- 当時のバグダッド
- 国際的で、文化水準の高い知恵の都。他宗教にも寛容。
- 「シンドバッド」
- シンドバッドは商人。海洋貿易に従事していた。航海の中でさまざまな不思議に出会う。アジアの話も取り入れられている。
アラビアンナイトには、当時のイスラム世界の人々の世界観が反映されている。
第3回 賢く手強い女たち
- 男を手玉に取る賢い人妻が出て来る。ずる賢いことをポジティブに評価している。機智ともとらえられる。
- 「アリババと40人の盗賊」では、賢く美しい女奴隷マルジャーナがアリババを救う。
- 勧善懲悪ではなくて、世の中をうまく渡り歩く様子が描かれる。
- ヨーロッパで描かれたシェヘラザードのイメージには、良妻賢母型のものとエロチックなものとがある。もともとシェヘラザードは単なる語り手なので、
さほどキャラが無かった。アラビアンナイトには児童文学になったような部分もあるわけで、そういうところでは良妻賢母型になる。
第4回 終わりのない物語
- アラビアンナイトは、いろいろな話の宝庫。SFや推理小説のようなものまである。
- 映画やアニメでは、いろんな脚色がなされて新たな話がたくさん生まれている。
- 「星のさだめ」という話で、逆らえない運命が描かれている。
- アラビアンナイトのおわり方にはいろいろなパターンがある。ブレスラウ版は教訓的な終わり方をするけれど、講師(西尾氏)の考えでは、アラビアンナイトには教訓的な終わり方はふさわしくない。